クラウスの戦争V



どこまでも続くのではないかと思うような塔の階段をひたすら上りつづけるクラウス。

耳に届くのは、己の息遣い。
そして、爆音。

塔には殆ど窓が見当たらない。
外壁にも、これと言った装飾も施されていない。
まるで、人を監禁するための建物のようだ。

最上階の小さな窓から僅かに光が漏れている。
あそこにソフィアさんがいるのだろうか。

ガシャン!。ギギギッ・・・。
あと一階上がれば、最上階というところで、上の階から扉が開く音が聞こえる。


「皇帝の指示ですか?」
凛とした女性の声が響く。

ソフィアさんに間違いない。
たった一日会っていないだけなのに、長い間あっていないかのような懐かしさがこみ上げる。
そして、ソフィアさんが無事だという安堵感。

だが、それは直ぐに打ち壊される。


「お許しください。」
ソフィアの元を訪れた者が、そう告げる。

金属のすれるような音が耳に届く。

"ソフィアさんが危ない!!"
本能的に感じ取ったクラウスは、一気に階段を駆け上る。

開け放たれた扉から蝋燭の光が揺らめき、そこに人影が映る。
アナトレーの兵士。
何か長いものを携えているのがわかる。

それは、鞘から抜き放たれた長剣。
切っ先の先には、ソフィア・・・。

その瞬間、クラウスの中で何かがはじける。
「ソフィアさん!!!」
クラウスは銃の銃身を両手で握り締め、長剣を携えるアナトレー兵へと振り下ろす。

ガキッ!!。
渾身の一撃は、その長剣に阻まれる。

「なんだ!!?。貴様は!?」
不意打ちに動揺しながらも、銃を押し返し、反撃に出ようとする兵士。

クラウスは、構わず握り締めたままの左手を前に突き出す。
ガッ!!!
銃身がアナトレー兵の顎を捕らえる。

「ぐっ・・・!」

「うあぁぁぁぁぁぁ!!!」
さらに、よろめく兵に向かって勢いをつけて銃を横になぎ払う。
ガンッ!


頭部を強打されたアナトレー兵が、壁にぶつかり崩れ落ちる。

カシャーーン・・・。
兵士の手から滑り落ちた剣が、床に転がる。

はっ・・はぁ・・・。
ベッドが置かれただけの簡素な部屋に、クラウスの荒い息だけが響く。
蝋燭がゆらゆらと揺れる淡い光の中に、壁の剣を携え勇ましく行進する兵士が揺らめく。

唾を飲み込み、落ち着かせようとするが効果がない。
なんとか顔を上げた先にはソフィアさんが映る。

その艶やかな長い黒髪を後ろへと流し、胸元の大きく開いた紅のドレスに身を包む麗人。


"大丈夫でしたか?"
"迎えにきました。"

"あの夜、何を言おうとしたんですか?"
"どうして、シルヴァーナを降りることを教えてくれなかったんですか?"

"あの時のキス・・の意味は?"

さまざまな言葉が浮かんでは消えていく。
結局、どの言葉も発することができないままに、ソフィアに見惚れ、クラウスは立ち尽くす。



"クラウス・・・"
目の前に突然現れた彼に、ソフィアは驚きを隠せなかった。


あの時。
あの夜。

どうしても言えなかった・・・。

言って、そして、引き止めて欲しかった。
言って、そして、後押しして欲しかった。

矛盾する思い。

そして・・・、臆病は私は、思いを言葉にできなかった。

矛盾したままの思いを唇に託した・・・。

そして・・・今、彼が目の前にいる。

彼は、ここへ来てくれた。
嬉しくない訳が無い。

顔がほころぶのが自分でもわかる。
頬が熱を帯びるのが分かる。

なんて声をかければいいのだろう?
彼はなんて声をかけてくれるだろう?



