明日のために



ゆったりと白い雲が流れ、穏やかな風がアリスティアの金糸の髪を弄ぶ。

遥か先の空では、アナトレー・デュシスの連合軍がギルドと砲火を交えている。
シルヴァーナもじきにその戦列に加わるだろう。


アリスティアはただ、この戦とは無縁の様子の青空の下、人を待っている。
最後の切り札であるアルヴィス。
そして彼女を送り届けるクラウス。

一緒に待機していたイーサンがいろいろと話し掛けて来てくれたが、何を返答したのかさえ良く覚えていない。
彼なりに気を使ってくれていると思うのだが、それに応える余裕が今の彼女には無かった。

"クラウス"
彼女は思い人の名をそっと口ずさんだ。



不意に風が暴れる。
何か小型の物体がこちらに向かってくることが分かる。
ヴァンシップ。

「ヴァンシップ接近。信号弾用意。」

艦上部の監視塔から指示が飛ぶ。
「撃ぇー!。」

蒼い空を切り裂いて白煙が昇る。

やってくるのは間違いなく彼女の待ち人。



「クラウス!」
ドック艦に接岸しようと減速する機体のパイロット席にクラウスを見とめたアリスティアが声を弾ませる。

懐かしさ。
そして、愛しさ。
何から口にすればよいか分からず、名を呼ぶ。

その声に驚いたように彼が振り向く。
「アリス!」

それは、クラウスにとっても同じだった。


再会をかみ締めたい。
だが、時がそれを許さない。
一刻も早く、グランドストリームを越えなければならない。
イーサンから各ポイントにヴァンシップとナビが待機していることがクラウスに告げられる。
アリスもそのナビの一人だと。

じりじりと焦る気持ちの中で、アリスティアが、シルヴァーナが無事ということはクラウスにとって何にも替えがたい薬だった。


急かされるままに、クラウスがパイロット席に、アルヴィスがナビ席のアリスティアの膝の上に移動する。
その間、二人の間の会話はわずかに、「よろしく。」、「うん。」だけだった。
その後は、お互いに出方を伺ってしまい、会話にならなかった。

微妙な空気の中、最終チェックが淡々と行われた。
ただ、二人の間の空気を肌で感じたアルヴィスは、膝を貸してくれている主を不思議そうに見上げた。


いつでも飛び立てる準備はなされている。

「アリス、後でなっ」
親指を立てた右手を突き出していたイーサンが、彼女にウインクをよこす。

クラウスにしてもらえたら小躍りしてしまいたくなるほど嬉しいのだが・・・。
目の前に座る彼がそんなことをしてくれる訳はない。
もうすこし積極的でもいいのにと、心の中でため息をついてみるアリスティア。
それは、彼女にも当てはまるのだが。

クラウスに誤解されるような応対はしたくない・・・。
どう答えたものかと悩んでいると、膝の上のアルヴィスに右手の親指を立てられた。

思わず手首を180度回転させてみた。
一応フォローのため、笑みをオマケしておいた。

それを見たイーサンが口をあんぐりと開けて固まっていた。
心なしか顔色も青かったように見えた。
体調不良なのだろうか。

だが、またクラウスといっしょに飛べることに心の大部分を占められていたアリスティアの関心は、それ以上、彼に向くことは無かった。


「せっかく覚えたのに・・・」そう言って落ち込むアルヴィスが可愛くて、彼女にナビを任せてあげることにした。
今は、またクラウスといっしょに飛べる、そのことだけで十分だった。


