クラウスの戦争W



息を切らせて上ってきた石段を、今度は一気に駆け下る。

時折、後ろのソフィアを気遣うクラウスだが、ソフィアは彼の後をぴったりとついてきている。
あまり見ていると視線があらぬ方向へ行ってしまうので、すぐに前を見据えた。

爆音がとどろくたびに、塔自体が大きく振動し、壁のあちらこちらから細かな破片が散り落ちる。

整っていなかった息が、すぐにあがる。
こんなに走ったのは、本当に久しぶりだった。

石段を下りきり、廊下へと出る。

「とっ・・・。」
登っているような錯覚に一瞬、足をとられる。


ドォーーーーーン!!

激しく床が揺れる。
攻撃が城に集中して来ているようだ。

ヴァンシップは無事だろうか・・・。
あれがなければ、脱出するすべがないのだ。


先ほど入ってきた崩れた壁へとたどり着く。

息を飲み込みながら、銃を構え直し、外の様子を窺う。
特に人影は見当たらない。

あの老紳士は、こんな状況の中どこへ向かったのだろうか。
ふと、そんなことがクラウスの思考を横切った。



ヴァンシップを置いてきた物見塔はもう目と鼻の先だ。
再び走り出す二人。


チューーーン!

何歩も走らないうちに、足元に銃弾が跳ねた。

「止まれ!」

命令とともに、石造りの建物の物陰から、銃を構えたデュシス兵達が現れる。
地上部隊がすでに降下していたようだ。どうやら囲まれているらしい・・。

ヴァンシップまでもう少しだというのに・・・。

「銃をこちらによこせ!」

ここは、素直に従うほかなさそうだ。
クラウスは、手にしていた銃を放り投げる。

カシャーーン。
石畳に銃が転がる。

一人の兵士が銃の回収に向かい、他の兵士は銃をこちらに向けながら、囲み込むようにしてその輪を徐々に狭めていく。

「アナトレーの者か!?」

「これは、同胞の銃だな!。なぜおまえが持っている?」

銃口がクラウス達に迫る。
クラウスはソフィアを背に庇うように前に出た。
ソフィアがクラウスの手に自分の手を重ねて来る。
クラウスはその手を強く握り返した。


ドォーーーーーーーン!!!!!!
突如として上空のデュシス艦が炎に包まれ飛散する。

その破片が、クラウス達やデュシス兵達へも降り注ぐ。
クラウスはとっさにソフィアに覆い被さる。

「うあっ・・・!」
クラウス達を取り囲んでいた兵士達を飛散した装甲板が襲う。
幾人もの兵士がなぎ倒され、下敷きになる。

「何があった!?」
「敵襲!!!」

「どこからだ!?」
デュシス兵達にも、クラウスにも何が起きたのか把握できない。

ばらばらに転進するデュシス艦から、上空も混乱していることが伺える。

「・・・ベンドラ砲・・・」
ソフィアにだけは、攻撃元が分かったようだった。

「今だわ、行きましょう。クラウス。」
思わぬ反撃に遭い浮き足立つデュシス兵を尻目に、冷静にクラウスを促す。

ソフィアを庇おうと、抱きしめるような格好になっていたクラウスは、慌ててソフィアから離れる。

「クラウス?」
もう一度声をかけるソフィアに、我に返るクラウス。

「・・・あ!?・・はい。こっちです!」
クラウスは一番近くに落ちていた銃を拾い上げると、彼女に背を向けて、再び走り出す。
腕の中のぬくもりと香り。一瞬、いや二瞬。戦場にいることを忘れた。
彼女の顔を見なくて済むのは、今は都合がよかった。

ソフィアは彼の後を追いながら、少し残念なことをしたと"自分自身にだめだしをしていた"。




物見塔の石段を息を切らせながら登る。
登りきる前に立ち止まる。
ソフィアを手で制したクラウスは銃を構え直し、ヴァンシップの様子を窺う。

先ほどのこともあるので、注意深く窺う。
クラウスの後ろで、ソフィアが乱れた息を必死に飲み込む。

人の気配はしない。

それでも、銃を構えながらじりじりとヴァンシップへと近づく。
パイロット席、ナビ席をも銃を突きつけて確認する。

どうやら大丈夫のようだ。
クラウスが小さく手を振る。

待機していたソフィアが姿勢を低くして足早にクラウスの元へとやって来る。

ソフィアをナビ席へと誘う。
クラウスは、乗り込むためにさらにあらわになった彼女の足へと吸い寄せられてしまう視線を無理やり引き剥がすように、背を向け銃を構え直した。
なんとか不慣れなナビ席へと収まったソフィアの安全ベルトを確認すると、自らもパイロット席に滑り込む。



