逃避行は計画的に



「・・・・・んっ・・・。」

「ん?、お姫様が先に起きちまったか。」

「・・・え・・・・・ここは・・?・・スッ・・スパイク?」
私が撃たれて・・・、スパイクは・・・・。
彼女は、自分の置かれている状況より、スパイクのことを案じる。
雨粒の残る艶やかな金の髪が不安に揺れる。

「あいつならあっちでまだおねんねだ。また、派手にやらかしたもんだなまったく。」
彼女の疑問に答えた見知らぬ男は、"こいつは王子様なんてがらじゃねーな"などと呟いている。

「組織の連中がぼろぼろのあいつを抱えてきたときには驚いたがな?」
組織も一枚岩ではないのだろう。
長老派もいれば、ビシャス派もいる。
スパイクに戻ってきて欲しい連中もいるということなのだろう。

お姫様だの王子様だのと古臭い表現を使う男が指差す先には、包帯でぐるぐる巻きのミイラのようになったスパイクが転がっている。
点滴が打たれ、白髪に立派な白髭を蓄えた医者と思われる男性が容態を見ている。

考えるまでも無い。
スパイクの身に何が起きたのか理解できる。
無茶で、無謀。
彼はそういう人だ。


「・・・スパイク・・・。」
起き上がろうとするジュリアを先ほどの男が制する。
その腕は生身の物ではない。

「まあ、無理はするな。あんたも無事って訳じゃねーんだ。」

「・・・。」
ジュリアは大人しくベッドに身を沈める。
今できることは彼女にはない。

閉じた瞳から涙が頬を伝う。

「まだ、夢を見ているのね・・・私。」

「夢から覚めたら、やっぱり貴方がそばに居なくて・・・」

20世紀の歌のように途切れと切れに紡がれるジュリアの独り言に、ジェットは何となく耳を傾けていた。
雨音をバックに紡がれるその言葉に、少し感傷的になった。




「まったく・・・。」
愚痴の一つや二つ言いたくもなるというものだ。

「つぎからつぎへと怪我してきおって・・・」

叩き起こされ、スパイクに女性を押し付けられたと思ったら・・・。
今度はスパイク自身がぼろ布のようになって運ばれて来た。

結局、寝ることが出来ないままに、朝を迎えようとしている。
年寄りに無理強いをする野良猫どもだ・・・。
まったく・・・。


「悪いなドクター。最近の野良猫は群れたがるのさ。」
考えていることが顔に出ていたのか、つい最近足から弾を取り出してやった男が声をかけて来た。
そうか・・・、ならば仕方がないか・・・。
面倒を見たのが運のつきということだ。

ただ、自分でそう表現しておいてなんだが、目の前の連中は迷い込んだ野良猫などというかわいげがある連中ではない。
野良猫の方がかわいそうというものだ。
目の前の男なぞ、熊と表したほうがよほどしっくりくる。


スパイクの治療が一段落したところで、血行の悪くなった腕をぐるぐると回しながら、コーヒーメーカーのある方へと向かう。
「飲むかね?」

「ああ。」

ブラインドの隙間から注ぐ朝日に、徹夜の目がしみた。





「あら、スパイク。あんたまだ居たの?。さっさと愛の逃避行に行っちゃいなさいよ。」
包帯ぐるぐる巻きでひょこひょこと歩くスパイクに、フェイがわざとらしく声をかける。

「なんだぁ?。顔合わせるなりそれかよ?。ここは俺の船だぞ?」
またかと言わんばかりのうんざりした表情で声をかけられた本人が振り返る。

「あんたのじゃないでしょ?。今は、わ、た、し、の。」
腰に手を当てたフィエがそうのたまう。

「俺のだ・・・。」
また始まったかと、ジェットがため息のように呟く。
二人のつばぜり合いはいつもの事だが、ジュリアが来てからはとりわけ増えたように思われる。
まあ、わからんでもないが・・・。

