一日ナビ



「はあ・・・。」
彼女らしからぬ盛大なため息をつくアリスティア嬢。
緩く編んであった亜麻色の長い髪が肩から、滑り落ちる。

何とかミッション自体は成功したが、散々たるありさまだった。
何度目標の捕捉に失敗したことか。
本気でインコンプリートになるのではないかと考えたほどだった。
感情が高ぶったタチアナは手が付けられないが、今回のようなことまではなかった。
ただでさえクラウスやラビィのことで最近気がたっているところに、あのディーオと名乗るギルドの男のせいで、オーバーヒート状態だった。
あの男のヴァンシップが見えなくなっても、前に出ようとするヴァンシップは誰であれ喧嘩を売る、そんな状態だった。

「はあ・・・。」
ため息も出ようというものだ。

パイロットの精神状態を制御するのもナビの仕事なのだろうか。
アリスティアにはタチアナを止める自信はない。
ナビは"道具"だと言い切るタチアナをどうやって止めるというのだ。道具の私が。

パイロットがクラウスだったらどうなのだろう。最近、そんなことを考えることが多くなった。
きっと"あの提案"を彼からされたからだろう。

クラウスにしてもラビィにしても、先のギルドとの戦闘においてあの男にはずいぶんな仕打ちを受けたようだ。
特にラヴィは憤慨していた。
レッドアウトの恨みだろうか。
レース中も終始付きまとわれたようでさぞ迷惑したことだろう。
しかし、彼らはそんなストーカーにめげることなく完走を果した。
タチアナが言うほどには彼らの腕は悪くない。
ホライゾンケイブを制覇したことが自信となってさらに飛躍するだろう。
クラウスが求めているのは道具としてのナビではないだろう。
それは、普段からのラビィやアルへの接し方を見ていればなんとなく分る。
自分とタチアナの関係とは似ても似つかないと。





タチアナはトレーニングルームに篭っている。
今は、彼女と顔を合わせる気分にはなれない。
タチアナも望まないだろう。
これといった当てもなく歩いているうちに格納庫へとたどり着いた。
メカニックたちがせわしなく働いている。
8時間耐久レースに力を入れていたため、通常業務が滞っているようだ。

からからと音を立てて、モランが台車ごとヴァンシップの下から這い出してきた。
視線が交錯する。モランが笑顔で手をひらひらさせている。挨拶のつもりらしい。
アリスティアもつられて微笑み返した。
その反応に満足したのかモランは再び作業に戻っていった。
詳しくは知らないが、マドセイン艦隊で銃兵をしていたらしい。
銃兵とは恵まれた存在ではない。
銃兵時代の彼のことは分らないが、今の彼は活き活きしているように見え、それなりにメカニックが性にあっているのかもしれないと思う。

モランの背中を眺めながら、そんなことを考えていると、もう一つ視線が自分に向けられていることに気が付く。
視線の方を振り返ると、クラウスがいる。
彼の後方に視線を流す。
どうやら自分達のヴァンシップの修理をしていたらしい。
シルヴァーナにたどり着くまでにひどくやられた機体。
こつこつと修理していたようで殆ど直されている。
再び彼に視線を戻すと、彼はうれしいような悲しいようななんともいえない表情をアリスティアに向けている。
自分でそんな表情をしているとは気づいていないのだろう。
どうしたのだろうか。

彼に歩み寄ろうとすると、先に彼が口を開いた。
「どうしたんですかこんなところで?アリスティアさん。」

いつものような穏やかな口調。
表情も元にもどっている。
さっきの表情は何だったのだろう。
彼の近くまで行ってみることにした。
ヴァンシップの修理はほぼ完了していた。
何かとイベントが起き、なかなか時間が取れなかったが、合間を見ては手を加え、ここまでもってきた。
ラビィとアルには先に上がって貰った。
いろんなことが目まぐるしく起こって疲れているだろうから。
後は自分がやって置くからと。

微調整を済ませたところで、格納庫にだれかが入ってくる足音がする。女性のようだ。

何時ものように緩やかに編みこんだ亜麻色の髪が優雅にゆれる。
それだけで、なんとなくそわそわしてしまう自分がいる。
そう、入ってきたのはアリスティアさんだった。

ちょうどヴァンシップの下から出てきたモランと目が合ったようで、笑顔を交わしている。
ただそれだけのことなのに、なんとなくもやもやといやな気分になった。
そんな気分が消えないうちに彼女が振り返り、目があってしまう。

