きんとさんのお気楽ゴクラク日記

K.水谷


Could you take off your shoes here?


6月17日(木) 曇り

ファンタジーというのは、「別の世界」を舞台にしていることが多い。
この「別の世界」の設定というのが、結構厄介なものなのだ。
独創的なものを作れる力量のある人ならいいけど、そうでないと、現実のどこかの世界をなぞらえたりして、そこにちょっと工夫を凝らして、という作り方になってしまう。
いずれにしろ、「別の世界」の衣食住から風俗習慣に至るまで、全てを細かく設定するのはとても骨が折れる。
かといってこれをおろそかにすると、いい加減な世界の中で登場人物たちに不自由な思いをさせることになるし、逆にこれをきっちり細かくやっておくと、それだけで魅力ある物語になることもある。

今、書いているお話は、中世アラブの世界が舞台なんだけど、歴史を扱っているわけではないし、「別の世界」として中世アラブを舞台にしたので、やはりファンタジーなのだろうなと私は思っている。
そして、その「別の世界」づくりに今、難儀しているのだ。
いくらそちら方面の歴史を学んだからといって、衣食住や風俗習慣の事細かまでは把握してない。
とにかく、「イスラム事典」と向こうの生活関係の書かれた本だけが頼りだ。
こないだも、なにげなく部屋の描写をしてて、「机といす」と書いてしまってから、ハタと気がついた。
「そうだ、アラブって靴を脱ぐ文化なんだ!」

日本の家に外国人を招待するときは、玄関で「ここで靴を脱いでちょーだいね」と言わなければならないが、よくよく考えると、履物を脱ぐ文化を持っている民族ってとても多い。
家の中でも履物をはいたままの民族のほうが、少ないくらいじゃないかしら。
自分の居住空間を内、それ以外を外として、内に入るとき履物を脱ぐという習慣を普通に考えている人たちは、私たち日本人だけではないのだ。
それで、つらつら考察してみるに、履物を脱ぐ民族は概ね二種類のタイプに分かれる。

一つは遊牧民系の敷物文化である。
アラブはこちらに入る。
家であろうと、テントであろうと、外であろうと、敷物を敷けばそこが内であり、そこでは履物を脱ぐのだ。
おままごとのゴザと一緒である。
この前、ウイグル族(中国西境に住んでるトルコ系の元遊牧民族)の住まいをテレビで紹介していたのを見たんだけど、家の中庭や廊下を歩くときは靴をはいたままで、部屋の中は絨毯などが敷かれていて、そこに上がるときに靴を脱いでいた。
アラブもこれと似たようなものだろう。
当然、絨毯の上ではぺったんとお尻をついて座るので、いすや机は必要ないのだ。

一方、日本はというと、これは高床式文化から来ているのではないだろうか。
つまり、家全体の床が地面から上に作られてて、その中が内という感覚で、そこに上がるときに履物を脱ぐのだ。
マンションみたいに床の高さが関係なくなっても、玄関から一段上がるとそこが内という暗黙の了解のうちに、靴を脱いでいる。
家の作りや生活習慣に西洋式文化をゴチャゴチャ取り入れてるわりには、そこのところは頑固に昔の風習を守っているよね。
それってなんでなのかしらん...

それから、「世界風俗じてん」のアジアの巻に面白い記述があった。
中国の伝統的な寝台は広く大きくて、寝るだけでなく居間の役目も果たしたというのだ。
中国の家は南部地方を除いて、床を高く作らないから、ベッドにいすに机の生活なのだが、そのベッドに身の回りの物を持ちこんで、寝るとき以外もそこで過ごすというのだ。
つまり、西洋ではカウチポテトをするときは、ポテトやコーヒーを置くための机を側に引き寄せなくてはならないが、中国ではわざわざ机を持ってこなくても、ベッドそのものを大きくすればいいじゃん、という風に考えたらしい。
そうなると、床(ゆか)と床(とこ)の字が同じなのもなんかうなずけてしまう。

物語における部屋の描写なんて、たった一行かそこらなのに、こーんなに考えることができてしまった。
ねっ、「別の世界」づくりって奥が深いでしょ...


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