クラウスの戦争T



クラウスが目を覚ましたときには、皇室の紋章を配した朱のヘヴィカーゴは、既にシルヴァーナの甲板を離れていた。

ソフィアさんがシルヴァーナを降りたということを聞いたのは、日がその頂上へと差し掛かった刻だった。

聞かされたのは、姿の見えないソフィアさんを探して格納庫に赴いたとき。
"色男"という皮肉を黙殺して、質問した結果返された答えだった。
皇女だということも、その時に整備士達から聞かされた。

ソフィアを見送ったおりに一通り済んでいた話題だったが、クラウスが蒸し返したことで、 整備士達の間で再び話の花が咲く。

"あらせられた"などと、いまさら敬ってどうするのだろう。
ソフィアさんは、そんな接し方、望んではいないだろう。

その後も止め処なく話に興じる整備士達。
話はアレックスとソフィアの関係にまで及んだが、クラウスの耳にはもう届いていなかった。

ただ、"アレックスが見送りに来なかった"ということだけが耳に残った。


寝耳に水とはことことだろう。
シルヴァーナを離れるなんで知らせてはくれなかった。

皇女といわれてもピントこない。
ソフィアさんは、ソフィアさんだ。
それ以外の何者でもない。


昨晩、"話をしよう"と誘った彼女は、結局、自らは何も語ることはなかった。
なんで話してくれなかったのだろう。

知らせてはもらえない自分。
アレックスなら知っていたはずだ。
悔しくてたまらない。

彼女は"それ"を語りたかったのかもしれない。
僕にそれを受け止めるだけの力がなかったのかもしれない・・・。



昨晩の、わずか半日前の、月明かりに照らされたソフィアさんが思い出される。
自然と、唇に指先が触れる。
よみがえる柔らかな感触。
鼻腔をくすぐる香水の香り。
そして、彼女の頬を伝う涙。

何であんなことをしたんだろう。
ただの気まぐれ?
気晴らし?
そんな人ではないはずだ。


もう一度、会いたい。
会って、話がしたい。


「複雑なお年頃ってヤツですかね?。」
彼の態度をいぶかしむ整備士達を残して、クラウスは格納庫を後にして、艦長室へと向かった。





シルヴァーナはギルドへと進路を定めた後、高速で移動を続けている。

いまだウルバヌスとの戦闘の傷跡が艦内のあちこちに見られる。
応急処置があらかた済んだということもあるが、ある知らせがもたらされたことにより、 クルー達にはほっとした表情が伺える。

"デュシス本国が落ちた"と。
クルーの殆どはアナトレー出身者だ。
家族、親戚、親友、そういった存在がアナトレー本国に居る者は少なくない。


だが、クラウスは気になる情報も耳にした。
ノルキアに進行していたデュシス艦隊は今も健在であり、帝都に進攻する可能性もあると。
ウィナさんがそっと教えてくれた。
主席聴音員である彼女には一般のクルーには届かない情報も手に入れることができる。
彼女もソフィアさんのことを気に掛けているのだろう。

そんな不穏な状況下で、ソフィアさんは帝都に戻ったというのだ。





日増しに厳しくなる気候。
多くの土地が人の住めない気候へと変わった。
残された住みやすい場所をめぐり、アナトレーとデュシスは泥沼の争いを続ける。

ウルヴヌスという抑止力が失ったノルキアへ、デュシス艦隊が進行。
アナトレーは、大軍を要してデュシス本国を制圧。
本国を失い、異国の地の残されたデュシス艦隊。
アナトレーの帝都への進攻の機会を窺うデュシスの残存艦隊。

事態は日増しにその旗色を悪くして行く。



デュシスの残存艦隊の動向を耳にしても、アレックスは進路を変えたりはしなかった。
マエストロ・デルフィーネを倒すことで、すべてが元にもどるかのように・・・。


部屋に満ちるアルコールの香りが鼻につく。

アレックスは憔悴しているように見えた。
寝ていないのだろう・・・。

だが、クラウスにはそんな彼を気遣うつもりなど毛頭無かった。
「なぜ、ソフィアさんを止めてくれなかったんです?!」
「ソフィアさんは・・・」

まくし立てるクラウスに、焦点のさだまらない視線をさまよわせながらアレックスがつぶやく。
「お前は、何もわかっていない。」と。

15歳の少年の言葉はアレックスには届かない。


"ソフィアさん・・・なんでこんな奴のことを・・・。"
それ以上何も言う気の失せたクラウスは、入ってきた時と同じように、礼の一つもせずに部屋を後にした。



ここにいて、何が起こるのかを見届けるつもりでいた。
だが、それでは与えられるのをまっているに過ぎない。

いま、自分がすべきことは、アレックスがやろうとしていることを見届けることではない。

めまぐるしく動くこの世界の流れをこの目で見て、そして、・・・そして、自分は何をすべきなのか?。
確かにシルヴァーナは、その奔放な行動から、他よりも"多少見晴らしが良い"かもしれない。
しかし、それだけだ。
シルヴァーナは軍艦だ。
戦闘により多くの艦を沈め、それに自分も荷担している。
泥沼の戦争に自分も荷担している。


