さっきの電話…。
あれ、何だったのだろうか。
女の声で「シンジさんいますか?」
あの声、きっとあの女だ。
夫と逢っているあの女…。
そう、私は知っている。
夫が他の女と逢っていることを。
でも私は彼にそのことを問いただしてはいない。
黙っている。
何食わぬ顔をして…。
夫は私が知っていることを知っているのだろうか?
彼もまた、何食わぬ顔をして黙っているだけだ。
「シンジさんいますか?」
今日は会社は休みで、夫は家にいる。
昨夜、帰宅するのが遅かったのでまだ寝ている。
あの女のために彼を起こしに行くのはしゃくだったので、「出かけておりますが?」と答えた。
戸惑うような沈黙の後、「では結構です」とだけ言って、電話は切れた。
落ち着いた冷静な静かな声だった。
付き合っている男の家に電話をかけ、男の妻が出ているというのに、あの静かな声…。
それだけで、どんな女か想像できた。
あんな女を彼は好むのだろうか…。
私はちょっと苛ついて、独り言をつぶやいた。
「それにしても、何だって突然電話なんかかけてきたんだろう。私の声を聞いてみたかったとか?まさかね」
時計を見ると、針は正午を指そうとしていた。
夫の様子を見に寝室へ行った。
ふとんをはだけて、彼は寝ている。
ため息をついて、ベッドに腰をかけ、彼を揺り起こした。
「ねえ、起きて。もうお昼よ」
彼はうーんと伸びをして、眠そうな目で私を見た。
「なに怒ってるの?」
とろっとした声で彼が言う。
私は慌てて「怒ってないわよ、別に」と言い繕った。
あの電話のせいで、そんな顔になっていたのだろうか。
彼はゆっくり起き上がり、「そんな恐い顔しないで。せっかくの気持ちのいい朝がだいなしだよ」とささやくなり、私を抱きしめベッドに押し倒した。
不意打ちは彼の得意技だった。
それを好んでしているようなところがあった。
もっとも、最近はご無沙汰だったけど。
「ちょっとぉ、もうお昼なのよぉ」
とりあえずの私の抵抗を無視して、彼は私の服を引き剥がした。
レースのカーテン越しに差す仄明るい昼間の光の中に、私の裸の体がさらされた。
彼は目を細めて私の体を見ている。
あの女と比べている…。
私は直感した。
私は恥ずかしさで身をくねらせながら横を向いた。
心がうろたえている。
あの女と比べて、私の体はどうなのだろうか。
胸は…、腰は…、まだ子供を産んでいないから、体の線は崩れてないはずだけど…。
彼は羞恥と当惑を素直に表わした私の姿態をまだ見下ろしている。
「何、見てるの?恥ずかしいじゃない」
抗議の声がなぜか甘くなる。
彼は微笑み、自分もパジャマを脱ぎ捨て、私に覆い被さると愛撫を始めた。
「いいじゃないか。見られた方が燃えるだろう?」
誘うようなささやきが耳元をくすぐる。
胸に腰に太股に、そして敏感な部分に伸びる彼の手が、いつもより優しく丁寧な気がする。
まるで何かを確かめているように。
そうだ、確かめているのだ。
あの女との違いを。
体の違い、反応の違いを…。
あの女の静かな声が思い浮かぶ。
あの女はどんな体で、どんな反応で彼を魅了したのだろう…。
嫉妬心が私の秘めた情欲に火を付ける。
いつもより激しく彼の唇をむさぼり、いつもより甘ったるい喘ぎ声を出し、いつもより淫らな姿態になる。
「今日の君は素敵だよ」
彼の熱いささやきが追い打ちをかける。
彼は私を楽しんでいる。
嫉妬に駆られて身悶える私を。
彼は知っているのだろうか。
私が知っていることを?
さっきの電話も?
あるいは、あの電話も彼が仕組んだことなのだろうか?
あの戸惑うような女の沈黙もそれで説明がつく…。
彼の滑らかで容赦のない愛撫が私を責め立て、思考をさえぎる。
もしそうだとしたら、私はまんまと彼の罠にはまったのだ。
私をもてあそんで楽しんでいる彼…。
悪魔のような男…。
でも、わたしは…、×××…。
ああ…、××××…。
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