大切なもの(後編)



熱い日差しが容赦なく照りつける。
大型の鳥が上空高く円を描き、傷ついたヴァンシップに影が走る。

体の節々が軋む。
苦痛に顔を歪めながら、砂地へと降り立つクラウス。
日差しが容赦なく照り付け、そして褐色の大地がそれを容赦なく跳ね返す。
来た方角を振り返れば、砂漠が、ヴァンシップが付けて来た大きな傷跡も既に消し去ろうとしている。

後部座席によじ登り、アリスの様子を確認する。
取り立てて外傷はみられないが、アリスティアは目をさまさない。

右のエンジンだけでなく、左のエンジンにも相当なダメージがあるようだ。

"僕はどうしたらいい"
"今、何をすべきだ"

気を緩めるとどうにかなってしまいそうな感覚の中、剥がれ落ちたヴァンシップの鉄板を拾い上げたクラウスは、それを打ち鳴らす。
ラヴィがクラウスをたたき起こすときのように・・・。
"起きろクラウス"
"こんなところで立ち止まるつもりか?"





流石にそれだけの音を近くで立てられれば、アリスティアも目を覚ます。

「・・クラウス?・・・いたたたた・・・・」
クラウスを探して後部座席から身を乗り出そうとして、体の節々が悲鳴をあげる。

それでも、視界の先にクラウスを捕らえると、安全ベルトを外し、砂地へと一気に飛び降りる。
クラウスの顔が見たい。

ズザァァァ・・・

「っ!!!」
砂地に足を取られた瞬間、足首に激痛が走りうずくまるアリスティア。

その様子に気づいたクラウスが慌ててアリスの元に駆けてくる。
「大丈夫ですか?」
クラウスが差し伸べた手に躊躇いがちに手を伸ばすアリス。
手袋を外したクラウスの手は思ったより大きくがっしりとしている。

彼の腕にすがって立ち上がったアリスティだが、左足の痛みに再度顔をゆがめてうずくまってしまう。
着地したときにひねったという感覚はなかった。
着陸時にやったのだろう。
だが、あの状態からの着陸で、この程度の怪我ですんだのは幸いだと思うべきだろう。
アリスティアは、再度手を差し伸べてくれた彼と彼の操縦技術に心の中で感謝する。



足を痛めたアリスティアには立ち回り作業は出来ない。
クラウスが一手に引き受けなければならない。

エンジンと操縦席のシリンダーの応急処置を施す。
しかし、失ったクラウディア液の量が予想以上に多い。

残りの量では出力が十分に引き出せない。

「2250、2300、・・・・2120・・・・1800・・・」
淡々と計測値を読み上げるアリス。
だがその表情には、歯がゆさがにじみ出る。
もっと彼の役に立ちたいのに・・・。


どうしても2500には届かない。これでは、安定した飛行は望めない。

「だめか・・・・・」
エンジンを切り、再度調節に取り掛かるクラウス。

気づけば既に日の光は、西の空に夕焼けを残しつつ、ついえようとしている。





満点の星降る夜の帳の中で、アリスティアが星を読む。
月明かりに、緩やかな結い髪が光をはらむ。

多少足の痛みの引いたアリスティアは、一人で見晴らしのいい小高い位置へとやって来ていた。
気遣ったクラウスが付いて行くと言ってくれたが、修理作業で疲れきっている彼には遠慮してもらった。
少しはナビとして彼の役に立ちたい。


見上げる夜空は、日増しに読み辛くなる。

「まだ、大丈夫。」

自分に言い聞かせるような一人ごと。
地図に照らし合わせて現在位置を確認する。
読み辛くなっているとはいえ、大体の位置は把握できる。
後はシルヴァーナのシェルターへどのようにして行くか・・・。
と言っても歩いていける距離ではないので、ぜがひでもヴァンシップを飛ばす必要がある。


作業が完了すると、左足を庇い、自分の肩を抱くようにしてヴァンシップの元へと戻る。

日が落ち、当たりが闇に染まり始めると、急速に気温が低下していった。
はく息が白く煙る。
荒野であるため、日中と夜間での寒暖の差は激しい。

体力を消耗しないためにもお互いに寄り添う方がいい。
アリスティアの帰りを待っていたクラウスはそう考え、戻って来た彼女に寄り添うように座り直そうとする。

「ク・・・クラウス?」
その行動に慌てたアリスティアが距離を取ろうとする。

「わ・・私、汗臭いから・・・。」
とっさに避けてしまい、うまくいいわけが出来ないアリスティア。
本当はそんな理由ではない。
こんな荒野で男の子と二人っきり。
しかもその子は、気になっている子。
意識するなということ自体が難しい。

「僕だって、汗まみれだし、油まみれですよ?」
よく分かっていない返答が、クラウスから返される。

「そ・・・そういうことじゃなくて・・・。」
しどろもどろのアリスティアというのも珍しい。

クラウスも流石にどうしたらいいのか分からなくなってくる。
「じゃあ、どういうことなんですか?」

そういった後、さらにクラウスは何か考えたようで、再度口を開く。
「・・・あ、あの、僕の近くには居たくないってことです・・か?」

途中から声が小さくなっていってしまうクラウス。
さしずめ、雨降りしきる中、置いていかれる子犬の風情なクラウス。



結局、アリスティアがクラウスのその表情に白旗を揚げ、肩を寄せ合って座ることとなる。
始めはお互いに意識してしまい、会話さえままならなかったが、ぽつりぽつりと話している内に次第に話が弾むようになった。

