きんとさんのお気楽ゴクラク日記

K.水谷


エロティックなもの=グロテスクなもの?


1月30日(土) いい天気!

今日は久し振りにチョットだけHネタ。
昨日『彼氏彼女の事情』を見てたら、順調な交際を続けていた有馬君と雪野ちゃんがついにベッドインしたもんで。
以前、ガイナックスのHP見にいった時、庵野監督の、有馬って硬派なイメージなのに簡単にシテしまうのがよくわからない、というような発言を見た。
私もどっちかというと考え方古いほうだから、いくら相思相愛だって、すぐに行くとこまで行っちゃうのは、はなはだ疑問だった。
だから、庵野監督どうすんのかなと思ってたんだけど、やっぱり原作通り(かな?私は原作読んでないから)すんなり話を進めてしまったようだ。
あーあ、それにしても、自分が少女だった頃は遥か遠く、厳粛なる少女漫画アニメのHシーン(別にHなシーンは出てこないが)で、テレビに向かって「こら有馬、ゴムつけたか!?」なんて老婆心丸出しで叫んでる自分が哀しい…。

私がまだ少女だった頃…、その頃はもちろんHには興味あったが、現実的にはその様子はどう見てもグロテスクにしか見えず、美しい憧れとグロい現実とに挟まれてその問題は避けて通っていた。
少女漫画は美しい憧れの方だけを描いているものが多く、現実を描こうとする人もいかに美しく描くかに注意を払っているようだった。
人間の当然の営みがグロテスクに見えるというのは、変な感覚だと思うんだけど、現実を受け入れてる今でさえ、その感覚は変わらない。
何がグロなのかと、よくよく考えてみると、男と女の生身の裸がどうもいけないみたい。
というのは、とてもきれいに描かれた漫画やアニメだったら許せるから。
どんなに美しい女優さんと男優さんが演じても、やっぱりだめ。
肉感を感じさせるものに、拒否反応を示しているという気がする。

何にエロティックなものを感じるかは、人によって違うだろう。
でも肉感がだめ、という人は結構いるんじゃないかしら。
Hビデオだって、アニメものが流行ってるみたいだし。
女の子の場合、男と女はだめだけど、男と男(この場合は美少年と美少年あるいは美青年に限定しておこう)なら見てもいいなんて、そっちの方に走っちゃう人もいる。
JUNEとかやおいとか呼ばれるものですな。
こないだ、自分の小説の中で男色趣味の人を書くのにそういう人のことをよく知らなくって、参考のためにやおい系のHPを見にいった。
そしたら、結構はまっちゃって、ワクワクしながら読んでしまった。(~_~;)
男と女ならチョットやだなぁと思ってしまうような露骨な表現でも、美少年と美少年あるいは美青年ならOKなのだ。
女の裸のグロな部分は自分の被害者意識の裏返しで、美少年同士のHなら傍観者でいられるからなのかなぁ。

どんなにいやだと思っていても、エロとグロって密接な関係ではあるよね。
やおい系の小説読んだって、観念的にはエロティックなものを感じるけど、現実を想像すると相当グロいですもの。
男優さん同士で演じてるAVなんかあったって、絶対に見ないわよ。
どんなにきれいな美少年であったとしても!
まあ、何がグロかってのも人によって違うだろうから、人様のことは言えないけど、私は観念的にエロティックなもので十分ですわ。

でもそれこそが、難しいことだったりして。
やおい系小説も最初のうちは興奮して読んでたけど、延々とそのことばかり書いてるものは飽きちゃってつまらなかった。
エロだろうとグロだろうと、小説でも漫画でもアニメでも実写でも、観念に訴え、想像力を掻き立てるものが必要なのだ。
それはつまるところ、お話の面白さ、絵のうまさなんだよなぁ。
ああ、至極当たり前な結論に達してしまった…。


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