「どうしたんですかこんなところで?アリスティアさん。」
なんとか平静を装って先に挨拶する。
彼女が笑顔で挨拶に答えながら、こちらに近づいてくる。

「修理終わったの?」
僕の後方に視線を流しながら彼女がそう問うてくる。

「ああ・・・。うん。今ちょうど終わったところです。」

「ラビィさんやアルヴィスさんとは一緒じゃないのね。」
予想していた返答に、アリスティアはすぐに次の質問を繰り出す。

「うん。目処がたったし、最近いろんなことが次々と起こるから疲れてるだろうと思って、先に上がって貰ったんだ。」

「でも、さっきデッキの方で遊んでいたわ。」
ちょっと意地悪そうな表情する彼女。
新たな魅力の前にクラウスはどきまぎしてしまう。

「え・・。ああ。そうなんだ。」
クラウスの慌てる様子にご満悦のアリスティア。
ふと今思いついたことを彼にぶつけてみる。

「この後、時間あるかしら?」
幸いとラビィやアルはいないのである。

「ええと、これからテストフライトをしてこようと思っていて・・・。そのソフィアさんにも許可取ってるし・・・。」

「そう・・・。」
落胆するアリスティア。
思いつきではあったけど、命一杯勇気を出したつもりだったのだ。

そんなに落ち込むとは思っていなかったクラウスが再び慌てる。折角アリスティアさんが誘ってくれようとしているのに。
何とかしないと・・・。

「あ、いや、その、そそそ、それで、よかったら、その、アリスティアさんにナビをやってもらえないかなって。」

「・・・。」
驚いて、顔を上げるアリスティア。
普段割と細い感じの瞳を命一杯開いて、クラウスを伺う。

「あの、もしよかったらで・・・、迷惑だったら・・・。」
クラウスは吸い込まれるような瞳に身竦められ、もうどうしたらいいのか分らない。

どうやら小手先で言ったことではなさそうだと判断を下した彼女は、目を細め微笑む。
また少し悪戯な笑み。

「でも、ラビィさんに悪いわ。」

「?どうして、ラビィが出てくるんです?」
何のことか分らないと言うように、首をかしげるクラウス。
"どうやらかなりの鈍感さんなようだ"と、心の中でため息をついてみるアリスティアであった。

「先に上がってもらう時に、テストフライトに出るかもしれないとは言ってありますから大丈夫ですよ。」
またまた、見当違いな答えが返ってくるが、良しとすることにした。
彼らしいと。

「それで、すぐにでも出るの?」
いつのまにか彼女は乗りになっていた。

「うん。できれば・・・。」
まだ、アリスティアさんの答えを聞いていない。

「ゴーグルを貸してもらえるかしら。」

「あ・・・。うん、僕のスペアでよかったら。」
そういってゴーグルを差し出す。
受け取ろうと伸ばした彼女のほっそりとした白い手に目が吸い寄せられる。
手と手が触れ合ってどきどき感が倍増。
"アリスティアさんの手ってやわらかいなー"などと感動していて、重要なことに気が付いていないクラウス。
そう、彼女がナビをOKしてくれたということに。

「あっ!!!」
やっと気づくクラウス。

「?」
三つ編みが引っかからないように注意しながら、借りたゴーグルを装着したアリスティアが不思議そうに振り返る。
ゴーグルのバンドを微調整しながらクラウスに問い掛ける。

「どうかしたの?」

「あ・・、いえ、なんでもないです。」
折角乗り気になっているのだ、わざわざ"ナビやってくれるんですか"なんて確認する必要はない。
そう判断したクラウスは、自分もゴーグルを装着すると、ヴァンシップの飛び乗った。





無骨な鉄骨の回廊を抜け、大空へと飛び出す。

久しぶりの空に、エンジンもご機嫌のようだ。

戦場でない風を感じるのはなんだかずいぶん久しぶりな気がする。
初めて乗るヴァンシップなのにとてもリラックスしている自分に気が付く。
タチアナと組んでいるときには感じたことのない感覚。
そして、前に座る年下のクラウスがとても大きく感じられる。

「もう少し、パワーあげて下さい。」

「了解。」
ヴァンシップ乗りとしてあたりまえの会話がなぜか心地よく、そして嬉しい。
戦場に身を置くようになる以前に空に対して抱いていた感覚がよみがえって来るのを感じる。
いよいよ、彼の"あの提案"を検討しなければいけないらしい。
ふふ・・・。なぜか自然と笑みがもれるアリスティア嬢であった。

分厚い雲海を突き抜け、2人を乗せたヴァンシップは、暖かな日の光の中、どこまでも加速していった。


第9話を見て、10話以降を勝手に想像して書いてみる。まあ、間違ってもこんな展開はないでしょう。
知らない間に「いつか二人で」の続きになっていました。

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