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2.文明の行き交う国−イラン


年表 : アジア主要国年表   古代西アジア年表
地図 : ルートマップ  詳細   西アジア(古代)

◇ バラと詩人の町・シーラーズ

テヘラン→シーラーズのフライトはザグロス山脈を越えていく。ザグロス山脈は山脈と言うより山域と言った方がいいぐらい広大な山脈だ。山々の連なりと連なりの間に平坦な高原が広がり、その山々と高原がイランの中央部を占めている。上から見ると、山並みは海原に連なる波の列のようだった。

ザグロス山脈の南部に位置するシーラーズはファールス州の州都である。ファールスとはアラビア語でペルシアのことで、ペルシアという国はもともとこの地方から興ったのだ。テヘランと同じように山の麓に作られているシーラーズの町だが、テヘランとは違って静かで落ち着いた佇まいを見せていた。

町の中には18世紀に造られたレンガ造りの城砦が残っていて、バザール辺りの古い建物には小さな商店が賑やかに建ち並び、なかなか趣深い。テヘランにはなかったいわゆるペルシアらしい風景だ。スモッグ臭かったテヘランからこの町に来て、なんだかホッとした。

シーラーズはバラと詩人の町と言われる。革命前まではこれにワインという語もつけ加えられていたのだが、酒厳禁のご時世になって、ワインは全く造られなくなったということだ。四季を通じて温暖なこの辺りは昔からバラの栽培が盛んだった。花というとバラを指すほどバラ好きなイラン人だから、シーラーズもキャッチフレーズどおり、町のそこここに庭園を造りバラを植えている。

観光客が必ず寄るのがエラム庭園。ガジャール朝の宮殿の庭が美しく整備され、裏に広いバラ園が造られている。イランの庭園は彼らの楽園のイメージそのままだ。満々と水をたたえた池、清らかな流れの水路、その周りは緑に囲まれ花々は咲き誇り、木には果物がたわわに実っている。水と緑と花、無味乾燥な土地に暮らす人々が強烈に求めるもの、それがどの庭園にも盛り込まれている。

シーラーズが生んだ有名なペルシアの詩人、サアディー*1ハーフェズ*2の廟もまた、そのような庭園の中にあった。ガイドさんがサアディーの廟で詩を詠んでくれたが、脚韻を踏んだ美しい音韻に聞き惚れてしまった。ペルシア語はアラビア語に比べると音が柔らかく流れるようで、アラビア語の音韻が朗々としたドイツ語のアリアとすれば、ペルシア語のそれは物憂げなフランス語のシャンソンのようだ。

ハーフェズ廟にはチャドルやマグネ*3姿の女学生がたくさん来ていて、外国人を見ると英語で話しかけようと目を輝かせて近寄ってくる。慎み深さ100%の真っ黒な姿に似合わず、積極的で明るく人なつっこい女の子たちだ。

そんな女の子たちも思春期まっただ中、恋の悩みか将来の悩みか、ハーフェズのお墓の前で占いをしている。ハーフェズの詩は神秘的で隠された示唆に満ちたものとされ、昔から占いに使われていたのだそうだ。棺の前で願いを込めて詩集を開き、そのページにある詩から願いや問いに対する答えを読み解く。大きな詩集を手に願いを込めている女の子たちの真剣な顔には、いずこも同じだなあと微笑まずにはいられなかった。

私たちも記念に占いをした。詩集は持っていないので、廟の門前にいるおみくじ屋さんでおみくじを引く。鳥籠の文鳥が詩の文句を書いたたくさんの紙切れから一片を選ぶという形だ。私の詩句は妬みに気をつけなさいというものだった。他の人のにも妬み関係は多かったから、これは定番なのだろうか。しかしどれも結局、アッラーに祈りなさい、という結論だった。

シーラーズ市内の他の見所としては、シャー・チェラーグ廟がある。シャー・チェラーグはシーア派の第8代エマーム(イマーム)、アリー・レザーの弟で、シーラーズで殉教した。イランにおいては聖廟崇拝が盛んで、エマームの血縁者シャー・チェラーグも聖者として、その廟が巡礼の対象になっている。

ここへ入るには、女性はチャドル着用が定められている。聖廟は異教徒立ち入り禁止の所も多いので、チャドルさえ着れば入れてもらえるここは融通の利いている方だ。観光地だしね。私たちもチャドルを借りてかぶり、裾をズルズルさせながらカラスの一員となって中へ入った。

見学したのは夜になってからだったが、参拝客が引きも切らずやって来て賑やかだ。内部はすべて鏡のモザイクで装飾され目映く美しい。キラキラしすぎて目がチカチカするぐらいだ。こんな飾りの建物、初めて見た。

男性区域と女性区域に分かれていて、その真ん中に銀のきれいな装飾の柵があり、中に棺がある。人々は柵にしがみつき口づけをしている。柵の近くで熱心に礼拝している人もいれば、奥の方でチャドルを脱いで座り込み、くつろいでいる人もいる。実にいろんな人がいる。そういう参拝風景は日本のお寺や神社とあまり変わらないのかもしれない。モスクの礼拝風景よりはなじみやすい風景だ。そういえば、内部のキラキラもお寺のキラキラと似た感覚という気もする。

シーラーズの観光は遺跡巡りもあって大忙しだったけど、その割にあまりせわしなさを感じなかった。きっとこの町のゆったりと流れる時間のせいだったのかもしれない。


*1 サアディー
13世紀のシーラーズ出身の抒情詩人。30年間も世界各地を放浪し、シーラーズに戻ってから「ゴレスターン(薔薇園)」「ブースターン(果樹園)」といった代表作を書き上げた。
*2 ハーフェズ
14世紀、シーラーズ出身のイランで最も偉大な抒情詩人。生涯のほとんどをこの地で過ごしたが、その名声はインドからバグダードにまで知れ渡っていた。恋や酒、音楽について詠われた詩は韻律に富み、その神秘性ゆえに神への愛や信仰心を暗喩している、とも言われている。
*3 マグネ
イスラムスカーフ。スカーフの縁が縫ってあり、被るだけで簡単に頭髪と首を覆うことができる。コラム「着る」を参照のこと。


● 女の子たち ●●

学校が男女別なのはもちろんだが、修学旅行や遠足も時期をずらしているのかもしれない。観光地に女子学生はいっぱいいたが、男子学生はあまり見なかった。
制服はもちろん、マグネ・マーントーかチャドル。小学生はなぜか白のマグネをしていた。チャドルやマーントーの下から見えている足はジーンズにスニーカーの子もいれば、ピッタリパンツにサンダルの子もいる。それぞれおしゃれの度合いが違うのは他の国の女の子とあまり変わらない。
テヘランのおしゃれなお嬢さんはカラフルなスカーフに短めのレインコート風マーントーを着ている。どう見ても奇妙な外国人のスタイルを真似ているのが面白い。
被り物は暑いしうっとうしいし邪魔なものだけど、それさえすれば外に出られる。そして彼女たちは被り物の不自由さをものともせず、外に出て、明るく元気に積極的に社会と関わり、その旺盛な好奇心を満たしている。
いずれ女の子たちのファッションも変わっていくのかもしれない。才気煥発な彼女たちを先達に。

女の子たち
イランの女の子たち――明るい、人なつっこい、賑やか、積極的、そしてみんな美人!
ツアーで一番若い男性Yさんが女の子たちと一緒に写真を撮ろうとしたら、キャーキャー言いながら、わたしもわたしも! と、群がっていた。彼、きっと初めてジャニーズの気分を味わっただろう。

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