だが、ソフィアのその表情は直ぐに曇った。
肩で荒く呼吸を繰り返すクラウスの、そのすべすべした頬にくっきりと刻まれた赤い筋。
乱暴に拭い去った血の跡・・・。

ここへ来るまでに負ったものなのだろう。
それは・・・私のせい・・・。
平和を願いつつも、私の存在自体が周りの大切な人たちを傷つけてしまう。

「怪我をしているのね、クラウス。」

頬の怪我を気遣うソフィア。結局、それが、再会した二人の最初の会話になった。

不器用な二人。

ただ、お互いに相手のことが心配だった。
それだけで良いのかもしれない。


ソフィアは、小さな衣擦れの音を立てながらクラウスに歩み寄ると、怪我の状態を確認するために彼の顔を覗き込む。
クラウスの目の前には強調されるような服に窮屈そうに包まれたソフィアの胸。

「!!!」
思わず視線が泳ぐクラウス。

「動かないで。」
視線を外そうとしたクラウスだが、ソフィアに制止されてしまう。

逃れるすべを失ったクラウスは、呼吸が整うどころか、心臓が前にも増して早鐘を打ち、気が遠くなりそうになる。


「だっ・・・大丈夫です!。もう血も止まってますから!」
その胸に飛び込んでしまいたい衝動を必死に振り払いながら、頬の傷を手で隠すようにして、後ずさるクラウス。
動揺したまま発した言葉は、上ずり乱暴に部屋に反響した。


あまり彼らしくない口調に、拒まれたと感じたソフィアの表情が陰る。

その表情にクラウスは慌てる。
「あの・・・すいません。大声を出してしまって・・・。」

「ソフィアさんに心配してもらえるのは、うれしいですけど・・・、今はそういう状況じゃないから。その・・・。」
いいよどみ、窮するクラウスの表情に、拒まれたわけではないと分かり、表情を緩めるソフィア。


私は・・・、クラウスに嫌われることを、拒まれることを恐れているのね・・・。
あの夜もきっと・・・。

後ろ向きとも取れる思いに、彼は私を見てくれなくなるかもしれないと思った。
現に、アナトレーに戻った私は、何も出来ないままこうして幽閉されていたのだ。

彼は、私に失望しただろうか・・・。

思いは今も変わらない。
それが、いっそう私を臆病にさせる・・・。


「そう・・・そうね。」
彼の言うことはもっともだ。
僅かな窓からでは詳細は把握できなくとも、断続的に響く爆発音から、帝都が攻撃にさらされていることは分かる。


「でも、後でちゃんと消毒しないとだめよ。」
今のソフィアには、そう口に出すのがやっとだ。

少々お姉さん口調なその言葉に、クラウスは素直に頷いた。
「あ・・・はい。」


「さあ、行きましょう!」
ソフィアのドレス姿に視線をどこにもっていっていいのか分からないクラウスは早々に、外へと出ようとする。
急ぐ必要はあるのだ。

「まって、クラウス!」
そんなクラウスを、ソフィアはまたしても制止する。

彼の返事を待たずに、自らのドレスのすそに手を掛け、力いっぱい引き裂いた。
白く艶やかな彼女の足があらわになる。

裾の長いドレスでは身動きが取れない。
戦闘の真っ只中を突破しなければならないと判断しての行動。

「あっ・・・・。」
突然のことに驚きながらも、目線が自然と彼女の足の方へと流れてしまうクラウス。

再びうろたえるクラウスを見て、今の自分の格好が彼にどれだけの影響を与えているのかを認識するソフィア。

「さあ、行きましょう。」
ソフィアは何事もなかったかのように微笑み、クラウスを促す。

彼の視線がどこへ向いているか分かったが、いやな気は起こらなかった。
過去の女性に囚われる誰かと違って、私自身を見てくれているクラウス。
クラウスにとって私は魅力的ということだ。

ラヴィ、アルヴィス、タチアナ・・・。彼の周りには可愛い女の子が多い。
"普段艦橋に詰めていて、彼と接する機会の少ない身としては、これくらいの色仕掛けは多めに見て欲しいわ。"
誰が咎める訳でもないが、そんなことをふと考えるソフィア。

皇女らしからぬ行動。
皇族や高官が見たら卒倒するだろう行動。

臆病だと言う割に、行動が大胆な自分を発見するソフィア嬢だった。



クラウスは彼女に微笑まれて、目線を下に向けていた自分が恥ずかしくなった。

僕にだけ向けてくれる笑顔。
それに応えることが、ノルキアヴァンシップ協会所属、クラウス・ヴァルカの使命だ。

銃を握り締める手に自然と力がこもった。


今だに16話が題材。ほんとうに終わらなくなってきた。

BACK