1-Ep 25

砂漠の旅

Ep 2

Ep1.アミールの娘

城砦の中にある館の中庭の一つに作られた美しいバラの花園で、彼女は青年に出会った。彼女――ディマシュクのアミール・アブドッラーの愛娘フィトナが14歳になる少し前のことだった。今となってみれば、その出会いがそもそもの事の発端だったのかもしれない。

フィトナは物語の大好きな夢見がちな少女だった。乳母や側仕えの女たちが読んでくれる不思議なおとぎ話や教訓めいた寓話に目を輝かし、特に父であるアミールが話して聞かせる昔の英雄たちの一代記などは、フィトナの大のお気に入りで何度でも話をせがんだ。

話を聞くうちに、フィトナは勇敢でたくましく正義感あふれる英雄に憧れ、自分はその英雄に付き従う美しく清純でしっかり者の乙女のようになりたいと思うようになった。そしてしばしば夢と現実を混同させ、その乙女になりきって行動し、周りの者を混乱に陥れていた。

フィトナは幼い頃から愛らしい顔をした美しい少女だった。鹿のように大きな黒目がちのつぶらな瞳やバラ色のふっくらとした頬、少し小さめの口が見る者を微笑まずにはいられなくするチャームポイントだった。アミールはこの娘の愛らしさにすっかり魅せられ、それで娘にフィトナ(魅惑)と名付けたくらいだった。

成長するにつれ彼女はますます美しくなり、近頃ではシャーム一の美少女と評判が立つほどだった。その評判は各地に広まり、彼女との婚約を望む男が次々とアミールのもとを訪れるようになった。アミールは愛娘のため、その男たちの中から最も有望な青年を選び出し、その青年にバラの花園で遊ぶフィトナをこっそりと見せた。

青年は一目見てフィトナを好きになり、すぐさま婚約の手続きを進めるようアミールに願った。だが、偶然青年と出会ってしまったフィトナはというと、その青年とそういう運びになっているとは思いも寄らなかった。

バラの花園で出会った青年がたくましく美しい男であれば、フィトナの思いもそういう方向へ進んだだろう。何しろ彼女は、勇敢でたくましく凛々しい物語の主人公のような男に付き添う乙女になりたかったのだから。しかし、そう事はうまく運ばなかったのだ。

青年はフィトナよりかなり年上の26歳だった。それに目が細く、彫りの浅い顔は青白く陰気で、さらに老けて見えた。身体は小さく貧弱でたくましさにはほど遠い。バラの花園で、隠れている青年を侍女と間違えて見つけてしまった時、フィトナはその姿を見て、悲鳴を上げて慌てて逃げ出したほどだった。

そして、乳母のもとに逃げ帰って、「恐い顔をした知らないおじさまがいたわ」と報告したのだった。乳母は「殿様のお知り合いです」とだけ答えたので、フィトナはそれっきりその青年のことを忘れてしまった。

もしこれが物語ならば、出会った男はもちろんもっといい男で、偶然の出会いに胸をときめかせて、「あの方はどなたなの?」と尋ねたことだろう。そしてその男と自分の運命について、あれこれ楽しい想像を巡らせていただろうに――

ともかく、現実はそうはいかず、フィトナの知らないところで話はトントンと進み、いざ婚約という段になって、全てを知らされフィトナは愕然とした。父が自分の夫に選んだ男が、あの細目の陰気な顔をしたひ弱な男だったからだ。

アミールはこの選択に大変満足していた。なぜならその青年は、母がサルジューク家の出身で現スルターンの叔母にあたり、父はバグダードで1,2を争う大富豪だったのだ。つまりはスルターンのいとこにあたる人間で、母方とはいえ、その由緒ある血筋と有り余る財力はアミールにとってこれ以上ない好条件だった。そしてアミールは、見てくれについては少しも気にしていなかった。容姿などは愛娘の幸せに何の役にも立たないと思っていたのだ。

しかし、若いフィトナにとっては容姿こそが大問題だった。夢のような愛の言葉を交わし、永遠に契りを交わす相手があのような醜男ではお話にならない。それどころか、自分がその青年と寄り添っているところを想像しようものなら、嫌悪感はもちろんのこと、恐ろしささえ覚えて身震いする有様だった。

フィトナは自分の運命を嘆いた。夢見ていたバラ色の未来は、それがバラ色なのは夢に見ているときだけなのだと初めて思い知らされ、打ちひしがれた。

親の決めたことは絶対で、その青年――アーディルとの婚約式は予定通り粛々と執り行われ、アーディルはフィトナの婚約者となった。

そして、夢見る頃はもはや過ぎ去り、大人への扉が開かれたフィトナは、今やそうして灰色の現実へと歩を踏み出すはずだった。


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