いつか二人で



あまり良い目覚めとは言えなかった。
ラビィは既にどこかに出かけたようだ。
どこへ出かけたのだろう。

すー、すー。
規則正しい寝息が聞こえる。
アルはまだ夢の中のようだ。

音を立てないように気を付けながら、宛がわれている部屋を後にする。





特に行く当てもないが、とりあえず外に出ることにして、エレベータに乗り込む。

「あっ・・・」
エレベータには先客がいた。
飾り気の全くない空中戦艦エレベータに、亜麻色の長い髪を緩やかに編みこんだアリスティアさんがぽつんと乗っていた。
僕が乗り込んでもこれといった反応は示さない。
ほっそりとした腕に巻かれた純白の包帯は、それだけで痛々しさを感じる。

二人を乗せたエレベータが閉まりかけたとき・・・。

「おーーーい!。急げよ!。最終レースが始まっちまうぞー!」
不意に野太い声がエレベータホールに響き、ごっついメカニックが駆け込んでくる。

それを呼び水とするかのように、続々とクルーがエレベータに押しかけて来る。

「おら、おら!!。さっさと乗れ!」

僕とアリスティアさんはどんどんと奥へと押し込められていく。
背中を押された僕がアリスティアさんを壁に押し付けるような格好になってしまう。

「ん!。」
アリスティアさんが顔をしかめる。
怪我をしているところに僕がぶつかってしまった?

慌てて、壁に手を付き、腕をピンと張り、頭一つ以上大きいクルーを押し返した。
なんとか彼女との間にスペースを確保することができた。

僕が意図した事に彼女は気づいたようで、

「気遣ってくれるの・・・?、ありがとう。」

こちらを向くでもなく、僕にだけ聞こえるような小さな声でつぶやく。
少し微笑んだようにも見えた。
アリスティアさんが僕にそんな表情を見せてくれたのは、たぶん初めてだろう。
彼女の甘く涼やかな香りとあいまって、なんとなく落ち着かない気分になった。
腕の包帯から発せられる消毒の匂いは、全く気にならなかった。

めいっぱい詰め込まれたエレベータが下降を始める。





ここは、どこだろうか。
どうせ行く当てもなかったので、クルー達が急ぐ場所に付いていってみたのだが・・・。
ここは、レースを賭けの対象とする場のようなのだが?

目の前で行われているのは、どう考えても乱闘。
それもシルヴァーナのクルーVS制服組。
しかもその乱闘の中心付近に、ラヴィ。

なにしてんだよ・・・。ラビィの奴。

アリスティアさんも状況が把握できない様子で、きょろきょろと辺りを見ている。
編みこんだ髪が緩やかに舞う。

綺麗だな。
ラビィの奴は、最近髪を長くしようとしないもんな。
触ってみたいな・・・。どんな感じなんだろう。
乱闘現場で考えるようなことじゃないんだけれど、本気でそんなことを考えていた。

と、アリスティアさんの後ろに、勲章をジャラジャラぶら下げた制服ヤロウが近づいてくる。ひどく酔っ払っている上、この乱闘で興奮しているようだ。

!!!。女の子だと認識できていないのか、そいつはあろうことか、振り上げた腕をアリスティアさん目掛けて振り下ろそうとする。

アリスティアさんも僕の視線と表情から何かを察知したようだが・・・。

間に合わない!

「があーーーー。」
僕は、体制を低くして言葉にならない奇声を上げながら男に突進していった。

ガッ!!!
やつの懐にぶつかると同時に、頭部に衝撃が走りる。
目から火花が出る。

脳がシェイクされるような感覚に倒れそうになりながらも、必死になって足を進めた。


「・・・」
気づくとしりもちをついている僕の目の前に奴が仰向けに倒れてのびている。

頭ががんがんする。

頭痛に顔をしかめる僕に、アリスティアさんが声を掛けてくれる。

「・・・大丈夫?」
やさしく気遣ってくれている声音。
聞いただけで、頭痛の3割ぐらいがなくなったような気がする。

「うん。なんとか・・・。」
なんとなく強がってみる。
本当は、ひざが笑ってしまって立つこともできない。
情けないなー。
”クラウスはヴァンシップの操縦以外に能がないもんな”
よく言われる台詞が頭痛で弱った頭に反響する。

