大切なもの(前編)



ウルバヌスを迎え撃つためのミーティングが格納庫において開かれる。
一通り説明を終えたタチアナが最後に付け加えた。

「それと、アリスティア、貴方は五番機のナビ。」

「え?・・・・、でも1番機のナビは・・・」
突然のことに動揺しながらも聞き返すアリスティアにタチアナは冷たく返す。

「パイロットの意にそぐわないナビなど居ない方がいい。」
はっきりと突きつけられる言葉に、アリスティアは言い返せない。

「他に何か質問はあるか?」

なんともいやな緊張感の漂った格納庫において、挙手するものなど居なかった。

「ないようだな。以上だ。」

隊員達に視線を流したタチアナが、右腕を胸の前に水平に上げる。
「よき風と共に」

「よき風と共に!」
各隊員が同様のポーズでそれに答える。
クラウスは見様見まねで、アリスティアは慌ててポーズをとった。


なおも問いかけるような視線を向けるアリスティアから視線を外すようにしてタチアナは、踵を返す。

「タチアナ・・・。」
クラウスのナビがまたできるのは喜ばしいことなのだが・・・。
どうして私の気持ちはタチアナには届かないのだろう。
どうしてタチアナの心が私には分からないのだろう。
そう思うと、アリスティアは少しゆうつになった。

「あの、アリス・・・。そろそろ準備しないと・・・。」
物思いに入ったアリスを気遣うように、控えめに声を掛けるクラウス。

「・・・そうね。」
顔を上げたアリスティアは特に落ちこんでいるようには見受けられなかったので、クラウスは少し安心した。

「今回は、艦隊戦だから、ヴァンシップが主体で戦列を形成するわけではないわ。落ち着いてね、クラウス。」
気遣うつもりが、クラウスの落ち着かない様子を感じ取ったアリスティアに逆に気遣われてしまう。
シルヴァーナに初めて降り立ったときの、ギルドとの戦闘で無茶をしたことを指しているようだ。
本当は、またアリスティアにナビをしてもらえることが嬉しくてしかたがないだけなのだが、勘違いされたにせよ、 気遣ってもらえたことに嬉しさ倍増のクラウスだった。





分厚い雲が低く垂れこめ、視界の極めて悪い竜の牙において艦隊戦が繰り広げれれる。

竜の牙に誘い込むことを逆手に取られ、また多数のウルバヌス級を従えるヴィンセントの前に、シルヴァーナが 劣勢なのは明らかだった。

煙幕による妨害作戦をかなぐり捨てて、銃弾の真っ只中へと突っ込む一番機。
ウルバヌス級にヴァンシップ一機ではあまりにも無謀な行為。

「タチアナ!!!」
その様子を目の辺りにして、アリスティアが叫ぶ。

出会って間もないが、アリスティアがこれほど取り乱すのを見たことが無いクラウス。
タチアナのことが本当に大切なのだろう。

「タチアナ機を援護します。」
アリスのためにもタチアナを行かせてはいけない。

「!?・・りょ・了解。」
なんとか返答を返してくれるアリス。その声音には驚きが含まれている。

"二人とも守る!"
そう念じると、クラウスは五番機を加速させ、一番機へと寄せて行く。
五番機にも無数の銃弾が牙を剥く。

「タチアナさん!!。引き返してください!。」

チュ―――――ン。
呼びかける間も、ウルバヌスの銃兵が放つ銃弾がヴァンシップの装甲を弾く。

「タチアナさん!!!。」

「うるさい!!!、おまえ達は下がれ!!!。」
クラウスに負けじと大声で返すタチアナ。まったく引く気がない。
それどころか、さらにウルバヌスのブリッジ付近に肉薄しようとする。
直接ブリッジの人間を叩こうとでも言うのだろうか。