ソフィアさんがのぞんでいるのはこんなことではないはずだ。
この不毛な戦いを止める。
それが彼女の戦争なのだ。
たった一人の。


戦わない戦争だってある。
僕は、それを見届けたい。

そのためには、やはり戦場を駆けなければいけない。


自分たちの、いや、アレックスの物であったヴァンシップは未だ修理中で飛ぶことができない。
修理は、ラヴィに任せっきりだった。
彼女には迷惑をかけっぱなしだ。

そして、これからもう一つ大きな迷惑をかけることになる。


シルヴァーナからクラウスにあてがわれている機体で飛ぶしかない。
勝手に出て行ったら軍規違反か・・・。
いや、いまやシルヴァーナはアナトレーに属してさえいない。
ましてや、去るものをアレックスがどうこうするとは思えない。

彼は言うだろう。
"ほおって置け"と。





自室に戻って服を着替えたクラウスは、水を調達すると、格納庫へと向かった。


運のいいことに、ヴァンシップの整備士たちも艦内の修理に出張っているようで、 格納庫は閑散としていた。


邪魔の入らないうちにさっさと、ヴァンシップに乗り込んで、発艦してしまおう。
そう思ったクラウスは、ヴァンシップを発着甲板へ上げるリフトへと移動させる。

「ちょっと!!。クラウス、出撃指示もないのに、そんなところでなにしてるの?!」

そうは問屋がおろさないようだ。
ラヴィに見つかった。

また、一人でこつこつと修理をしていたのだろう。

「や・・やあ、ラヴィ。」
苦笑いを浮かべながらヴァンシップを下りるクラウス。
何も言わずに、出て行こうというのは虫のいい話のようだ。
それに、アルのことも頼まないといけない・・・。

「また、護衛か何かを押し付けられたの?」
クラウスの格好を確認して、勝手に話を進めようとするラヴィ。

「違うよ。帝都に行ってくるだ。」
ラヴィには隠し事をしても無駄だろう。

「えっ?・・・。シルヴァーナを降りるんだ?。ならアルも呼んで準備して・・・。」
早とちりに、一瞬、久しぶりの笑顔を浮かべるラヴィ。

「だめだよ。多分、帝都も戦場になる。」

「なっならどうして?!。・・・・・・ソフィアさん・・・なの?・・・・ソフィアさんがそんなに大切?」
言ってしまってから"はっと"なって俯くラヴィ。
クラウスとソフィアの間に何かあったのは何となく分かっていた。
タチアナさんのことでずいぶんとギクシャクしてしまったから・・・。
だから、今回は何も言うつもりはなかった。
"このバカ"は、誰にでもやさしいから・・・。


「あの人は、戦いを止めさせるために戻ったんだ。一人で・・・。」

「そんなことは聞いてない。クラウスが行ったところでどうなるって言うの?」
"どうしてそんなにだれでもかれでも手を差し伸べようとするの?"
クラウスをねめつけるラヴィ。

「それは、わからない・・・。」
その強い視線から目をそらすように格納庫の天井を見上げるクラウス。


「ラヴィは、そのヴァンシップを修理し終わったら、アルを連れてシルヴァーナを降りて。」
ラヴィの質問に答えることなく、そう告げるクラウス。

「最近のクラウスはいつもそう。自分だけでどんどん決めて・・・、勝手なこと言わないでよ!!。」
そうまくし立てるラヴィだったが、その顔には諦めの表情がただよう。

「アレックスの目的は、アナトレーを守ることでも、アナトレーとデュシスの戦争を止めることでもないんだよ。 グランドストリームだって、使命を帯びて挑むのは名誉なことだと思うけど、その前提としての戦争は望まない。平和な時に 皆の笑顔で見送られ、笑顔で迎えられたいんだ。」
紡ぎだす言葉は、他ならぬクラウス自身に向けられたもの。
言葉にすることにより、迷いが決意に変わっていく。

「ここは、僕らの居場所じゃない。そして、僕が決めた先には戦場がある。ラヴィやアルを巻き込むわけにはいかない。 分かってくれとは言わない。だけど、アルのことだけはお願い・・・。」

クラウスは、ラヴィに頭を下げた。
そして、直ぐに彼女に背中を向ける。

リフトスイッチの方へと歩み寄ろうとするクラウスをラヴィが手で制する。

「ラヴィ・・・。」
だが、ラヴィはクラウスに食い下がろうとしたわけではなかった。

ドン!!
勢いよくヴァンシップの方へと突き飛ばされるクラウス。
彼女は、無言で格納庫のリフトスイッチに手を掛ける。
俯いた彼女の表情は伺い知ることができない。

警告音が格納庫に響き、ヴァンシップが発着甲板へとせり上がっていく。
バランスを崩してしりもちをついていたクラウスは、慌ててヴァンシップに飛び乗った。

警告音を聞きつけた、整備士達が慌てて格納庫へと駆けつける。

「色男はやることが違うねー。」
場違いな発言が聞こえる。

リフトのスイッチを止めようとして、ラヴィの元へと殺到する。
工具を振り回して威嚇するラヴィ。
その瞳には涙がにじむ。

「バァーーカクラウスーーーーー!!!!!」

ヴァンシップが甲板へと上がりきる直前に、ラヴィの声が格納庫に反響する。

"ごめんラヴィ"
クラウスは、心の中で幼馴染に再度頭を下げる。



風が唸りをあげる。
西日を浴びて、甲板にヴァンシップの影が長く長く揺れる。

出力を上げ、操縦桿を引く。
「進路、帝都!」

そして、クラウスの戦争が始まる。


16話が題材。また、17話がもう直ぐ放送されようかという時に書いている。
「大切なもの」より長くなりそうな予感のため前編ではなくTにしておく(ちゃんと続くのか?自分?)。
ラヴィ泣かしてしまいました。ごめんなさい。

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