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夕暮れ迫る村のはずれに近い一軒家に向かって、老婆がせかせかと歩いていく。ドーラだった。彼女はその家に着くと、急いでノックした。中から娘が顔を出した。
「あら、婆(ばば)さま。もう聞いてきて下さったの? 」
「ああ、こういうことは早いほうがいいと思ってね、ティアーナ」
「どうぞ、中へお入りになって」
ドーラが中に入ると、ティアーナの両親、ハルとマイラが気がかりな顔をして、ドーラに挨拶をした。
「いすをどうぞ、婆さま」
「ありがとうよ、ティアーナ。おまえもお座り」
ティアーナが座ると、ドーラはティアーナと後ろに立っている両親の方を向いて言った。
「今、ユリウスの所へ行ってきたよ。やはりだめだった。その気はないとさ」
「やっぱり。そうよね、賢者さまが結婚なんてして下さるはずないもの」
ティアーナはうつむいて、つぶやいた。
「すまないね、ティアーナ。力になってやれなくて。でもこれでよかったのかもしれないよ。あの男と結婚したって普通の生活はできないからね」
「でも、婆さま」ハルが泣きそうな顔をして言った。
「それじゃ、ティアーナは一生結婚できないんですかい。賢者さま以外にティアーナと結婚できる人はいないんでしょう?」
「お父さん、もういいじゃない。諦めましょうよ。わたしはずっとお父さんとお母さんの側にいるわ」
ティアーナはハルを慰めるように言った。マイラは何も言わず、ただ心配そうに二人を見ていた。
「でも、ティア、わしたちが死んだらおまえは独りぼっちなんだぞ」
「大丈夫よ、お父さん。そうなったら“子供の家”のシスターに頼んで、住み込みで働かせてもらうし。それにね、結婚してたってしてなくたって、人間いつかは独りになってしまうものじゃなくて?もう、わたしのことは心配しないで」
「かわいそうなティア。どうしておまえには人並みの幸福すら許されないんだ。こんなに良い娘なのに……」
ハルは遂に泣き出した。居たたまれない様子で、マイラが肩を震わせているハルの側に寄り添った。
「お父さんたら……もう、泣かないでよ」
ティアーナも二人の側に寄り、慰めた。しばらくむせび泣いていたハルは急に顔を上げて、ドーラの方に向き直った。
「婆さま!!わしはやっぱり諦めきれねえ。ティアーナにはどうしても幸福になって欲しいんだよ。なあ、賢者さまだって人の子だ。絶対結婚しないって言い切れないだろう。ティアーナは器量の良い娘だもの。わしが行って直接お願いしちゃいけないかい?なあ、ぜひそうさせてくれよ、婆さま!」
「お父さん!!」「あなた!!」ティアーナとマイラはびっくりして叫んだ。
「お父さん!無理よ!体、悪いんだから、森になんか行けるわけないでしょ」
「大丈夫だよ、おまえのためなら。大丈夫!」ハルは必死だった。
「ハル、あんたがその弱った体を引きずって、ユリウスの所へ行ったって、あの男が情にほだされて承諾するとは思えんがね」
ドーラが口を挟んだ。
「それにだ。ティアーナに人並みの幸福を望んでいるんだったら、賢者との結婚は諦めたほうがいい。さっきも言ったとおり、あんたらが普通に思っているような夫婦の生活にはならないはずだし、それに、占った時に言ったろう。もし二人が結婚したとしても、子供はできないと出てるんだよ。夫子供に囲まれて幸せな毎日、なんてことにはならないよ」
「でも!賢者さまと結婚すれば不幸にはならないんだろう」
ハルも負けずに言い返した。
「そのはずだよ。この二人が結ばれれば真の夫婦となりて共に歩みゆくこと相違わず。これが星のお告げじゃ」ドーラは厳かに言った。
「ならいいんだ。人並みじゃなくてもいい。人と違う道を行くことになっても……。婆さま、ティアーナにはその共に歩む人が必要なんです。前の亭主と死に別れてから、この子は独りでいると言ってるが、わしにはわかるんだ。決して独りでいいはずがない。いいはずがないんだ」
ハルは自分に言い聞かせるように繰り返した。
「お父さん、もうわかったから。でも、お父さんは行っちゃだめ。わたしが行くわ。明日わたしが賢者さまにお会いしてお願いするから。それでいいでしょ」
ティアーナが諭すように言った。ハルは自分の娘を見つめた。
「ティア……、おまえ……」
「わたしの結婚なんですもの。わたしが行くわ。婆さま、いいでしょ」
「ティア、おまえ、一人で森に入ったことなんかないだろう。大丈夫なのかい?」
マイラが心配して尋ねた。
「大丈夫よ!お父さんが行くより、わたしのほうがいいに決まってるわ。ねぇ、婆さま」
「そりゃ、一度本人同士が会うのも悪くはないね」
「じゃ、決まりね。婆さま、どうやって行けばいいのかしら」
「うーん、ついていってやりたいけど、明日は用事があるんでね」
「大丈夫。一人で行けます」ティアーナは明るく言った。
「それじゃ明日の朝、あたしの所へお寄り。いい物貸してあげるから。道はその時教えるよ。じゃ、あたしはこれで」
ドーラは席を立ち、ハルとマイラがドーラに丁重に礼を言った。ティアーナはドーラを見送りにドアの外まで出てきた。
「お茶も差し上げないで、婆さま、ごめんなさいね。うちの父、ひどい親馬鹿でしょう。病気するまではあんなじゃなかったんだけど」
「気にすることはないよ。それより、おまえさんが出かけていっても、無理だと思うんだけど、それでもいいのかい?」ドーラは小声で聞いた。
「いいのよ、わたしは賢者さまを説得するつもりはないんだから。ただお会いしてみて、わたしが賢者さまにふさわしい女じゃないってことになれば、父も納得してくれると思うの」
ティアーナも小声で返した。
「そうか、ユリウスじゃなくて、父親を説得するためか……」ドーラはつぶやいた。
「ええ、そうよ。それじゃ、婆さま、明日ね。おやすみなさい」
ティアーナは明るく笑って手を振った。
「ああ、おやすみ」
ドーラはもうすっかり暗くなった道を戻っていった。
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