さよならは2度目まで



スパイクと名乗るもしゃもしゃ頭の男とは不思議と話が弾んだ。
何故だか、ひもじくても心までは貧しくなかった日々が思い出された。

もっともそれは、彼が賞金稼ぎだと分かるまでだったが・・・。



褐色の肌に蒼い瞳。
軽くウェーブのかかった長い髪に緑のリボンが印象的だった。

その女はカテリーナと名乗った。
ティワナのようなスラムにはもったいない、とびっきりの女性だった。

気さくに振舞う彼女だが、苦労を重ねていることが分かる。
蒼い瞳の奥が何かに怯え揺れていた。

彼女が奴の女だというのは、悪い夢以外の何者でもない。
いつの時代もいい女は不幸になる。





前方にはISSPの赤色灯が溢れ返っている。
もはや、奴に逃げるすべはない。

賞金?。そんなものは大したことじゃない。
ジェットの愚痴が増え、肉ぬきの飯が続くだけだ。
ならば、カウボーイのすることはただ一つだ。

「彼女だけでも助ける!」
偽善だと分かっている。

「お、おい!?。無茶言うな、スパイク!」

「放り出されても三秒以内だったら何とかなる!」
助けたとしても、彼女は感謝などしないだろう。

「ああ?。落とした弁当じゃねーんだぞ?」
そんな贅沢なものは最近食べた記憶がない。

「お前は、そういう意地汚いやつだよなーーー。ジェット?」

「なんだと!?。だれがいつも料理作ってやってると思ってるんだ!。」

「あんなのは料理とは言ねぇ。」

「付け狙われても助けてやらんぞ?。スパイク。」
彼女の銃の腕はなかなかのものだ。
その可能性も十分にある。
だが、とびっきりの美人に付け狙われるなら本望というものだ。

スパイクが真顔に戻る。
「おっと、そろそろお遊びはおしまいだ。」
ソードフィッシュが奴の船に並ぶ。

逆噴射で速度を調節し、コックピットを窺う。

だが、奴は頭から血を流して強化ガラスにキスをしていた。
その奥に、銃を握り締めるカテリーナの姿。

蒼い瞳が揺れる。
彼女の口が動く。
それは、確かにこう形づくられた。
「さようなら」と。

2度目のさよなら。
カウボーイは、彼女の口からその言葉は聞きたくなかった。



ISSPから一斉射撃が始まる。
警察にとっては、物騒なブツごと消してしまうのが手っ取り早いのだろう。

容赦の無い発砲に、目の前で、奴の船が飛散する。

カテリーナがスローモーションのように宙を舞う。
我が子のように抱えていた"目薬"が散らばり、彼女を包み込むように輝く。

それは、カウボーイの目には幻想的にさえ映る。

スパイクは大きく息を吸い込むと、ソードフィッシュのハッチを開いた。





アシモフは変ってしまった。
金・・・、金・・・。
自分の体さえかえりみなかった。

最近では、私なんてどうでもいいのではないかとさえ考えるようになっていた。

凶器に満ちた彼の目には、私は映っていない。
彼が見ているのは私ではなく、お腹のブラッディー・アイ。

それを改めて思い知らされたのは、銃弾が私をかすめた時。
散らばった"目薬"を掻き集め飛び乗った私に、彼は罵声を浴びせた。
私への気遣いはなかった。


でも、私も大して変らないかもしれない。

初めは、彼を、・・・彼だけを待っていた。
だから、彼が再び現れたとき・・・うれしくて・・・。
彼が何故私のところに戻ってきたのかなんて考えもせずに、迎え入れていた。

疲れきったスラムから抜け出して、火星に行く。
火星でもっといい暮らしをする。
彼の冷たい態度もあって、最近は、ただそれだけだった。

彼でなくてもよかったのかもしれない。
ここから抜け出すことができるなら・・・。

いつからこうなってしまったのだろう。
彼を待ちつづけている間に・・・。
彼と再会してから・・・。
それとも・・・。


私は、横で喚き散らす彼に銃を向けた。
もう彼に、そして私に出来ることはなにもない。

崩れ落ちる彼のその先に、最近知り合ったカウボーイの機体が映る。
"いい機体ね。"

「さよなら。」
聞こえないと分かっていて、私はカウボーイに二度目のさよならを告げる。

浮遊感に包まれ、瞳を閉じる。
何故か、他人のホットドックをほおばってすっ呆けようとするカウボーイの顔が思い浮かんだ。





ワン!ワン!

ワン!ワン!ワン!

「うるさい。だまれ、駄犬!。ほんと、愛護団体に引き取ってもらえばよかった。」
足元にまとわりつくアインに、スパイクは苦り顔だ。

「ふーーーん。じゃーーあれもか?」

ジェットが指差す先には、鼻歌交じりに艦内を清掃するカテリーナの姿。
こちらに気づいた彼女が不思議そうに振り向く。
軽くウェーブのかかった艶やかな髪と緑のリボンが緩やかに舞う。

「おい、ジェット!。とびっきりの美女を獣なんかと一緒にするなよ!」

「それに、彼女はこいつみたいにまとわりついたりしねぇ。」
怒鳴られてしゅんとしているアインに一瞥をくれる。

「ほんとは、まとわりついて欲しかったんじゃないのか。スパイク?」
ジェットの顔には"図星だろう"とはっきりと書いてある。

「おい!。言っていいことと、悪いことがあるだろ。おい!。ちょっと待て、ジェット!。」
日ごろから積もり積もった事柄へのささやかな仕返しに成功したジェットは、ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべつつ厨房へと撤退して行く。
後20分もすれば、特性チンジャオ・ロースーが出来上がるだろうか。


「・・・」
目の前で繰り広げられた話の内容が見えないのか、彼女は世話しなく瞳を瞬いた。


カテリーナの頭の中では、"賞金稼ぎとはもっと贅沢な暮らしをしているもの"だった。
だが、目の前に広がるのは機材の修理もままならないどん底自転車操業。
ここへ来てから肉を食した記憶は無い。
アンディーのようなボンボンは別としても、もう少しまともな生活をしているものではないだろうか。

でも、目の前の二人はそれを楽しんでいるかのようにさえ映る。
理由もなく、なんとなく感じる懐かしさに、自分も満更でもないのではないかと思えてしまう。


取り残されてバツが悪そうにしている彼に、改めて視線を合わせる。

不真面目でいるようで、大まじめな男。
何を考えているか分からない、不思議な男だ。

スラムでは面と向かって"美女"と言われた記憶はない。
アシモフにも言われたことはない。
それを無茶が専売特許なこのカウボーイは、"とびっきり"だと言う。

あの時にしても、自分だけ生き残る気など無いつもりだった。
だが、彼は私を助けた。
アシモフの女だった私を。
彼を殺した私を。

スパイクに"何故助けた"と詰め寄る気は起こらなかった。


ただ、"三度目のさよならは当分言えそうに無い"と、そう思った。


第1話登場のカテリーナさん。フェイより彼女の方が気に入っています。
スパイクとジェットの言い回しの特徴がつかめない。最終的には、なにを書きたかったのか分からなくなった。いつも通りだ。

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