クラウスの戦争U



フルスロットルで闇夜をひた走るヴァンシップ。
夜の帳が下りた地平線の向こうがやけに明るい。

クラウスは、地図を引っ張り出し、現在位置と方角を確認する。

アナトレーの帝都の方角と一致している・・・。

いやな予感にのどが干上がる。
パイロット席にぶら下げていた皮袋を掴む。
唯一、シルヴァーナから持ち出した貴重な水を煽る。
ここから先はもう水を飲む余裕など無いだろう。


真近にせまったはずの帝都。
地平線の先に、城郭よりも先に目えたのは、闇夜に浮かび上がる艦隊。
艦の形状から、アナトレー艦隊ではないことが分かる。

「デュシス?!」

水平よりも下に向けられたその砲塔からは次々と砲弾が放たれている。
そのたびに、城や城下町のあちらこちらから火の手が上がる。
石作りの建物がいとも簡単に砕け散っていく。

「城が攻撃されている・・・」

恐れていたことが、目の前で現実に起こっている。
ソフィアさん・・・。

アナトレー側からの反撃は見えない。
「防衛の部隊はいないの?」
見回してもアナトレー所属の艦影は確認できない。
あるのは、デュシスの戦艦ばかり。

いや・・・一隻、地上から上がる火の手に照らし出され、城郭から遠ざかっていく艦影・・・。
被弾しているようだ。
「あれは・・・ウルバヌス?」

闇夜では良く分からない。
帝都だというのに、防衛にあたっているのは、あの戦艦を除けば、地上にいる銃兵のみということなのか。

一刻も早くソフィアさんを探し出さなければならない。
心拍数が上がり、息が浅く、そして速くなる。

操縦桿を倒して、上空を埋め尽くすデュシスの戦艦の間をすり抜けるべく、城の中心部へと転進する。

気づかれたのか、すぐに前方の戦艦から機銃の掃射を浴びせかけられる。

ヒューー!ヒューーン!
銃弾が空を切る。

チューンーー・・・。キィーーン!。

ここで引き返すわけには行かない。
樽の内側に添うような円を描いて初弾をかわしつつ、戦艦の間をすり抜ける。

背後からも次々と弾丸が放たれる。

後方の艦の挙動を把握してか、11時方向の艦からも銃兵の掃射が開始される。
思わず、機銃のスイッチに手が掛かる。

ここで使い切ったら装填は効かない。
ナビが居ないのだから・・・。
もしものためにとって置く必要がある。

ましてや、ここには人殺しに来たわけではない。

機銃のスイッチから手を引き剥がす。
操縦桿を右にいっぱいに傾け、建物にヴァンシップの腹を張り付けるようにぎりぎりに進路を取り、掃射を振り切ろうとする。

ヒュッ!ヒュッ!
空気を引き裂く銃弾の音。音。音。そして、同じ数だけの蒸気音。

パス!。バス!。パスッ!。
銃痕が壁伝いに追いすがる。

砕け散り、落下する建物の石壁。

キィン!。
幾度となくヴァンシップの装甲を銃弾が弾く。

ヒューー!。チューン!!。

チューーーン・・・。
やがて、音が遠ざかり、かき消える。

射程外に出たことを知る。


クラウスは、何分もの間息を止めていたかのように深く息を吸い込み、そして、吐き出す。
高ぶった気持ちが僅かに落ち着く。


まごまごしている時間はない。
すぐに着陸地点を探さなければならない。


眼下の城壁が垂直に交わる位置に塔が見える。
最上部は、小さな広場のようになっている。
着地には問題なさそうだ。

クラウスは、着陸のために点灯したライトを下へと向ける。

「・・・!」
照らされた様子に息を呑むクラウス。

アナトレー、デュシスの銃兵が何人も折り重なるようにして倒れている。

あらためて思い知らされる。
ここは戦場だと。

気を取り直すことができないままに降下するクラウス。

着陸する瞬間、石とは違うやわらかい嫌な感触がヴァンシップから伝わる。
その感覚を振り切るかのように乱暴にエンジンを切ると、ヴァンシップを降りようとするクラウス。

その瞬間、何かが頬を掠める。
タァーーーン!
遅れて一発の銃声が響く。

皮膚が裂け、血が滴るのが分かった。

プシューーー!
物陰から機銃のものと思われる蒸気が立ち上る。

「!!!」
とっさに、蒸気が上がった方向とは反対側へと飛び降り、ヴァンシップの影に身を屈める。

ダァーーーン!!
そのようすを見てか、再度発砲を受ける。
だが、その弾丸はパイロット席を大きく外れて、ナビ席付近の装甲を叩いた。

シューーー!
再度、蒸気が上がる。


「っ・・・。」
痛みに頬をぬぐう。
袖にべったりと血が付着した。

警戒のために残されていた兵なのだろうか?
こちらには武器がない。
だが、初弾をやり過ごすことができればなんとかできるかもしれない。
自動装填には若干の時間を要する。

