予約



衛星の網の目の隙間。
特別保養デッキに集まったクルーの多くが久しぶりの日光となみなみとした湯を満喫していた。
入れないと分かっていながら手を出しては引っ込めている猫と、出汁になりかかったイルカを除いては。


グラムは特大サイズのビーチボールの上に乗って湯の上を漂っていた。
ビーチバレーに全力をぶつけて、はしゃぎ疲れたようだ。
いろいろと世間の荒波を経験してきた彼ではあるが、まだまだ少年。

皆が立てる波に知らず知らずに、縁にもたれてめずらしくぼんやりとした様子のエステルの側へと流れ着いた。

ツイと彼女へと視線を走らせる。
普段目にすることの無い、彼女のライン。
決して露出度の高い水着ではないが、引き締まった美しい曲線が目に映る。
そして、豊かな胸元。

自然と彼の頬には血が集まっていく。


「ん?。どうした、グラム。」
その視線に気づいたのか、エステルが顔を上げる。


彼の視線がどこに向かっているのかということに気づいた彼女だが、動揺するでも、不快感を表すでもなく、不思議そうに問い掛けてきた。
「グラムも、胸が欲しいのか?」
と。エノラのように大きな胸が羨ましいのか?という意味なのだが・・・。

「は?」
言われた方はたまったものではない。

「ああ・・・ぇと、欲しいけど、胸だけもらっても・・・いや・・・そうじゃなくて。その・・・お互いの気持ちが・・・。何言ってんだ、俺。」

唐突に想像を逸脱した問いかけを食らった少年は、パニック状態になり、自分に突っ込みを入れた。

どこから出てくるのかわからない自信に満ちた感じの彼らしからぬウロタエぶりに、普段の彼を知るクルー達なら皆食いついて来そうな状況であるが、めいめいがリラックス状態のためか、エステルの爆弾発言にも、グラムの混乱状態にも気づく者はいないようだ。


「なんだ、いらんのか?」
何故、彼がそんなにもうろたえているのか見当を得ないというように、彼女が問いを重ね、小首を傾げる。

その天然的リアクションが、グラムの混乱に拍車をかける。
「あ・・・、いやその・・・。」


グラムはビーチボールからずり落ちそうになりながら必死に考える。
エステルって普段キツイ感じがするけど、綺麗だし。
これを足がかりに・・・。いやいや。

余り沈黙するわけには行かない。

考えること・・・5秒。
エノラやベスの気持ちもわからない鈍感少年に齢140の乙女の心がわかろうはずもなく。

で。
出た答えは、問題の先送り。

「と・・とりあえず、予約ということで・・・。」
動揺を笑顔で抑えつつ何とか返答するグラム。
えらく歯切れの悪いものであったが・・・。

「ん。そうか、分かった。」
事も無げに了承するエステル。

取り合えず交渉妥結にいたったらしい二人。


「・・・・。」
「・・・・。」
そのまま、なんとなく沈黙が二人の間を支配する。



「いやーーーーーーーーーー。」
ゆうに30秒は経過した後、その沈黙はエノラの奇声で破られることとなった。

沈黙に入り込んだのが悪か善か、はたまた妖精さんかは別として、こう着状態がとけたことにほっとしてしまうグラム。
息もしていなかったかもしれない。
その間の動悸を振り払うかのようにエノラを探す。

「エノラ!!」

グラムが振り返った先には、気絶して倒れているエノラ。
その先には、巨大なエイのような生物が・・・。
「なんだ?。あれ・・・。」

その言葉は、その場のすべてのクルーの代弁だった。



デッキは、いきなりの珍客に混乱していた。
名うての海賊とは言え、クルーの動きが乱れているのは明らかだった。

さすがにエリザベスとエステルは冷静だった。
艦長は、クララを小脇に抱えながらクルーへの指示をがなりたてている。
エステルは、ワンステップで湯を跳ね上げて湯船を上がり、お湯を供給する魚型のオブジェに組み込まれた通信機で、MAKIに連絡を入れる。
その動きには、無駄がなく機敏そのもの。
艦氏族だからと言えばそれまでかもしれない。
水滴が光を受け跳ね、そして、彼女のラインを伝う。

エノラの元へとなんとかたどり着いたグラムは、彼女を助け起こしながらも、気になってエステルの方を向く。
そして、戦女神に見とれた。
「・・・・・・・・・・・。」


「・・・・ぉ兄・・・。」
だから、エノラの意識が戻ったことにも気づかずに・・・。

「・・・いっ・・・いはぃぞ、エモラ。」
思いっきり頬を抓られた。

「・・・大丈夫か?。エノラ?」
頬をさすりながら、何をするんだといいたげなグラム。

「妹が危険な状態なのに、何を見てたのよ!。鼻の下伸ばしちゃって・・・。」
とってつけたような心配文句に、対するエノラはご立腹の御様子。

さらにぶつくさと小言を言いつつも自分で立ち上がるエノラ。
その様子を見て大丈夫だと判断したグラムは、もう一度デッキを見渡した。
他のクルーと、もちろんエステルの無事を確認するために。
だが、もうデッキには彼女は見当たらなかった。というより、エノラとグラム以外すでに皆、デッキから退避を完了していた。