止める気は毛頭ない。
それこそ、やぶへび以外のなにものでもない。
ただ、今日も船が壊れないことを祈るのみだ。


「そんなことは些細なことよ。それより、さっさと出て行きなさい。」
しっしと、手で払うようなしぐさをするフェイ。

「いいかげにしてくれよ・・・ほんとに・・。」
相手にしてられないと踵を返すスパイクに、フェイがさらに言葉をかける。

「ジュリアは置いていってね。彼女は私のパートナーだから。」


それは流石に聞き捨てならない。
「おい、ちょっと待て。それじゃ愛の逃避行にならないだろう?」

「どうして?。一人ですればいいじゃない?」

「できるか!。ジュリアは俺の・・・!!。俺・・・の?」
言い出しかけた言葉が非常に不自然に止まる。

気づけば、フェイの後ろにジュリアが来ている。
二人が騒いでいるのを聞きつけてきたのだろう。


「俺の何よ?」
フェイも、ジュリアが後ろに来ていることに気づいているのか、いやーな笑みが張り付いている。

「ほらほら、どした?」

ジュリアは少し気の毒そうな顔をしながらもフェイを止めようとはしない。
スパイクの口から、今の本心を聞きたい。

あの日以来、リハビリ中ということもあったが、どことなくお互いの出方を窺っているような状態だった。



一度目は、彼からの約束。
二人で逃げることも、彼を殺すことも選べずに、その場から逃げ出すことしか出来なかった。
彼がずっと待っていると分かっていながら・・・。

二度目は、彼女からの約束。
来てくれないのではないかと思った。でも、きっと彼なら来るだろうと思った。

墓地で再会したとき、彼女は告げた。
「今でも、貴方が好きだ。」と。

「二人だけで、逃げだそう。」と。
それは、彼が昔、私に言った言葉だった。

彼はそのとき何も言葉を発しなかった。
ただ、昔のように強く抱きしめるだけだった。


アニーが死に、彼女も撃たれた。
スパイクは単身、ビシャスに会いに行った。



「・・・。」
ジュリアの瞳が揺れている。
スパイクには、フェイ越しにそれが分かった。

あの時の気持ちは今でも変わっていない。

「二人で逃げよう。」と。
「自由を掴もう。」と。
組織の影に、そして自由という不安に怯える彼女を抱きしめ、そう告げたときと。

何一つ変わらない。
無茶で、無謀なカウボーイのままだ。

"何故、私を愛したの?"彼女はそう問うた。
理由なんか必要ない。

肺いっぱいに息を吸い込む。そして。
「ジュリア。愛している。」

「スパイク・・・。」
歩み寄るジュリアの白く透き通るようにすべやかなその頬に、赤みが指す。
雫がその頬を流れ落ちる。

彼女は微笑んでいる。
不安や寂しさが同居した笑みではなく、心からのもの。
それは、始めてみせる笑顔。
スパイクはそんな彼女にあらためて見惚れる。

やはり彼女は、自分にとって大切な存在なのだと。

緩やかにウェーブのかかった金糸の毛先を弄び、頬を伝う雫を指で押しとどめる。
ジュリアは瞳を閉じ、彼に身を任せる。

この雰囲気を壊すのは忍びない。
目の前の笑顔をずっと見ていたい。

だが、これからはこの笑顔をずっとそばで見ていることができる。

それならば、思いついたことは実行に移さなければならない。
なぜならスパイクはカウボーイだからだ。

「ジュリア、二人で逃げよう。この性悪借金女王から。そして、自由を掴もう!」
「きゃっ!」
言い放った瞬間にジュリアの手を取り走り出すスパイク。
全身包帯ミイラとは思えない動きだ。
慌てたジュリアが小さな悲鳴をあげる。


「・・・・・なんですって!!!」
不意打ちに一瞬、反応が遅れるフェイ嬢。


「まちなさい、このもしゃもしゃ!!!。」
鬼の形相のフェイ。

「待ったら、逃避行にならないだろう?」
追われる二人は、極めて楽しそうだった。

「ちょっと!。なにジュリアまで笑ってんのよ!!」


追いかけっこはフェイのお腹の虫が空腹を訴えるまで宙を股にかけて続けられた。





「ちょっと何よこれ!」
「おい、ジェット!」

ジェットによって並べられた夕食に、一時停戦中の2人は示し合わせたように抗議する。

一方、怪我の療養で体重が若干気になるジュリア嬢はダイエットに最適と嬉々としている。

そんなジュリアの様子にスパイクが一言。
「そんなんじゃ、丈夫な子が産めないぞ?」

不意打ちに頬を染めてうつむくジュリア。
「・・・いきなり何を言うのよ、スパイク。」

それ以上に過剰に反応したのがフェイ。
「ちょっと、あんた。私のジュリアに何したの!」

手にしたフォークで襲いかからんばかりのフェイをスパイクが煽る。
「お前のじゃない。俺のだ。」
はっきりと言い切る彼のストレートな言葉に顔から湯気が出そうな彼女の手を取り、再び逃走を企てるスパイク。
ジュリアの方はダイエット食に若干、後ろ髪を引かれている模様。

「こんのーーー!!!」

かくして再び逃走劇再会。


「いつ賞金首を捕まえに行くんだ・・・?」
ジェットのため息に耳を傾けてくれる者は居ない。
獣でもいいから愚痴を聞いてくれる相手が欲しいジェットだった。


26話後のようなもの。
エンドレス無限ループです。
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