一番機の機体には、既にかなりの被弾が見られる。
このままでは、一番機は撃墜される。

クラウスは五番機を一番機の前へと出す。
アリスティアもその行動に沈黙を持って同意する。

「!!!。ばっばか!?、アリス!!!。クラウス!!!。」
目の前に寄せられて、慌てて転進する一番機。
転進したことにより、ウルバヌスから遠ざかる一番機。

カン!カッ!カッ!
その直後、乾いた金属音と共に白煙を上げる五番機。

「っ・・エンジン!?。やられた!。」
転進を図るクラウスだが思うように操縦桿が倒せない。
力いっぱい操縦桿に力をこめながら、なんとか視線を上げる。

そこに映ったのは、岩が雨と振り注ぐ中、船体から白煙を盛大に上げながらユルアヌス、マルティヌスと共に雲海の中へと沈み行くシルヴァーナ。


「ラヴィ!!!、アル!!!」
思い通りにならない操縦桿にやり場の無い怒りが込み上げる。
行かなきゃ。
行ける訳が無い。
あいつらのこと守ると決めたのに。
僕は、いったい何のためにシルヴァーナに来たんだ・・・。
何もできないじゃないか・・・。

「前方、ウルヴヌス!」

アリスの一言に我に帰るクラウス。
目の前には反転回避中のウルヴヌスの船体。
「くっ!」

ガガガッッッ!!!。
とっさに操縦桿を切ったもののかわしきれずに、船体を擦る。
ヴァンシップの装甲版も何枚か持っていかれたようだ。

エンジン部からの白煙は止まらない。
五番機もいつまで飛んでいられるか分からない。

僕の背にはアリスが居る。
こんな不甲斐ない僕に命を預けているアリスが。
まだやるべきことがある。

「緊急着陸します!。着陸可能な場所を特定して下さい。」

「了解!。地上との距離3.2マイル。推力低下、降下中。」
着陸地点を検討しながら、冷静な返答を返すアリス。

彼女から声を掛けられる度に落ち着きを取り戻していくクラウス。
アリスと一緒なら"大丈夫だ"

「下降速度が速すぎるわ。高度を取って出来るだけ距離を稼いで、クラウス。」

「了解。」
再び掛けられた言葉に、今度は操縦桿を力いっぱい引きながらも、冷静に返答できるクラウス。

先ほどより緩やかな下降を続けるヴァンシップの後部座席で、アリスティアは着陸地点を設定する。

「3時方向に進路を取って、あと6.5マイルで砂漠に出るわ。」
竜の牙の岩場に比べれば、遥かに衝撃は和らげられる。
アリスのサポートを受け、クラウスは計器に最新の注意を払いながら、灰色の世界を白煙の帯びを引きながら疾走する。


雲を切り裂いて褐色の地上が目の前に迫る。
両足を踏ん張って、必死に操縦桿を引くクラウス。

操舵席のシリンダーが砕け、飛び散る。
それでもさらに強く操縦桿を握る、クラウス。

「クラウス!!」
こんな状況でもアリスが心配してくれる。

"まだ、やれる"

「大丈夫。喋らないで、衝撃に備えて。」
両翼のパネルを上げ空気抵抗を増やす。

"絶対にアリスは守る"
そう念じながら、衝撃に備えて姿勢を低くして目を閉じるクラウス。

"クラウスなら大丈夫"
そう確信しながら、衝撃に備えて姿勢を低くして目を閉じ、クラウスにすべてを任せるアリスティア。



一瞬、すべての音が消える。


ドーーーーーーーーーーーーン!!!!!
すさまじい粉塵を巻き上げながら砂漠へと突っ込むヴァンシップ。

一度目の天地がひっくり返るような衝撃のあと、地面を跳ねる幾度とない激しい衝撃。
脳が直接ゆすられるような感覚のなかで二人は気を失った。


12話が題材。後編は13話が題材の予定。今日はもう14話の放送日なのに・・・。
大して長くなりそうも無いのに分けてみる。
時間が足りないだけのような気がするが、気のせいに違いない。

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