考え込んでいる時間はない。
思いついた方法をそのまま実践する以外に道はない。

腕だけを伸ばして、パイロット席から水の入った皮袋を引きずり出す。
もったいないが仕方が無い。

ヴァンシップの船尾へと回り込んだクラウスは、大きく深呼吸をする。
"いくよ!"
ヴァンシップ越しに、皮袋を投げ上げる。

皮袋が石畳にわずかに跳ねる。
同時に、クラウスは機銃の蒸気が上がった方向へと突進する。

3度目の銃声が響き、皮袋の近くの石畳を銃弾が弾いた。
クラウスの目の前で蒸気が上がる。

「うぁーーーーーー!。」
頭を低くし、肩を突き出すようにして突っ込む。

クラウスに気づいた相手が自動装填中の機銃を必死にクラウスに向ける。
クラウスは構わずに、機銃の下から突き上げるようにぶち当たる。

頭に機銃の硬い一撃を食らい意識が飛びそうになりながらもそのまま突き進む。
突き上げられた状態で無理やり引かれる引き金。
至近距離で耳を劈く発射音。
銃弾は、銃口が指し示すあさっての闇へとかき消える。

デュシス兵は、バランスを崩して手すり部分へと倒れこむ。
そこは、砲撃によって崩れ、その役目を失った部分。

クラウスはとっさに手を出したが、銃兵には届かず空を掴んだ。

ヘルメットの奥の表情がひきつる。
「うわーーーーーー!。」
そのまま、デュシス兵は闇へと吸い込まれていく。

クラウスは、とっさに耳をふさぎ、目を閉じた。
足が、がくがくと震える。
機銃にぶつけた部分がじんじんと痛む。


ここが戦場だ。
分かって来たはずだ・・・。

無理やり自分を納得させる以外にない。
目を見開いたクラウスは、足元に残された機銃を拾い上げた。





デュシスの砲撃により破壊された壁を乗り越えて、建物の中へと入る。

「お邪魔します・・・。」
こんな状況下に、咎める者などいるはずも無いのだが、律儀に挨拶をしてみるクラウスだった。

まだ、ここまではデュシスの銃兵は到達していないようだ。

断続的に、地鳴りのような振動を受ける。
いまだ、地上に向けて砲撃を続けているのか・・・。
このままでは帝都が焦土になってしまう。


床には毛足の長い絨毯が敷き詰められ、天井画、レリーフなど、どれをとっても精巧で質の高い装飾である。

建物や調度品が、庶民のものとは格段に違うことが素人目にも分かる。
アナトレーの中枢、皇室や大臣といった位の高い人間しか入ることが許されぬ領域なのだろう。

ソフィアさんも近くに居るのだろうか。
それとも、もうどこかへ非難したのだろうか。


長い絨毯の回廊の先へと視線を向けると、かすかに物音が聞こえたような気がした。
足元が絨毯では誰かが来てもよくわからない。

慌てて、柱の影に身を隠し、奪った銃を握り締める。
撃ち方など分からない。

やがて現れたのは白を基調とした服を纏う老紳士。
その衣服からも身分の高さが窺える。
ただ、その顔立ちから、アナトレー出身ではなく、ギルド出身であることがわかる。

その手には、細かな金の細工の施された短剣を握り締めている。


紳士はクラウスとわずかの距離で、立ち止まる。

「ふむ、・・・だれか居るのかね。」
落ち着いた、威厳のある声。

みつかった!?

弾かれたように、彼の前に姿をあらわすクラウス。
彼に撃ち方も分からないまま銃口を向ける。

「デュシス兵ではないな?。シルヴァーナの・・・アレックスの手の者か?」

「アレックスもシルヴァーナも関係ない。ぼ・・僕は、ノルキアヴァンシップ協会のクラウス・ヴァルカです。」
決してアレックスの指示などではない。
ここにいるのは自分の意志。

"アレックス"という名に過敏に反応するクラウス。
老紳士は老紳士で、目の前の少年が発した言葉に思うところがあったようだ。

「そうか、・・・"ヴァルカ"か・・・。」
その名は、アレックスだけでなく、老紳士にも少なからぬ因縁があるものだった。

「アレックスめ・・・。奴も、過去を振り払うことができぬな・・・。」
私のように・・・。
だから、また"ヴァルカ"に、この少年に託すのか?

にらみつけるようにこちらを見つめる少年の視線を、彼は穏やかな表情で受け止める。

ふと、視線を外すと、何事も無かったかのように再び優雅に歩みを進める。
銃を向けられたままだというのに・・・。

そして、クラウスの横を悠然と通りすぎる。

その堂々とした様子にクラウスは、銃を構えなおすことができずに呆然と見送る。

「探し物は、この奥の塔の最上階だ。」
その言葉に、はっと一瞬振り返ったクラウスだが、次の瞬間、はじかれたように示された方向へと走り始めた。


「娘を頼む・・・。」
走りはじめた少年を振り返った肩越しに見送る。
聞こえていないのがわかっていながら言葉を続けた。

その表情は少し満足そうだ。
アレックスの奴に、再び娘の運命を任せざるを得ないかと思っていたが・・・。
彼ならば良いかもしれん。

"一人に愛を注ぐのではなく、すべての民人に"と、ソフィア様にはそう申しあげた。
しかし、一人に多めに注ぐのは問題ないだろう。
それが、あの少年ならば・・・。

使用するには少々華美に細工が施された短剣を握り直すと、再び玉間へと歩みを進める。
断続的に砲撃が生む地鳴りが響く。
銃声も近い。

まもなくここにもデュシス兵が押し寄せることだろう。

皇帝からじきじきに賜った短剣。
皇帝にその切っ先を向けるための短剣。

"貴方の父君に刃を向ける私をお許しください。ソフィア様"
独り言は、砲撃による爆発音の中に掻き消えた。


相変わらず16話が題材。進まない。終わらない。
ソフィアさんが出てこない。次はさすがに出てくるはず。

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