大切なもののために 6・夢を解く鍵 - 第1場 第2場

6・夢を解く鍵

そこは大きな木々がまばらに生えている森の中だった。木々の間の空間に、7クールほどの大きさの光の球が置かれていた。ほのかに薄紫の光を放つその球の中に、葉のついてない赤黒い枝だけの小さな木が生えていた。木の下の方から一本の太い枝が長く伸び、先が無数に枝別れし、鳥の巣のように広がって、黄色がかった透明の繭のようなものを下から支え上げている。繭の上方からは黄色い糸のようなものが伸び、木の一番上とつながっていた。繭の中には横たわる人影があった。

「ティア!」

ユリウスは球に駆け寄った。繭の中にティアーナが眠っていた。よく見ると、枝先の一部が繭の中に入り込み、一本はティアーナの右手に巻きつき、残りは彼女のほどけた髪に絡みつきながら頭へと伸びている。ユリウスは嫌な寒気を覚え、急いでライシャを呼んだ。

「早く、彼女を出してくれ」

「今、やるよ。後ろに下がって」

ユリウスが下がると、ライシャは水晶玉を球に近づけ、呪文を唱えた。紫色の光が強くなり、光の球は小さくなり始め、中の木も縮んだ。だが、すぐに動きは止まった。

「おかしい。正気を増せば、木は萎え縮むはずなんだが」

ライシャはつぶやき、さらに力を込めた。しかし木は縮むどころか、逆に急速に枝を伸ばし出した。木は自ら、つながれた黄色い糸を引きちぎると、枝先を球の内面に突きつけ、内側から破ろうとした。

「だめだ!そいつ、目覚めている。離れろ、ライシャ。結界が破れるぞ!」

ユリウスは言いながら、手の中に光の玉を作った。それを天に向かって差し出すと、光の輪が浮き上がり、空に広がった。そして、3度目の光の輪が広がったときだった。ピシッと空気の裂けるような音がして、紫の光が崩れ、中から赤黒い木が勢いよく伸びてきた。木は蔓のようにくねりながらぐんぐん成長し、あっという間に4メールもの高さになり、その中ほどのあたりに、人の大きさほどの巨大な緑色の花が開いた。花は緑色の羽毛のようなたくさんの花弁に包まれ、その真ん中は閉じられた鳥の目のように、緑色の二つのまぶたに覆われていた。花の根元のがくの下から、緑色のけばだった蔓が2本伸びていて、ゆらゆらと揺れていた。木の成長は止まり、動いているのはその触手のような2本の蔓だけだった。

「開花はしたが、まだ眠っているのか……」

ユリウスは花を見上げ、それから呆然と木を見上げているライシャの側へ行った。

「ライシャ、これ持って」

ライシャの手の中の水晶玉に、彼は自分の持っていた光の玉を移した。水晶玉はその光を帯び、ライシャはずっしりとしたその重さにうめき声を上げた。

「普通の結界じゃ、たぶん持たないだろう。あんたの力で支えていてくれ」

「ユリウス!こんなはずじゃなかった。あたしのからくりは完璧だったはずだ!」

必死になって弁解するライシャをユリウスは一瞥し、再び木を見上げた。

「きっかけはわたしかもしれない」彼は厳しい目で言った。

「わたしが不用意に力を解放したから、その影響が呼び水になって、開花したのかもしれない……。だが種をまいたのはあんただ」

ユリウスはもう一度ライシャを見つめた。

「まいた種の責任は取ってもらう。しっかり支えてろよ」

ユリウスは木に近づいた。

(もう回りの木が枯れ始めている……)

彼は邪気から体を守る呪文を口にし、1.5メールほどの高さまで持上げられた繭を支える枝に跳び乗った。繭に触ると、それはぶよぶよとした膜のようなものでできていた。壊せるだろうかと考えたが、ティアーナの身の安全を思うと、下手に手出しできなかった。

「彼女の夢を解く方が先か……、ん?」

振り向くと、緑の蔓がゆらゆらと背後から迫ってきていた。木が眠っているときは、その2本の蔓が邪魔物を排除する役のようだった。彼は2本の蔓を呪縛して動けなくさせると、枝の上にひざをついた。

(人の夢に入り込む術か……。呪文は知っているが、やったことはない……。できるか?)

