第1場 終・賢者の約束 - 第2場 第3場

大学の構内の研究棟と居住区の間には、外来者用の宿泊施設がある。そこへ向かって、ユリウスはパウルを伴って歩いていた。その施設にはティアーナが収容されていた。

「エリーザはもう来てるのか?」

パウルはあまり来たことがないその周囲を、物珍しそうに見回しながらユリウスに尋ねた。

「もう3時間も前に来たよ」

ユリウスが答えると、パウルは目を見張った。

「朝から来てたのか?エリーザのやつ、迷惑にも程がある」

「いいさ、ティアも会いたがっていたから」

「ティアーナの具合は?不眠症は直ったのか?」

「もうだいぶ良くなったよ。体力も回復したし、明日、森に帰る」

「そうか」パウルは安心して微笑み、それから少し意地悪な目つきになってユリウスを見た。

「しかし、おまえも災難だったな。謹慎処分は何日間?」

「3日」

「3日間、瞑想室に缶詰か。ま、おまえにとっちゃ、いい息抜きだな」

「まあね。でもその後が大変だったよ。始末書を書く代わりに、特講を2回も受けさせられた」

「特講って、あの老師全員による交流感授か?」

「ああ、特講の中でも一番ハードなやつ」

「7対1か。吊るし上げ状態だよな。想像するだに恐ろしい」

パウルは大げさにブルッと身を震わせた。

「おまえ、前もそれ、受けてただろう。そりゃ、おまえ専用のお仕置きだな」

「そんなことはないけどね。それに大変なのは、謹慎中の仕事の遅れだ。誰も手伝ってくれないし、あまりいい息抜きとはいえなかったよ」

口では大変と言いながら、平然としているユリウスを見て、パウルはつまらなそうに鼻を鳴らした。

「おまえなあ、大変と言う割には全然大変そうに見えないぞ、その態度。まったく、ティアーナがさらわれて、慌てふためいてるおまえの様子、見てみたかったよ」

そう言って、パウルは挑発的な視線をユリウスに向けたが、ユリウスはクスッと小さく笑ってパウルを見た。

「おまえたち、ほんとに似たもの夫婦だな」

意外な言葉にパウルは首をかしげた。ユリウスは建物の入り口に向かう道へ、先に歩きながら言った。

「ここへエリーザを案内してくる時、エリーザにも同じことを言われたよ」

パウルはやられたという顔をして、天を仰ぎ見た。

建物の中に入ると、廊下の先から明るい女の笑い声が聞こえてきた。パウルは顔をしかめた。

「3時間もああしてしゃべっているのか?」

「さあ」

「女ってのは、どうしてああおしゃべり好きなのかね。以前、妹のサヴィーナが里帰りしてた時なんて、1日中エリーザとおしゃべりしていたよ。まったく、信じられん」

ユリウスはぶつくさ言うパウルに肩をすくめて応じた。直前までそんなことを言っていたパウルも、ティアーナの部屋に入るとそれはおくびにも出さずに、満面に優しい笑みを浮かべてティアーナの枕元に立った。

「お加減はいかがです、ティアーナ?」

ティアーナははにかみながら礼を返した。

「もうすっかり良くなりました。ありがとうございます、公爵さま。お見舞いの品まで頂いて」

「友人として当然のことですよ。それにしてもよかった、明日、森へ帰るそうですね」

「ええ、もう8日間もここで寝ていたんですもの。早く森に帰りたくて」

「そんなこと言わないで、もう少し町にいればいいのに。大学が嫌なら、お城で静養すればいいのよ」エリーザが口を挟んだ。

「エリーザ、ありがたいけど、わたしは本当にもう元気なのよ。森に戻れば、しなきゃならないことがいっぱいあるわ。子供たちにも早く会いたいの」

「わかったわ、ティアーナ。でも、どうか無理はしないでね」

エリーザはティアーナの手を握り締めて、気遣いながら言った。ティアーナもエリーザの気持ちをくんで、済まなそうになって言った。

「ごめんなさいね。せっかくこうして会えたのに、早く帰りたいなんて言ってしまって」

エリーザはとんでもないというように首を振った。二人のやり取りを見ていたパウルは、いつの間にか話の輪から外されたことに気がついて、やれやれと肩をすくめた。

「お二人の固い友情の絆に、わたしが入り込む余地はなさそうですね。でもエリーザ、そろそろおいとましよう。あなたがティアーナに無理をさせてはいけないよ」

「ええ、そうね。パウルの言う通りだわ」エリーザは素直に立ち上がった。

「では、また会いましょう、ティアーナ。元気でね」

「エリーザも。また、手紙書きますね」二人とも女性らしい心遣いを見せて別れた。

ユリウスはパウルとエリーザを送って行った。

「よかったわ。ティアーナ、元気になって」エリーザは道すがら、パウルに話しかけた。

「そうだな。これでティアーナが森に戻れば、全て元通り、一件落着だな」

エリーザはパウルの言葉にうなずいた。しかし、パウルは元通りになっていない西の森のことを思い出し、ユリウスに尋ねた。

「西の森はどうするんだ、放っておくのか?」

「監視はしてるよ。目くらましの結界を張ることも考えたけど、それには森自身の力も必要だからね。それより自然のままにして、早く再生させた方がいいということになったんだ。結界を張っても、どうせ人々には知れてしまう」

「魔女が絡んでいるからか?」

パウルの問いにユリウスはうなずいた。

「それって、どういうこと?」横で聞いていたエリーザがどちらに聞くともなしに聞いた。

「魔女は仲間内の出来事を水晶玉を通して知り合うんだ。そうやって監視し合っているんだそうだよ。おまけに魔女にはおしゃべりが多い。金になりそうな話だと平気で吟遊詩人に売ったりする。今回の事件も吟遊詩人には格好のネタだからな。いい値で売れるだろう」

エリーザに説明してから、パウルは再びユリウスに言った。

「やっかいだな。そのうち大騒ぎになるぞ」

「そうなれば、気味悪がって近づく人もいなくなる。その方が都合がいい」

「確かにな。しかし、それじゃおまえが都合悪いだろう」

仕方ないという顔をしてユリウスは答えた。

「できれば、そっとしておいてほしいのだがな」

別れ際、パウルはニヤリと笑ってユリウスに言った。

「近いうちに、東の森の賢者の新しい物語が聴けそうだな」


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