出力を上げ、一気に上昇をかける。
地上の兵士からは、追撃はなかった。
それどころではないのだろう。

上空に出たことで、帝都の惨状が人目で見て取れる。
無残に崩れ落ちた建物。
数え切れない火の手と帝都を包み込む煙。

顔色を失うソフィア。
だが、今出来ることは何も無いのだ。


上空には、今だデュシスの艦隊が鎮座している。
この囲みを再度突破しなければならない。

アナトレー側からの反撃を警戒してか、デュシス艦隊が装甲の厚い艦を盾に防水陣形を取っているのが分かる。
そのため、先ほどとは違い、艦の銃兵隊に対して正面から突っ込む形になってしまう。

熾烈な攻撃にさらされることになる。
どんな陣形だろうと、突破しなければならないことには変わりない。

「頭下げてて下さい。ソフィアさん!!」

来たときと同じようにフルスロットルで突っ込む。
それ以外に、方法はない。

ダッ・・ダダーーン。ター―ン。ターン。ダーーーン。ダン。

チューーーン。キンッ!。ヒューーン。ピシュー!。

数え切れないほどの銃弾が降り注ぐ。
無理をしてきた機体が悲鳴をあげる。

"もう少し・・・もう少し持ってくれ!!"
そう強く願いながら、クラウスは操縦桿を強く握り締め続ける。


ソフィアは、頭を下げ、歯を食いしばり、目を閉じる。
ナビではない彼女には、それ以外にできることは無い。

艦橋で感じるどこかフィルターのかかったような戦場とは違う。
生と死の境界。
これが本当の戦場なのだ。

クラウスはこの戦場を掻い潜って来たのだ・・・。


ドォーーーーーーーン!!!!!!
目の前の戦艦が大音響とともに砕け散る。
再び、アナトレー側からの"あの攻撃"のようだ。

クラウスは出力を維持したままで高度を下げ、機体を左右に振って残骸をやり過ごす。

浮き足立ったデュシス艦隊からはそれ以上の追撃はなかった。
みるみるデュシス艦隊が、そして城が遠ざかる。

後方に遠のく無残な帝都の様子に、ソフィアの表情は硬い。
城壁が、町が、遥かに遠のいても、火の手がその位置を煌々と誇示していた。

クラウスはかける言葉が見つからずに、開きかけた口を真一文字に強く結んだ。





雲が低く深く立ちこめ、視界は酷く悪かった。

囲みを突破して、ほっとした気持ちを引き締めようとした矢先、視界の端に艦影が映った。
それは、ヴァンシップを大きくしたような独特のフォルム。

「・・・ウルバヌス!」
さっき後退していった艦に違いない。

捕らえた艦影に戦慄するクラウス。
アナトレー所属の戦艦とは言え、シルヴァーナと一度砲火を交えているのだ。

この距離ではすでに先方にも気づかれている。
機銃の残弾数を確認する。

「まって、クラウス。」
操縦桿を倒し転進を図ろうとするクラウスをソフィアが制止する。

硬い中にも凛としたその声音に、理由を聞かなくても大丈夫だと思える。
彼女の言葉に落ち着きを取り戻したクラウスは、もう一度、ウルバヌスを見据える。


チカチカ・・チカ・・・。
ウルバヌスから照明信号が発せられているのが確認できる。

"ウルバヌスは、皇女殿下の乗船を歓迎する"
繰り返される信号は、確かにそう読み取れる。

「どうしますか?。ソフィアさん。」

信号内容を告げ、判断をソフィアに任せる。
彼女なら間違うことは無いだろう。
もし万が一のことがあれば、それはクラウスの役目だ。

「行きましょう。クラウス。」
ソフィアに迷いはない。

頷いたクラウスは、ハンディータイプの信号で"着艦"を打診すると、着艦準備に入った。


ものすごく久しぶりに書いたので、読み返したらこんなこと書いてたんだという感じ。
これからどうしよう。

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