寒空のなか、二人は取りとめのない話を続ける。
小さい頃のこと。
友達のこと。
ヴァンシップのこと。
グランドストリームのこと。


「クラウスはラヴィのことどう思っているの?」

「ラヴィはただの幼馴染です。」

「そう・・・、じゃあアルは?。ただの"積荷"なんてことはないわよね?」
いつもと違い質問攻めなアリスに、返答にきゅうするクラウス。

"なんかほっとけなっかったんです・・・"そういうのがやっとだった。

「そういうアリスは、タチアナさんのことどうなんです?」

「うん?」
"何が?"というように、小首をかしげて先を促すアリス。

「さっきも、自分のことよりタチアナさんのこと心配してたし・・・。タチアナさんのこと大切なんだなって・・・。」

「そうね。幼馴染だし。ずっと一緒にやって来たんだもの。」
タチアナは貴族の出で、私は平民の出。
でも、タチアナは小さいときからいつもいっしょだった。
あの手この手で屋敷を抜け出した彼女が、毎日のように私を誘いに来た。

だから、タチアナの苦しみを分かっているつもりだった。

貴族でありながら、新しい地へと上がれないことに劣等感をいだいていることは知っていた。
でも、彼女の父君が体を壊してから、そこまで思いつめているとは思っても見なかった。

同じ目的を持って、同じ方向を見ていないと親友ではないのだろうか。
進む方向が異なっていたとしても、タチアナとはずっと親友でいたいのだ。

懐かしさに微笑んだアリスだが、同時に憂いをも見受けられた。

「タチアナさんなら大丈夫ですよ。」
勤めて明るく振舞うクラウス。
クラウスが言っているのは"一番機"の大丈夫の方だろう。
タチアナはあれくらいでは落ちたりしないわ。
相変わらず的外れなのだが、心遣いは嬉しい。
本当は、自分もラヴィやアルのことが気がかりで仕方がない筈なのに・・・。

「ええ、そうね。」
彼の心情も分かった上で、フワリと微笑むアリスティア。


「それとね、クラウスのことも負けない位大切よ。タチアナとは・・・違う大切さよ。」

そこでいったん言葉を切って、躊躇ったあと、彼女は言葉を続ける。

「分かる?」
と。
淡いブラウンの瞳がクラウスをまっすぐに捉える。
彼の傍にもっともっとずっといたい。
ハミルカル・ヴァルカの息子と知ったからではない。
偉大な父と同じ空を、いや、さらにその先を見据えるクラウスだから。


その視線を受け止めて、穏やかに答えるクラウス。
「・・・うん。分かっているつもりだよ。アリス。」

クラウスは、足の怪我に障らないようにアリスティアの肩を優しく抱き寄せる。

耳に届くのは、風が砂を弄ぶ音。
そしてお互いの鼓動。



「明日朝一番で、低空でもいいから飛べるようにして、シルヴァーナの緊急避難用シェルターへ向かうわ。クラウス。」
彼の腕の中で、心地よい睡魔に身を委ねながらささやきかけるように言葉をつむぐアリスティア。

「うん!。」
同じく押し寄せて来る睡魔の中で、クラウスは確かに大切な人へと決意をこめた返事を返した。





褐色の大地に陽光が走る。
新たな一日が始まる。

早速、ヴァンシップの調整に取り掛かる二人。
バイパスにより、クラウディア液の少なさをカバーする。

「2000、2100、・・2470、・・2500、・・・・出力安定!。行けるわ!」
アリスティアの声が弾む。
どうにか2500で出力は安定したようだ。

朝一番の再調整で、エンジンの機嫌を何とか保つことに成功した二人は、すぐさま出発の準備にかかる。

出力が十分出ないため、地上から5フィートほどしか浮上することが出来ない。
だが、移動するということならこれだけ浮上できれば十分だ。

砂を盛大に巻き上げながら飛び立つヴァンシップ。


地図に照らし合わせ、現在位置を再確認したアリスティアから指示が飛ぶ。

「シェルターへ向かうわ。前方のアーチ型の岩を通過後、2時方向へ。転進タイミングはこちらで指示するわ。」

「了解。」

アーチを潜り抜け、ヴァンシップは加速していく。



「目印確認。2時方向へ。」

「了解、2次方向転舵。」

「転舵確認。」

疲労の蓄積が著しい中にありながら軽快なやり取りが交わされる。


タチアナに会うために。
ラヴィに会うために。アルに会うために。

かけがえのない彼女を親友のもとに連れて行くために。
かけがえのない彼を幼馴染のもとに連れて行くために。
砂漠に肩を寄せ合ったぬくもりを守るために。

二人ならどこまでも飛んで行ける。


2人を乗せたヴァンシップが日の光をいっぱいに浴び、砂塵を巻き上げながら疾走する。



もう少しラブラブな内容書けないんだろうか、自分?(書けないんだろうな・・・)
タチアナさん・ラヴィさんで三角関係を形成しつつある昨今。アリスティアさんの活躍する場面はもうないのだろうか?。

BACK