彼の背中に目が止まる。
はじめてあった時よりも何倍にも大きく見えるその背中。
背負っているものの大きさだろうか。

私は、どうなのだろう・・・。




「前方。気流に乱れ。右に三度修正。」

「了解。右に三度修正。」
クラウスが答えつつ、操縦管を僅かに倒す。

何気ないパイロットとナビのやり取り。
それが無償に嬉しい。

どこまでも蒼いそら。
冷たい風。
共有される時間。





楽しい時はあっという間に終わりを告げる。

次の合流ポイントが近づいている。


「第二中継地点確認。アリス、信号弾を!」
クラウスがポイントを確認する。

「了解。」
アリスティアは信号弾を頭上に構える。
その動作に、ひざの上でアルヴィスが小さな手で耳を塞ぐ。


アリスティアが待機していたのと同型のドッグ艦がみるみる近づく。
カタパルトを移動中の機体の上でカスタビが手を振っている。

軽い衝撃とともに接岸する。


待機していた機体のナビ席にはタチアナが座っていた。
アリスティアは知っていたが、クラウスは多少驚いているようだった。

だが、すぐに彼は次の機体に乗り換えるために立ち上がる。
時間が無い。
「・・・・・ありがとう。アリス。」
そう言葉を残して・・・。

接岸する前から、クラウスの頭にはさまざまな言葉が浮かんでは消えていた。
タチアナにアリスと替ってもらおうかとさえ思った。
だが、結局アリスティアに残せたのは、ありきたりで他人行儀な言葉でしかなかった。

一度、背を向けてしまうとそれ以上言葉を紡ぐこともできなかった。



彼が行ってしまう・・・。

遠くへ・・・。


「ううっ・・・。」
下から聞こえるうめき声に、アリスティアの意識は引き戻された。
ひざの上でアルヴィスがシートベルトで四苦八苦していることに気が付く。

「あ・・・ごめんなさいね。」
アリスティアが外してあげると、アルヴィスは勢いよくナビ席を飛び出した。

足場の悪さをものともせずに、クラウスに追いつく。

アルヴィスは、クラウスといっしょにグランドストリームを越えるのだ。
タチアナの膝に居心地悪そうに収まる彼女がうらやましくてならない。


もっともっと・・・クラウスと一緒にいたい。

このまま、・・もう二度と会えないかもしれない・・・。


一度ざわついた心を押しとどめることは彼女には出来なかった。

「っ・・・・!。・・クラウス!!」
タチアナ機に乗り込もうとするクラウスに、たまらずに声を掛ける。

彼女らしからない声音と、その初めて見せる表情に驚いたクラウスが、慌てて彼女のところまで戻って来た。
自分を振り向く彼の表情から、自分がどんな顔をして彼を呼び止めたのか察したアリスティアは、顔から火を噴く思いで俯く。

「・・・アリス。必ず戻ってくるから。」
ナビ席から身を乗り出していた彼女を抱きしめ、長く艶やかな髪に頬をよせ、耳元に囁く。
アリスティアに向けられた言葉。
そして、自分自身に向けられた言葉。

その言葉をお互いに深く深く心に刻む。

クラウスは、僅かに状態を起した彼女の、風にさらされて少し乾いた唇を塞いだ。

柔かな金糸の髪がカサついた彼の頬を撫でる。
甘くやさしい香り。
彼女の震える瞳から雫が頬を伝う。


「ちょっ・・・。アリ・・・・・クラウス!」
目の前で繰り広げられる光景に慌てたタチアナは、思わずアルヴィスの目を手のひらで遮った。
どうやらこの手のことに対して免疫がないようだ。

「・・・お姉さん見えないよー?」
せっかくの場面を妨害されたアルヴィスが情けない声で抗議する。



長いようで短い数秒間が過ぎ、どちらともなく離れる。

アリスティアは先ほどのように俯いてしまう。
心臓が破裂してしまいそうでまともにクラウスの顔を見ることができない。

「・・・待ってる、から!」
それでも彼女は、震える声で、先ほどの彼の言葉にはっきりと応えた。




ドッグをゆっくり離れるヴァンシップ。
パイロット席からクラウスがこちらを一度だけ振り返った。

涙で滲んで表情を見て取ることができない。
でも、きっと笑顔だろうと、彼女はそう思った。

涙を乱暴に拭ったアリスティアは、とびっきりの笑顔を返した。



うまく笑うことが出来ただろうか。
遠ざかるヴァンシップが見えなくなるまで、クラウスの背中を見送る。



さあ、私も自分の出来ることをしなければならない。
まだ、すべてやり尽くしたわけではない。
次に、胸を張ってクラウスに会うために。



気合が入ったアリスティアの背中を眺めながらカスタビが呟く。
「さーて、イーサンをどうやって慰めましょうかね。」
言っている言葉の割に、うきうきなカスタビだった。



作成途中だったものを発掘。本当のタイトルは、「イーサン撃沈」。
イーサン×アリスティアなんて認めん。ということでイーサンをいじめてみる(それがやりたかっただけ)。
イーサンファンのかたごめんなさい。26話を見る限り心配も要らなかったけど・・・。

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