待ち合わせは風の強い場所で



遅いわ、クラウス。
どうしたのかしら。

甲板にぽつんとたたずむアリステリアは手持ち無沙汰だった。
今の彼女は非番だ。

彼女が身にまとっているのは、作業着でもパイロットスーツでもない。
なんの変哲もない袖のない白のワンピース。
だが飾り気のない分、普段見ることができない女性らしさをかもし出している。
普段、作業着で通していることを差し引いても、シルヴァーナのクルーは皆、彼女を振り返るだろう。

髪はいつものように緩やかに編み込んでいるが、その先に付ける金属製のアクセサリーの替わり に小さなリボンを結んだ。

少し強く吹いた風に、彼女は裾と髪にそのほっそりとした手を添える。
光をはらんだ髪が風にきらきらとゆれる。
ワンピースのおろしたての白さが太陽の光をはじき返して、輝く。


時折、はぐれた雲が甲板を影となって走り抜ける。

天候に恵まれ青空が広がっているとはいえ、高速移動中のシルヴァーナ自らが 起こす風のせいで、絶えず裾を気にしなければならない。

待ち合わせ場所としては、選択を誤ったかもしれない。

一番にクラウスに見せたかった。
だから、人影がないであろうこの場所を選んだはずだったのに・・・。

だがこの風。
そして、前方に見えるは、モラン。
なぜだかデッキブラシを振り回している。

大した興味があったわけではないが、ほかにすることもないのでなんとなく見ていた。
流れるように動くデッキブラシ。
それなりにさまになって見える。
デッキブラシでなければ・・・。

視線に気が付いたのか、モランが振り返り、手を振る。
思わずつられて手を小さく振り返す。

彼がなにか言っているようだがよく聞こえない。

どうやら服のことを誉められているらしい。
とりあえず"ありがとう"といっておくわ。
あまりうれしくないけど・・・。
一番にクラウスに見せたかったんだから・・・。


再び、デッキブラシを振り回しだすモラン。
再び、それを眺めるアリスティア。

しばらくして、扉の開閉音がした。
やってきたのは、タチアナだった。

タチアナはアリスティアの格好を見るとしばらくの間、固まっていた。


二人とも何を話すでもなくしばらくの間、風に身を任せていた。

タチアナの横顔を見る。
つい少し前までの思いつめたような雰囲気はもうない。
何かを吹っ切ったような、そんな感じがする。

「今の、タチアナは嫌いではないわ。」
そういうアリスティアをタチアナは不思議そうに見つめた。

でもね、クラウスは渡さないわ。
アリスティアは心のなかでそう付け足した。


モランを見つけたタチアナは彼の方へと歩み寄って言った。

モランが腰をおろしたタチアナに、なにやら熱心に話し掛けている。
彼が5語るのに対して、タチアナが1返すといった感じだ。

ふいに彼が頭をたれる。
なにかあったのだろうか。

彼は、デッキブラシを抱えると、うつむき加減に足早に甲板を後にする。
金属の扉がきしむ音が二度響く。

その音を確認したかのようにタチアナが腰をあげ、作業着についた埃を払いながらこちらに戻ってくる。


"なにかあったの?"と視線を向けるアリスティアに、タチアナは頬を掻く仕草を
しながら苦笑いを返すだけだった。
再び、金属の扉の鈍い音がして、甲板にはアリスティア一人になってしまった。


いたらいたで居てほしくないのだけれど、だれもいなくなると心細くなる。
それとともに、クラウスへのいらいらが募る。

どうして来てくれないの・・・。
待ち合わせ時間は遠に過ぎている。

日差しは相変わらず強い。
あまりここに留まっていては日焼けしてしまう。
作業着ならともかく、今はワンピースなのだ。
アリスティアの白い肌には大変よろしくない。

クラウスがいけないんだからね。
そう言い訳をすると甲板を降りることにしたアリスティアが扉へと向かおうとする。


ガシャン!。
ギギギ・・・。

また、扉が開かれる。
作業服を着た少年が飛び出す。

「はっ・・、はぁ・・・」
走ってきたのか息を切らせている。

きょろきょろとあたりを見回す少年はアリスティアの待ち人。
彼女が目の前に居ることに気がついたクラウスが、息を整えるのもそこそこにアリスティアの 元へと駆け寄る。

「あの・・・遅くなってごめん。アリス。」

「着てくれたんだね。似合ってるよ。」
すまなそうだったクラウスの表情がパッと輝く。

シルヴァーナでは定期的に日用品等を申請することができる。
アリスティアが着ているワンピースは、特に自分の必要なものが思いつかなかったクラウスが、初めての申請で取り寄せ、 アリスティアにプレゼントしたものだった。

とてもうれしそうな彼の表情を見るだけで、アリスティアのいらいらは消し飛んでしまう。
一番最初に見せることはできなかったけれど、彼の笑みが見られてまんざらでもない。

クラウスにつられてアリスティアにも自然と笑みが浮かぶ。
特に言葉を交わさなくても、二人でこうしている時間が心地よく思える。



二人の間に少し強めの風が吹き抜ける。
「あっ・・!」
裾に手を添えることを忘れていたため、太ももまであらわになってしまう。
慌てて手で抑えるアリスティア。

クラウスがアリスティアから視線を外す。
彼の顔がみるみる朱に染まる。

みられた・・・?。
やっぱりここで待ち合わせをするのはやめよう。

目の前のクラウスは顔から火でも出るのではないかと思うくらいに真っ赤だ。
クラウスは、相手が私だからこんな風になるのだろうか?。
それとも・・・。

なおも続く強い風に、服が風をはらんでしまい、アリスティアは思考を中断する。

「・・・、ここは風が強いから・・・、下へ行こう。アリス。」
そんなアリスティアに、顔を赤くしたままのクラウスが手を差し出す。

「そうね。」
アリスティアは素直に彼の手を握り返した。
もちろん、扉を閉めるまで、もう一方の手は裾に添えられたまま。

彼女の手を握ったまま、クラウスは後ろ手に扉を閉める。
そんな彼に、アリスティアはよりかかるように体を寄せる。

そして、クラウスの耳元でささやきかけるように一言。
「見たわね。」と。
"なにを"とは言わないその言葉に、収まりかけていた頬の火照りが再び熱を帯びる。
茹タコのように赤くなるクラウス。

その表情に満足げなアリスティア。
"2つのハプニング"へのささやかな仕返し。
これくらいで許してしまうなんて、私も随分と甘くなったものだわ。
きっとタチアナの影響ね・・・。

とりあえずタチアナのせいにしてみるアリスティア。
アリスティアが甘いのはクラウスに対してだけなのだが、そのことを彼女自身が自覚するにはもう少々時間が必要なようだった。


背景は16話の甲板。落書き014を書いていて思いついたもの。
「クラウスの戦争」が進まない。

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