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スミに置けない脇役の伝説 第5回

甘き成功の罠は"サイコパス"だった
ブラッド・ダーリフ


ブラッド


「オスカーを受賞すれば、人生は上昇志向。ギャラもアップ!」 と一般的には言われている。オスカーにノミネートされただけでも、 その効果は絶大なものがあり、道は自ずと開けてくるはずである。 あの華やかな席が、ただ一度の栄光になってしまうなんて、 ハリウッドは厳しい世界である。

ブラッド・ダーリフの場合、そのただ一度の栄光が、映画デビュー作にして 早くも訪れてしまったから気の毒である。 その作品は『カッコーの巣の上で』。彼はこの作品で、ゴールデン・グローブ賞新人賞も 受賞している。

彼の役どころは、どもりの精神病患者。子供のころの母親による虐待が、 強いコンプレックスになっているようで、ルイーズ・フレッチャー扮する 看護婦長に「そんなことをすると、母親に言いつけますよ!」と言われ、 いつもビクビクしている。

こんな病院に入らないで、日常生活の中でコンプレックスを克服する 訓練でも受けた方が、よっぽどいいような気がするのだが、 彼自身が病院を出ることを怖がっている。 一見普通の若者に見えるのだが、ひとたび何か起こればたちまち 崩れ去っていきそうな、"砂上の楼閣"の危うさをも持ち合わせた こんな繊細な性格を、彼は新人とは思えぬ確かな演技力で魅せている。
この時25歳。ハイスクールを卒業後、すぐに演技の勉強を始め、 オフ・ブロードウェイで数々の舞台をこなしてきたというから、 新人とはいっても経験はたくさんあったわけである。

映画の終幕、そのコンプレックスを一時とはいえ克服したかに見えた彼は、 心ない看護婦長の一言で、もろくも崩れ去り、自殺を遂げてしまう。
それは、あまりに鮮烈で衝撃的なデビューであった。

ハリウッドでは、デビュー作が強烈すぎると、後が続かなくなることが しばしばある。オファーが次々と来るのではあるが、どれも同じような 役柄ばかり、といった事態になってしまうからである。
彼が'79年に出演した作品『Wise Blood』(未公開)は、宗教に取りつかれ、 錯乱する退役軍人の役であった。 この作品で彼は、いわゆるハリウッドの「タイピング・キャスト」の罠に 完全にはまり込んでしまったような気がする。
「サイコパスの役は、ブラッド・ダーリフにやらせよう!」 製作者の誰もが、頭の中にこう刷り込んでしまったにちがいない。

'84年、デビッド・リンチの『デューン 砂の惑星』に出演する。 (彼は、リンチに気に入られたようで、『ブルー・ベルベット』にもデニス・ホッパー の取り巻きとして出演している)
彼の役は、カイル・マクラクランの敵、ハルコネン男爵の腹心パイターだ。
いつも指をくわえ、考え込んだようにうつむいて話す。 部下に命令を下す時も、どことなく落ち着きがなく、冷酷な悪役とはちょっと趣の 違うユニークなキャラクターだった。
しかし、リンチ監督は彼にあまりにも冷たかった。 間抜けにも、毒ガスを顔に吹きかけられ、あっけなく死んでしまい、 出番は決して多くなかったのである。

ブラッド・ダーリフは、この作品をきっかけに、ホラー映画の世界へと 入り込んでいってしまう。 『チャイルド・プレイ』シリーズ。(なんとあのチャッキーの声!) 『エクソシスト3』('90年)『トラウマ 鮮血の叫び』('92年)などなど。 さすがに私は、すべてを観るわけにはいかなかったが、いづれも似たような サイコパスな役柄で、しかも小さな役であった。

一方、その合間に彼はひとつだけ、とてもいい仕事をしている。 ジーン・ハックマン主演の『ミシシッピー・バーニング』('88年)だ。 彼は南部の田舎町の警察官の役。子供のころから、黒人差別の心を叩き込まれ、 彼は警察官でありながら、仲間とKKKの活動をしている。 教養もなく、つまらない小心者の俗物で、ジーン・ハックマンにちょっと 脅されただけで小便を漏らしてしまう情けない奴であった。
しかし、彼にとっては黒人差別は当たり前のことであり、 彼自身が、その町では特に異常ということでもなく、ただその世界しか 知らなかったという、そのことに罪がある…そんな男の哀れささえ感じさせる 彼の演技は光っていた。

この作品を観るにつけ、ブラッド・ダーリフにはまだまだいろいろな可能性が あるのではないか。「サイコパス」だけが彼の持ち味だけではないはずだ、 と確信した。

事実、『ジャングル・フィーバー』('91年)では、主人公の勤める会社の 共同経営者ということで、ティム・ロビンスと組んでまるでコントをしているような かけあいをして笑わせてくれたし、また『ロンドン・キルズ・ミー』('91年) でもちょっと変わったレストランのオーナーといった役を演じ、 彼がコメディ的なキャラクターを持っていることをうかがわせた。

しかし、ハリウッドの現実は厳しく、あいも変わらず『薔薇の素顔』('94年) のように、精神病患者の役をやり続けているのは、誠に寂しい限りである。 しかし、日本で公開された彼の新作『エイリアン4』はなかなか良かった。 クローンを開発するレンの助手ケディマンの役だ。
助手というよりは、マッド・サイエンティストといったようなキャラクターで、 エイリアンをライオンでも扱うかのように、調教しようとする愚かさがけっこう笑えた。 本人はいたって本気で、「エイリアン」を愛しているような感じさえあり、 不気味ながらも愛敬があり、彼にとっては久々のヒットな役柄だった。 しかも終盤まで生き延びたのだから、私としては嬉しくなった。

彼の今後は、さらに「サイコパス」の世界を追求していくのか (ちなみに『ボディ・パーツ』でチェーンソー賞助演男優賞に輝いている) それとも第二の『カッコーの巣の上で』となる栄光ある映画で、 再び輝く日が来るのか、いずれにしてもまだ当分目が離せそうにない。

主な出演作品

「カッコーの巣の上で」('75)(CICビクター)
「天国の門」('86)(ワーナー・ホームビデオ)
「デューン 砂の惑星」('84)(コムストック)
「ミシシッピー・バーニング」('88)(ソニー・ピクチャーズ)
「チャイルド・プレイ」('88)(ワーナー・ホームビデオ)
「エクソシスト3」('90)(フォックス)
「ジャングル・フィーバー」('91)(CICビクター)
「薔薇の素顔」('94)(東北新社)
「告発」('95)(パイオニアLDC)
「エイリアン4」('97)
「チャイルド・プレイ」('98)

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