強く・・・



艦長室から出てきた女性が誰なのか、すれ違うまでクラウスにはわからなかった。

長く艶やかなブラウンの髪。
そして、ほのかに香る香水。
憂いを帯びた青い瞳。

「あっ・・・。」
すれ違ってから、その麗人がソフィアさんであることに気づき、振り返るクラウス。

同じように振り返ったソフィアの深い瞳にとらえられ、見とれるクラウス。
ほおけているクラウスをソフィアが外へと誘う。

「少し、お話をしましょう。」
と。



穏やかな風が吹き抜け、先ほどよりも強くソフィアの香水の香りがクラウスの鼻腔へと届く。
穏やかな気分になれる、そんなやさしい香り。
ソフィアさんにぴったりだとクラウスは思う。

「いい香りですね。香水。」
飾らずに、その気持ちを素直に言葉に乗せる。

「ありがとう。」
手すりに白くほっそりとした指を絡め、ソフィアさんが笑顔で答えてくれる。
悪戯な風にもてあそばれる長い髪に月の光がきらめく。

素直にきれいだと思う。
後ろで纏め上げていないで、いつも今みたいにしていればいいのにと。
でも、軍艦であるシルヴァーナではそれは無理な話だろう。
どうして、ソフィアさんは軍艦なんかに乗っているのだろう。


笑顔を浮かべながらも、彼女のその瞳には憂いが映し出されている。

腰掛けて、知っていながら打ち明けようとしなかったアレックスに対する憤りを口にしながらも、 本当は自分がソフィアさんの聞き手にならなければいけないのではないかと思い至る。

クラウスがアレックスに対する憤りを口にすればするほど、ソフィアがアレックスの弁護をすれば するほど、彼女の憂いは強くなっていく。
彼女のこんな表情は見たくないと思った。
微笑んでいてほしいと。
艦橋でのキリッとした表情も嫌いではない。
でも、髪を下ろしたソフィアさんには笑顔こそが似合うと。


すべてを聞いても"シルヴァーナを降りない"というクラウスをソフィアは"強い"と言う。
"自分がこんなに弱いとは思わなかった"とソフィアが言う。

その表情は長くつややかな髪に隠されて、窺い知ることができない。

「ソフィアさんは弱くなんかないですよ。」
少なくともクラウスはそう思っている。

「・・・ありがとう。」
悲しく、そしてどこまでもやさしい声音。

「ありがとう、やさしいのね、クラウス。」
もう一度、確かめるように言葉を重ねるソフィア。

「ぼ・・・ぼくは・・・やさしくなんて・・・。」
クラウスのその言葉は最後までつむがれることはなかった。

視界が遮られたと思った瞬間、やわらかく暖かいものが、彼の唇をふさいだ。
瞳を閉じたソフィアの顔が目の前にある。
甘い香水の香。
長い髪がクラウスの頬を優しくなでる。




永遠のような長く短い時間が過ぎ、ソフィアがはじかれたようにクラウスから離る。

うつむき、自分の肩を抱きしめるようにして震える彼女。

「ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・・。」


「私は・・・私は、自分の思いが届かないことがわかっていながら、それでも彼のそばに居たくて、踏ん切りのつかないままシルヴァーナに留まり続けていたわ。彼の心に中には、あの写真に写る女性しかいないというのに。」
彼女の中で、今まで抑えてきたものが弾ける。
"彼"とは間違いなくアレックスのことだろう。

「そんなとき、あなたが突然このシルヴァーナにやって来た。なにものにも束縛されない自由な翼をもって・・・。」

「知らず知らずあなたに惹かれながらも、とらわれた檻から出ることさえできない自分の弱さが呪わしかった。」

「あなたをずっと見ていたわ。あなたが必要としているのが自分ではないと分かっていながら・・・。それでも、傍にいたかった。そばに居て欲しかった。」

「あなたが傍にいてくれたら、私はきっと強くなれる。だから・・・だから・・・私の傍にいて、クラウス。」

彼女の独白。
そして、突然の告白。
クラウスは、突然のことに言葉を発することができずにいた。

エンジンの振動音だけが低く低く響く。



その沈黙を彼女は、否定として受け取る。
「ごめんなさいね・・・変なこと言って・・・困らせたりして・・・。」

「ごめんなさい・・・、ごめんなさい。」
彼女の青い瞳から透明なしずくがとめどなくこぼれ落ちる。


ソフィアさんが泣いている。
よそ者の僕やラヴィ、アルに細やかな気遣いをしてくれる彼女が。
包み込んでくれるようなやさしさを持った彼女が。
僕なんかのことを"強い"といってくれる彼女が。
僕なんかのことを"やさしい"といってくれる彼女が。
僕なんかの"傍にいたい"といってくれる彼女が。

泣かないでほしい。
悲しませたくない。

「変なことなんかじゃないです。すごくうれしかったんです。」

「だから、・・・だから、あやまったりしないでください!。」

その声にソフィアが僅かに顔をあげ、クラウスをその濡れた瞳で見つめる。

「僕は、ソフィアさんのこと大切に思っているから。」
顔を真っ赤にしながらも真剣にソフィアの瞳を見ながら思いをつたえるクラウス。

立ち上がったクラウスはソフィアの前へと歩み、彼女をその胸の中に抱き寄せた。
抵抗すれば、振りほどけるほどの力で・・・。
一瞬、体をこわばらせたソフィアだったが、やがてクラウスによりかかるように力を抜き、彼の言葉に耳を傾ける。

艶やかな髪に自然と指を這わせながら、クラウスは言葉を続ける。
それは、彼なりの決意。

「今はまだ、シルヴァーナでやらなければならないことがあります。だから、これからソフィアさんが やろうとすることに、すぐにはついて行くことができないかも知れません。」

「でも、・・・やるべきことが終わったら、・・・かならずソフィアさんの元に駆けつけますから・・・。 それまで待っていて貰えませんか。」

「・・・本気にしてしまう・・・わよ・・・。」
クラウスの腕の中で、ソフィアが呟く。
不安と期待が入り混じった声音。
僅かに垣間見える彼女の表情は、何時もより幼く見える。
可愛い・・・そんなことを年上の女性に言うのは失礼だろうか。

答える代わりに、クラウスは彼女を抱きしめる腕に力を込める。

「・・・、待っているわ、クラウス。だから、必ず戻ってきてね、私のところに。」
その白い指先をクラウスの背へと這わせる。

少し顔を上げたソフィアはまだ、その瞳に涙を湛えたまま。
でも、その笑顔の瞳には、もう憂いは写っていない。
その瞳に写っているのはトマトのように真っ赤なクラウス。
きっとソフィアの頬も同様だろう。



再び、今度は、クラウスの方から唇をゆっくりと重ねる。
ぎこちなくも思いを込める。
二人が離れ離れとなっても、再び今このときのようにお互いのぬくもりを感じることができるようにと。

心地よい夜風の中、二人にとって久しぶりに穏やかな夜長がゆっくりと過ぎていった。



15話後半部分。
16話を見てから書こうとするとお蔵入りしてしまいそうな気がしたので、勢いで書いてみる。
全然口調がソフィアさんぽくない・・・。

BACK