1.最初の国 ・ ネパール

ルートマップ・NEPAL( '81 ) 地図
前漢時代の中央アジア 地図

◇ ヒマラヤの麓めぐり

 最初の旅の一番の目的はネパールでトレッキング(1)することだった。 しかしメンバーはみんな山は素人。 したがって、コースは簡単で誰でも歩けるアンナプルナの麓を巡るコースを選んだ。 無理してエベレストコース(2)へ行って、高山病にかかって死ぬようなことがあると大変だし…… (実際に旅行者で死んだ人もいるのだ)。

 このコースはポカラからチベットへ抜ける街道を歩くもので、 ロバの隊商や荷を担いだ人々の往来が賑やかで、静かな山歩きというより、 東海道53次やじきた道中、あるいは現代のシルクロードか、 はたまた塩の道かといった感じだ。 しかし道は山の中で、ハイキングコース程度の山道である。 いまだにこんな車も通れない山道が重要な生活幹線なのだから、やはりさすがネパールと言うべきか。 それとも、どんな所にも車道を通してしまう日本の方が異常なのか……。

 カトマンドゥからポカラまではバスで7,8時間掛かる。 初めて乗った外国の長距離バスはポロポロで座席も狭く、 2.5人分しかない席に3人座らされて、窮屈で辛かった。 しかし何もかも初めての私は、まるで初めて旅行に連れて行って貰った子供のようにウキウキと窓の外を眺めていた。

 静かな農村、山の中の“耕して天に至る”の形容がぴったりな段々畑、 白く光る河原を流れるきれいな川etc.……。 風景は日本の山村と似ている所もあり、全く違う所もあった。

 ポカラに着いた翌朝、初めてヒマラヤを見た。 霊峰マチャプチャレとその両脇にアンナプルナ。 きれいに並んだその様は本当に絵のように美しい。 ポカラにはペワ・タールという湖があり、湖と雪山の組み合わせはスイスのようでもある。 もちろん、街の様子は全然スイス風でなく、純ネパール風であるが……。

 いよいよトレッキング、ポカラから8日間の日程で歩き始める。 荷物を担ぎ慣れてないので、とても苦しかった。 2日目からポーター兼ガイドを雇い、荷物を持って貰って、 やっとお気楽な麓めぐりが楽しめるようになった。 ガイドのクシェは陽気な若者。 天気もまずまずで快適なトレッキングだった。

 3日目からは雲もなく、ヒマラヤの雪山も姿を現すようになり、 ポカラから遠く眺めるのとはまた違った素晴らしさだった。 谷を越え、険しい尾根を登り、森の中を抜け、 幾つもの隊商をうんざりやり過ごしながら (なにしろハイキングコース程度の道なのでロバ隊が来ると一方通行になってしまうのだ)、 4日目にやっと目的地ゴラパニに着いた。その村は谷底にあって何もない。 しかし近くのPoonHillという丘に登るとヒマラヤの大パノラマが見渡せる。 ゴラパニに着いたのは午後でもうかなり疲れていたが、早速そのパノラマを見に行った。

 項上まで一時間ほどだったが、その一時間の長かったこと。 やっとの思いで登り着いたかと思ったらまだ上がある。 それが二、三度あっていい加減嫌になっていたが、 ふと見るとアンナプルナの山々が今までと違う大きさで見えている。 遮る物が何もなく、一番近いアンナプルナ南峰など谷一つ隔てたすぐ向こう側に聳えているのだ。 その雪山の素晴らしさに圧倒され、疲れなど吹き飛んでしまった。 登るほどに更に大きく大きく見えてくる。 もっと高い所でもっともっと大きな姿を見たい!! そんな衝動的な思いに駆られ、疲れてヨロヨロしていた足取りはどんどん早くなり、 丸い頂上のてっペんの展望台が見えたとき、私はついに駆け出していた。 疲れも忘れるはどの衝動、感動‥‥‥、こんな経験は初めてだった。

アンナプルナとマチャプチャレ

 そして大パノラマ。左にダウラギリ山群、右にアンナプルナ山群。 共に主峰は8000m級である。午後で雲がかなり出ていたが、 それでも世界第一級の山々を間近に見られて最高の気分だった。 それまでの苦労もあいまって感激して泣いてしまった。

 次の日の朝、天気は快晴。クシェに一日休みをあげて、私たちは再びプーンヒルに登った。 雲一つない青い青い空に白い峰々が突き出している。 圧倒的な大きさ。 空気は澄んで遠くの山まで見える。 絶対日本にはない風景。 まるで時間など存在してないと思えるほど雄大な空間。 そこに身を置いて何もせず、一日ゆったりと山を見て過ごした。 至福の時というのはこういう時のことを言うのだろうか。

 素晴らしい風景に出会えた私たちは、そこからポカラへ引き返した。 連日良い天気で、ヒマラヤの山々は時々顔を出して見送ってくれた。 ポカラの一つ手前の村でクシェと別れ、その夜、トレッキングの最後の夜に、 満月に照らされたヒマラヤを見た。 闇に薄明るくレモン色に浮かんでいる山々は、昼間の圧倒的な姿とはまた違って、 幻想的な風景だった。

 8日間のトレッキング流行は、食事も宿も粗末だったし、 トイレに困ったこともあって苦労も多かったけど、 ヒマラヤの美しい風景はそれを差し引いても大分おつりが来てしまうほど価値のあるものだった。 多くの人々を引き付けたヒマラヤ。 私もしっかり魅せられてしまった。 いつかまた、あんな至福の時が過ごせますように……。


(1)トレッキング
Trekは“牛車に乗って旅行する”が元の意味。 山行としてのトレッキングは登山ではなく、 山地、山麓をのんびり歩いて旅行することを指している。

(2)エベレストコース
ネパールに幾つかあるトレッキングコースの中で最も有名で人気もあるコース。 飛行場のあるルクラからエベレストのベースキャンプまで往復で約12日間かかる。 道はそれはど険しくなく誰でも歩けるが、標高が4000m以上になるので (ベースキャンプは5000mを越える)高山病の危倹が極めて高い難コースである。


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