うつるんです



「ふう・・・。」
格納庫において一番機の調整を終えたアリスティアは、休憩を取ることにした。

「アリス!」
不意に名を呼ばれ、振り向いた瞬間に、緩やかに編んだ亜麻色の髪が彼女の胸元に遅れて到着するより前に、声の主に抱きしめられる。
彼女の淡いブラウンの瞳が驚きに大きく見開かれる。

「ク・・・クラウス?」
顔を上げて相手を確認し、戸惑いを表す彼女に対して、クラウスはさらに力をこめて彼女を抱きしめるだけだった。

怪我している私を気遣ってくれた彼。
初めて会ったときから気になっていた彼。
タチアナに"名をなのれ"という彼に、ついむきになって突っかかってしまった私。
彼のナビをしてから、彼とはよく話をするようになった。
お互いに呼び捨てにし合う仲にもなった。
でも、これは?
まだ、手をつないだこともないのに・・・。
?・・・。
まだってことは、望んでいるってこと?
考えれば考えるほど、まとまりがなくなり、なんとなくなすがままのアリスティアだった。





「以外に強引なのね。」
"痛かったわ"という表情を作り、少し彼をからかうニュアンスを含めてアリスティアが言う。
平静を装ってはいるが、彼女の頬も朱に染まっている。

「・・・ごめん・なさい。」
彼女の前には、急に子犬のように"キュー―ン"となってしまったクラウスがいる。
"かわいい"といったら今よりもさらに顔を赤くして、そして、やはり怒るだろうか。
そんなことを考えながら、なぜ急にあんなことをしたのか聞いてみることにするアリスティア。





話は、半時程前にさかのぼる。
ディーオにレバーを引っこ抜かれたりしながら、なんとか5番機の整備を終えたクラウスは、
ラヴィとアルを探して艦内を彷徨っていた。
そうこうしているうちに、艦長室の前まで来ていた。
艦長室の扉は僅かに開いていた。
不思議に思ったクラウスは"ひょい"と扉の中を覗いてみた。

「!!」
彼の視線の先である部屋の奥ではアレックスとソフィアが抱き合っていた。

クラウスは慌てて扉から飛びのくと、艦長室を後にした。


落ち着かない。

ラヴィやアルを探す気になれない。

何か落ち着かない。

あんなところを目撃したからだろうか。


唐突にある人の顔が浮かぶ。
冷静で、気丈。でも、どこか危なっかしくも思える人。
少しぶっきらぼうに見えて、とても優しい人。
長くつややかな髪をいつも緩やかに編みこんでいる人。
傍にいるだけで、穏やかな気分になる人。でも、どきどきする人。
とてもいい香りがする人。
先日やっと名前で僕のことを呼んでくれた人。
僕が名前で呼ぶことを許してくれた人。

会いたい。
なぜだか、アリスに会いたい。
そう思ったクラウスは、探す相手を変更して、また艦内を彷徨い始めた。


しばらく探し回ったが見当たらず、格納庫に戻って来た。
すると、一番機の元に探し人の後ろ姿があった。
その瞬間、クラウスは彼女に向かって駆け出していた。

「アリス!」
振り返った彼女をそのまま抱きしめる。
驚く彼女をさらに強く強く抱きしめていた。





話づらそうにぽつぽつと話すクラウス。

彼の話を黙って聞いていたアリスティアが口を開く。
「そう。わかったわ。」
"でもね"と続ける彼女。

「もっと優しくしてね。それと、不意打ちもだめ。」
そうたしなめつつも、彼女は微笑んでいる。
そして、彼の胸へと再び、今度は自ら頬を寄せる。

今度は、クラウスも優しく彼女を包み込んだ。
力を入れすぎていないかと、少しおっかなびっくりではあったが。

「ごめん。」
もう一度、彼の優しい言葉が頭上から彼女の耳に振り落ちる。
アリスティアは彼の腕の中で首を左右に振り、彼に意思を伝える。
"あやまらないで"と。




ガシャー――ン。
派手な金属音が格納庫に響き渡ったのはどれくらい経ってからだったろうか。
抱き合ったまま視線だけを音のした方へと向ける二人。

二人の視線の先には顔を真っ赤にしてこちらを呆然と見つめるタチアナ。

「あ・・・タ・タチアナ。調整は終わっ・・・」
アリスティアが声をかけるが、

「じゃ・・・じゃましたな。!」
その声を打ち消すかのように、タチアナは上ずった声でそれだけ口にすると、逃げるように格納庫を後にした。

後には、床にぶちまけられた工具だけが残された。

結局、二人で工具を片付けるはめになったが、それはそれで当人達は楽しそうだった。



その後、しばらくして、タチアナとモランがイチャついていたという目撃情報が艦内に流れた。



ディーオ君がシルヴァーナに来てからということで、11話以降が一応の背景。
いつも通り、思いついた時はいいアイディアだと思うのだけれど、後で読み返すとなんだかよく分からない。

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