脇役の目次へ ホームへもどるスミに置けない脇役の伝説 第8回
かつてメル・ブルックスの映画が、世界中で一番滑稽で笑える映画だった頃、そこには極めてユニークなキ
ャラクターたちがいた。やぶにらみで、いつもトンチンカンなことばかりやっているマーティー・フェルドマ
ン。オスカー女優という栄光をかなぐり捨てて?サド・マゾの世界を体現したクロリス・リーチマン。エキ
セントリックで何をしでかすかわからないジーン・ワイルダー。ゼロ・モステル、ピーター・ボイル、ドム
・デルイーズ等巨漢たち。そして彼の映画のお下品な部分をしょって立っていたマデリーン・カーン。
メル・ブルックスに「私が今まで生きてきた中で出会った最も才能豊かな女性のひとり」と言わしめた、マ
デリーン・カーン。12月4日、その彼女が愛する夫に見守られ、卵巣ガンのため57歳の生涯を閉じた。 映画デビューはピーター・ボグダノヴィチ監督の『おかしなおかしな大追跡』。翌年の『ペーパー・ムーン』 のトリクシー・デライト役でオスカーにノミネートされ、以後彼女の役どころは、決定的になる。 「男の人からお金を貰うと、道の真中でもパンツを下ろす女なのよ」(『ペーパー・ムーン』より) ひとことで言えば、こんな役。しかし、決してそんな通り一辺の役ではない。 確かに子供の目には醜悪に映ったかもしれなかったが、ただ彼女は不況の犠牲者に過ぎない。生き残るために は何でもしなくてはならないという事情もある。マデリーン・カーンはこの役を演じるのに当たって、『欲望という名の 電車』のブランチを思い浮かべたという。ストリッパーをやりながらも、上品ぶろうとする女の姿。そうす れば、そうするほど、滑稽に見えてしまう。そんな哀しい女の姿をブランチと重ね合わせたのだった。それ が、このキャラクターを非凡なものにしている。 演技派である一方、彼女のセクシーで、でもどこか間が抜けていて、コケティッシュなキャラクターの部分にいち早 く目をつけ、彼女のコメディエンヌとしての素質を開花させたのが、メル・ブルックスだった。 『ブレージング・サドル』に始まり、以後『ヤング・フランケンシュタイン』『新サイコ』『珍説世界史パー ト1』メル・ブルックス・コメディには欠かせないキャラクターになっていく。 彼女は、いつでも「ツヨい」男にメロメロになってしまう。『ブレージング・サドル』の黒人保安官。『ヤン グ・フランケンシュタイン』の「すべてのパーツ」がビッグだったモンスター。 男もまた、猫のように見つめる大きな瞳と、彼女のあまーい誘惑の声に参ってしまう。 しかしながら、彼女と一晩を無事に過ごせる男は、フランケンシュタインのモンスターを除いて他にはいな いであろう。『ブレージング・サドル』の黒人保安官でさえ翌朝には、目の下に隈を作り、フラフラになる 始末だったのだから。 さもなければ、質プラス量。『珍説世界史パート1』では、ローマのお姫様役で、夜のベッドのお供をする 男たちを、「何人」も選び出す絶倫ぶり。下半身丸だしのローマ兵士たちを横一列に並べて「♪イエス、イ エス、イエス、ノー、ノー、ノー、イエース♪」小鳥のようにさえずり、男を物色する。 そう、彼女はメル・ブルックスにとって、かつてお色気で売った女優たちをパロディ化したキャラ クターなのかもしれない。 マデリーン・カーンは、またメル・ブルックス映画唯一の歌姫でもある。最近の彼の映画が彩りにいまひとつ 欠けているのは、歌を歌う人がいなくなったこともあるように思う。 彼女は女優であり、コメディエンヌであると同時に歌手でもある。あのエド・サリバン・ショウにも歌手 として出演している。舞台デビューは、ブロードウェイのリチャード・ロジャースのミュージカルで 、あのダニー・ケイとも競演。その後も舞台に立ち続け、ユダヤ人の主婦役でトニー賞にも輝 いている。残念ながら、日本では彼女のミュージカル女優としての仕事ぶりは見れないのだが、その片鱗は メル・ブルックスの一連の映画でも伺い知ることができる。例えば、『ヤング・フランケンシュタイ ン』で、モンスターに襲われ犯される時のあのオペラ調の美しいあえぎ声?「♪つーいに見つけたこの世の 天ごーくー♪つーいに知った神秘の世かーいー♪」 また、『ブレージング・サドル』の酒場での彼女の歌「アイム・タイヤード」。ディートリッヒそっくりの 衣装で、ディートリッヒ張りに歌った、この名曲。 ディートリッヒのあの気だるそうな歌い方で「本当に私疲れちゃったわ♪」って歌うその歌声のいいこと。 またその場面の可笑しいこと。「そっくりさんは本物より常に下品だからこそ笑える」という法則にもきっ ちり乗っ取った、最高のパロディーになっている。 マデリーン・カーンは、ロングアイランドのホフスタ大学で演劇の勉強をすると同時に、オペラ歌手のトレ ーニングをつんでいる。それゆえに出るあのオクターブの高い美しい声。また、物真似芸も単なる物真似で は終わっていないゆえんである。 彼女は、昨年の春以来、放射線治療など最先端の治療を受けながら、テレビの「ビル・コスビー・ショー」 に出演し続けた。髪の毛は抜け落ちかつらをつけていたが、誰にも気づかれないよう周囲にも気を配ってい た。しかし、秋に入っても病状は思わしくなく、そこで他の女性にも病気についての知識を知らせたいとい う意味もこめて、自分が卵巣ガンに冒され、ずっと治療をしてきたことを発表した。「私にはすでにつらい 自覚症状がありましたが、有効な検査を受けることによって、この病気は早期発見ができるものです。自覚 症状がおこる前に発見されれば、確実に病気に打ち勝つチャンスが増えるものです。そのことをすべての女 性に知ってもらいたい」と。なんと勇気のある行動。なんと気高い生き方であろうか。 確かに映画におけるマデリーン・カーンの役柄は、SEXのことばかりしか頭にないような女、大変下品な 女ばかりではあった。しかし、それにもかかわらずヘンないやらしさがなく、下品さの中にも上品さを漂わ せ、そして常に最高に可笑しかったのは、役柄に彼女のそんな真面目な生き方が、反映されていたからとい う気がしてならない。私はマデリーン・カーンこそが、20世紀で最高のコメディエンヌの脇役と思う。 彼女のなすことすべてが、本当に可笑しかった。こんな女優はもう現れないであろう。 その他の主な出演作品「名犬ウォン・トン・トン 」(76) 「続・名探偵登場」(78) 「シティ・ヒート」(84) 「殺人ゲームへの招待」(85) 「アメリカ物語」(声のみ)(86) 「ミスター・プレジデント」(87) 「ニクソン」(95) |
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