「そんなことないと思うわ。」

えっ?
アリスティアさんが発した言葉の意味を掴みかねる。

アリスティアさんが分かりやすいように言い直してくれる。
「情けなくなんかないわ。ありがとう、助けてくれて。」

とてもやさしい笑顔を僕に向けてくれる。
そして、僕を立たせるために、手を差し出してくれた。

彼女の細く柔らかな手にどぎまぎしながらも何とか立ち上がる。





彼女の手を借りて立ち上がった時には、事態はかなり悪化していた。
シルヴァーナVSゴライアスという戦艦同士の決闘へと・・・。

「戻らなくていいんですか?」
急いでシルヴァーナへ戻ろうとする様子のないアリスティアさんに疑問をぶつけてみる。

「待機命令が出ていたわけではないし、非常召集がかかったわけでもないわ。」
「それに、ヴァンシップの出番はないもの。」

表情一つ変えずにさらりと返答されてしまう。

かくして、僕達二人は浮きドックから戦艦同士の決闘を観戦する事となった。





決闘開始の合図が行われる前に、ゴライアスがシルヴァーナへ主砲を浴びせかける。
煙幕の中にその姿を消すシルヴァーナ。

仮にも軍艦で、これは決闘なのだろう?。
目の前で展開されている様子は、まったくもってそれらしくない。

「大丈夫よ。これくらいでは、シルヴァーナは落ちたりしないわ。」

さっきから、心の中を読まれまくっている。
そんなに分かりやすく表情にでているのだろうか。

まあ、アリスティアさんが"大丈夫"というのなら、大丈夫なのだろう。
シルヴァーナが心配という分けではない。シルヴァーナにいるであろうアルが心配なだけだ。

煙幕が晴れないとどうなったのか分からない。
少し別の話でもすることにしよう。

考えてみれば、僕はアリスティアさんのことを何も知らない。
それは、アリスティアさんも同じか。
多分、僕のことなんかなにも知らないだろう。

「アリスティアさんはどうして、ヴァンシップに乗っているんですか。」
何気ない質問をしたつもりだった。

でも、アリスティアさんにとってはそうではなかったようだ。
表情が陰る。

そんな表情は見たくない。
もっと話したかっただけだ。
笑顔が見たかっただけだ。

僕は慌てて、

「ああ、すみません。変なこと聞いてしまって。い、今のなしにしてください。」

「そういうあなたは、何でヴァンシップに?」
アリスティアさんが顔を上げて、僕を真剣なまなざしで見つめる。

シルヴァーナはまだ煙の中にあるようだ。

まなざしをそらせることができない。
急速にのどが乾いていく感覚。

「僕は、親父の背中を追っているんだ。」
「今は、しがない運び屋だけど、いずれは、グランドストリームに挑戦したいと思ってる。」

うまく説明できない自分がもどかしい。

「いつになるか分からないけど、挑戦するときには、アリスティアさんに手伝って欲しいなって。」

僕は何を言っているのだろう?。
アリスティアさんには、タチアナさんがいるのに・・・。

「そう。」
風でなびく結い髪に隠れたアリスティアさんの表情を知るすべがない。

薄なった煙を切り裂くように、シルヴァーナが悠然とその姿をあらわす。
艦尾が大きく開き、そこから閃光とともに幾筋もの煙線が吐き出され、ゴライアスを襲う。
悲鳴をあげるゴライアスの装甲。
盛大に煙を上げながら、ゴライアスは降下していく。

「あれでは、6ヶ月はドッグにくぎ付けね。」
アリスティアさんが冷ややかな一言を発する。

「さてと、そろそろ戻りましょう。」
包帯を巻いていない方の腕で、"うん"とのびをすると、僕の返事を待たずに、アリスティアさんが歩き出す。

慌てて追いかけようとすると、彼女が立ち止まり、こちらを振り向く。

「あなたのナビの件については、しばらく考えさせてね。前向きに検討するから。」
そう言いながら、ふふっと微笑んでくれた。

「あ・・、はい。よろしくお願いいたします。」
間の抜けた返事を返してしまう。

でも、アリスティアさんは満足そうに微笑んでくれた。





エレベータで会ったときと違い、アリスティアさんの足取りが軽やかに感じるのは嬉しいことだ。
アリスティアさんの後ろ姿を追いながら、しばし考えに浸る。
とんでもないお願いをしてしまった。
でも、アリスティアさんとグランドストリームを駆けことができたらどんなにかいいだろう。
問題は、ラヴィ。
言えないよな。
あんな事言ったのがばれたら、ぼこぼこにされるに違いない。
身の安全を確保するため、黙っていることに決定し、思考を終了する。
考えにかまけて、歩くことが後回しになっていたようだ。

少し開いてしまったアリスティアさんとの距離を縮めるため早足に切り替える。





すぐ後ろをクラウスが付いて来るのが分かる。
まさか、あんな誘いを受けるとは思いもよらなかった。
しかも、自分は大分その誘いに乗り気であるらしい。

しかし、自分にはタチアナがいる。
今の私は、彼女を必要としている。
彼女は、私を必要としているのだろうか。
彼女はナビは道具だと言い切った。

クラビスはナビを道具だとは思ってないだろう。
彼は私が必要だという。
彼は、今のナビとはどうするつもりなのだろうか。

結論を出すにはもう少し時間が必要ね。
彼も"今すぐ"とは言っていない。
そこで考えるのをやめる。
考え事をしていると早足になってしまったようだ。

少し遅れている彼を待つため、歩く速度を緩める。


第8話のみ見て、発作的に書いてみる。
資料無し。
きっと突込みどころ満載。
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