しかし、迷っている暇はなかった。彼は右手を膜に当てると、木の枝先が絡みついているティアーナの頭を見た。

(遠いな……、せめて触れられれば、ティア……)

ユリウスはそのまま呪文を唱え、目を閉じた。深い呼吸と共に、彼は意識を彼女の眠りの波に近づけた。彼女の柔らかい息遣いが耳の奥に響き、彼はそれを聞きながら呼吸を合わせ、心を寄り添わせた。まるで、彼女の体をそっと抱きしめた時のような安らぎと心地よさの中で、二人の波長はすぐに合い、彼は静かにゆっくりと、眠りの海に沈んでいこうとした。だがそのとき、彼は脇腹に鞭で打たれたような衝撃を受け、意識が戻った。もう体はバランスを崩し、木の下へ落下していくところだった。彼は急いで体を起こし、どうにか着地して、木を見上げた。呪縛したはずの緑の蔓がゆらゆら動いている。その蔓の攻撃だったのは間違いなかった。

(意識をなくすと、呪縛を維持できない……)

彼はもう一度やってみることにして、再び枝に登った。さっきより強い力で蔓を呪縛し、ティアーナの夢の中へ入ろうとした。しかし、意識が沈んでいく途中で、何かの気配を感じ、彼は素早く起きて背後を振り返った。また蔓が呪縛から抜け出て、迫ってきていた。彼は蔓をにらみつけ、鋭く手で払い除けた。シュッと音がして、空気の裂け目が鋭い切っ先となり、蔓の先を傷つけた。緑の液体をしたたらせて、蔓は退いたが、膜の中のティアーナを見て、彼は愕然とした。彼女は眠ったまま、腕を押え、体を縮めて苦痛の表情を浮かべていた。

「ティア!」

ユリウスは叫んで膜を叩いた。しかしユリウスの手は、音もなく膜の中にめり込んだだけだった。ティアーナは身をよじって痛がっていたが、目を覚ます様子はなかった。

(木に同調してるのか……。それでは木を傷つけることはできない)

ユリウスは唇をかんだ。ティアーナの夢を解くためには、あの蔓をどうにかしないといけない。だが、傷つけることはできない――

(一人では無理か)

彼は枝から飛び降りると、結界の外へ出た。そして大学のザイナス老師を心話で呼出した。

《ユリウス、力が戻ったのか?》老師はユリウスに答えて言った。

《はい。老師、西の森にセムの夢食いの木が放たれました。妻がそいつに囚われています。一人では埒があきません》

《夢食いの木だと!?なぜそんなものが……。それで、西の森の魔女は?》

《3重の結界を支えています》

《そうか……。よし、わかった。いったん、こちらに戻りなさい。大賢者の間で待っている》

老師の心話はそれで途切れた。ユリウスはライシャに近づいた。

「重いか?」

「ああ」ライシャは顔をしかめて答えた。光の玉を持つ手がかすかに震えた。

「ティアの夢を解くのに、もう一人助けがいる。わたしはいったん大学に戻るが、まだ持ちこたえられるな?」

「ああ」

「あんたほどの使い手なら、まだ当分大丈夫だろう。だが、あいつがティアの夢を食い尽くし、あの花が目を覚ましたら、おそらくもうこの結界でも抑えきれないだろう。そうなったら、あいつの次の獲物は間違いなくあんただ」

「………」

ライシャは無言で木をにらみつけた。そのとき、ユリウスはティアーナの悲鳴を聞いたような気がして、木の方を振り向いた。緑色だった花びらが、真っ赤な血の色に染まっていた。ユリウスは木がティアーナの夢を、今まさに飲み込んだところだと直感した。凍りつくような戦慄を抑え、彼は闇の道で大学へ戻った。


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