この緊急事態に、それはそうかとなんとなく納得する悠長なグラム。

「ちょっと!?。お兄ちゃん!。はやく!」
エノラも脱衣所への扉へ手をかけながらいらだったように声を張り上げる。

「ああ、今行く。」

デッキに乗り上げる海洋生物をもう一度振り仰ぎ、グラムも格納庫へと向かった。





急速潜行をかけ、正体不明の海洋生物を振り切ろうとするブリッジ。
海洋生物を引き剥がそうとするラウンドバックラー。
東原の言葉を信じたショウ、そしてグラム。
ミルヒとブリッジの対立。
ショウとエステルの対立。
東原の感謝。

悲喜こもごもが展開された緊急事態の中、ブリッジのエステルは、振り切れない海洋生物と、減少していくマグネット・バレルに苛立ちながらも時折、自分の胸元を気にしていた。
水着のままでブリッジにいることが気になるのか、はたまた別の理由か。非常事態真っ只中のブリッジでは彼女の様子を訝るものなどいなかった。

ただ、タオル一枚はやめて欲しいというのが艦長以外のブリッジクルー共通の思いであった。





エネルギー食われ損であることは間違いなかったが、何とか事態も収拾し、監視衛星通過までまだしばしの余裕もあった。
皆水着を着用したままだったこともあって、修理班以外は、再度銭湯タイムとなった。

先ほどのようにゆらゆらと湯を漂うグラム。
予期せぬ出動でさらに疲れた彼は、他の連中のように再びはしゃぐ気も失せていた。
考えなければならないこともできた。

視線だけは、ずっとエステルを捕らえていた。
気になって仕方が無い。

彼女がどうしてあんなことを言い出したのかが理解できない。
彼は、彼女とエノラの間で交わされた会話を知らない。
だから、エステルにとって、その延長線上の話であっても、彼にとっては唐突の話題以外のなにものでもないのだ。

不幸なハプニングではない。
喜ぶべき部類に入ることは確かだ。
ただ、手放しで喜べる部類でもない。

そう、胸だけもらっても、意味が無い。
彼女に付いている、彼女の胸でなければ意味が無い。その先に彼女の心がつながっていないと意味が無い。




「おっと・・・。」

普通サイズのビーチボールをキャッチしそこなったアキが、ビーチボールを追ってエステルの方へと近づいていく。

ビーチボールを手繰り寄せながら、アキがこんなことを口にした。
「エステル。お前って、結構着やせするタイプなんだな。」
と。

先の話の延長線上で考えれば、やはりアキにもくれてしまうのかと思いきや・・・。

「・・・。やらんぞ。これは、グラムのものだからな。」
視線を遮るように腕を交差し、頬を朱に染めのたまうエステル嬢。

先ほどの海洋生物出現というインターバルにおいて、グラムとかわした怪しげな約束に思うところがあった御様子。

ぼおっとエステルを見てはいたが、近くにいたわけではないグラムには、アキとエステルが何を言い交わしたのかは分からなかった。



「・・・・・・・・・・・・・・・。なに!!!!!」
声なく口をパクパクと魚のように動かし、丸々一呼吸分固まるアキ。
その後、やっと発した彼の大音声に、皆がいぶかしげに振り返る。


「グラム!。テメー、エステルに何しやがった!!!。」
別にエステル嬢はアキのものでもなんでもないのだが・・・・・。
余りに驚いた勢いで逆切れするアキ。

「・・・ん?。何もしてないぞ?。・・まだ。」
ぼんやりとしたまま、事態の飲み込めないグラムが素で返答を返す。

「まだ?。だと!!!。」
その返答にさらに切れるアキ。

アキ、途中参加のポイポイダー、ショウ。そして、エノラの遠距離桶攻撃と、総攻撃を喰らい沈みかかっているグラム。
エステルは彼の方へ視線を流し、口元に手を添え、艶やかな彼女の髪を軽く揺らしながらくすくすと笑いをこらえる。
その頬は、西日に照らされて茜色に染まっていた。



9話が題材。
ものすごく久しぶりのSS。才能なんか欠片も無いけれど、昔のほうが良くかけたような気がするから不思議。
PS2のエリザベスが余りにもオバサンなのにちょっとショック。丸すぎ。

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