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スミに置けない脇役の伝説 第10回

「繋がらない会話、伝えられない気持ち」
スティーヴ・ブシェミ


ブシェミ


「その男の特徴は?」「ヘンな顔だった」「あなたはどう、他にはないの?」「ヤァ、ヘンな顔の男ねぇ」『ファーゴ』(96)の中で犯人を探す 女性警官の聞込みに対して、誰もがそう答える。その男がスティーヴ・醜シェミじゃなかったブシェミだ。

そりゃ、美男美女が揃ったハリウッド、彼のことを2枚目俳優とは申しません。けれど、これじゃあまりに可愛そうじゃないですか。上の 写真をゆっくりと御覧下さい。見ているうちにこの顔、味が出てきませんか。一見怖そうにも見えますが、どこか気弱で、寂しそうでもあ り、優しそうで、でも無責任そうでもある。一度観たら忘れられない個性があり、俳優の資質としては申し分のないものがあることは確か ですね。それに『ファーゴ』では、実は彼よりもウィリアム・H・メイシーのほうがよっぽど「ヘンな顔」に見えるのだけれど…。
初めて彼に気づいたの『ミラーズ・クロッシング(90)』だったので、もうかれこれ10数年の時が流れたけれど、最近で僕の一番のお気に入 りは『ゴースト・ワールド』(01)だ。彼の役はブルース・オタクの寂しい中年男。新聞に出会い系広告を出したりしている。それがたまたま運 悪く女子高生たちのいたずらに使われてしまう。指定のカフェに行ってみたところで、呼び出した張本人の彼女たちは遠くから彼を観察し 笑い転げているのだから、相手が現れるわけもない。ひとり寂しくミルク・セーキを飲むブシェミ。そのダサイ後姿が哀しく、また妙に可 笑しい。(そういや、『未来は今』(94)ではジュースとコーヒーしか出さない「アルコール禁止」のバーのバーテンダーをやっていたのを思い 出しました。)

さて、その女子高生、あまりにも彼の姿が奇妙だったので、もっとからかってやろうと、家までつけ歩く。その場は一旦チェックをしてお いて後日彼女たちが家を訪ねていってみると、彼はガレージ・セールを開いていた。ブルース・レコードのセール。彼は何かが他の人とは 違うと感じた主人公は、からかい半分ではあるけれど色々と音楽のことを訊ねてみる。

するとどうだろう。突然目が輝き出したブシェミ氏は、相手のことはお構いなしにベラベラと早口でしゃべりまくる。それに対して相手が ちょっとでも反応を示しただけで、今度は「自慢の一品」をわざわざ自分の部屋から持ち出す始末。同好の嗜に見せて嫉妬と羨望のまなざ しを受けるくらいすごいお宝も、もちろん興味のない人にはなんら価値がないもの。これは「限定生産」だったんだ。どこかで聞いた殺し 文句?で自己満足の世界にひとり浸る。

こんな調子だから、この歳までついに独身。女子高生に紹介してもらった女性とバーにせっかく行ってみても、演奏している音楽に、専門 的な言葉を使っていちいちイチャモンをつけずにはいられない哀しきオタクの習性はいかんともしがたい。女性の軽いノリにまるでついて 行けず、焦れば焦るほど、ベラベラと相手にお構いなしに音楽についての薀蓄をたれて最悪の結果を招いてしまった。

彼にはその後、女子高生に入れ揚げてしまったがために、さらなる悲劇が待ちうけるのだが、それにしても寂しい男の人生!僕は誰彼構わ ず、映画の話、しかも「脇役俳優の話」などをする愚か者ではさすがにないのだけれど、彼の気持ちはとてもわかるような気がする。若い 頃より映画を観始め、今だにそれを続け、ホーム・ページでこんなことを書いている自分。周りを見れば、自分の年代でそんなことをして いる人は、あまりに少ない。『ゴースト・ワールド』を上映していた劇場では、どうみても自分が一番最年長という有様だ。いつまでも若い つもりでいたけれど、ブシェミの気持が痛いほどわかる自分。僕も中年の域に入ってしまったのだなと、ふと気づいた。


話がちょっと横道にそれてしまった。
ここでちょっと彼の経歴を見てみよう。スティーヴ・ブシェミは1957年ニューヨーク・ブルックリンに生まれる。最初はコメディアン に憧れたようである。好きなコメディアンはジョージ・カーリン(『ビルとテッドの大冒険 』)とスティーブ・マーチン。「ジョニー・ カーソン・ショウ」に出演していたフレディ・プリンゼに憧れ、スタンダップ・コメディアンを目指す。彼にインスパイアされて、コメデ ィアンを目指す若者は非常に多く、自分もそのひとりに過ぎなかったと彼は述懐する。

20歳のとき、ブシェミは夜はスタンダップ・コメディアンとして舞台に立ち、昼は消防士という生活を始める。しかし、4年間のそんな 生活の後、マンハッタンへ移りアクターズ・スタジオに入り演劇の勉強をする。なぜ、コメディアン志望から演劇志望に変わったのか。 「20歳という年齢はあまりにも若過ぎた。それを続けるにはもっと多く人生経験が必要だったんだ。」「それと、本当のことを言うと、 スタンダップ・コメディアンというのは孤独だった。僕はその孤独に耐えられなかったんだ」
彼はそういう職業を選んだ割には非社交的な性格だったかもしれない。

その後はスタンダップ・コメディの世界で出会ったマーク・ブーン・ジュニアに誘われて、演劇の勉強と同時に彼は実験劇場の舞台にも立つ。もち ろん舞台といっても、クラブ、教会の地下、学校などをにわか作りで劇場に変えての上演だった。しかし彼にとってはこれが大きなチャン スを産んだ。この舞台の常連の客にはジム・ジャームッシュ監督(『ミステリー・トレイン』(89)に出演)、ビル・シャーウッド監督( 『Parting Glances』(86)に出演)などがいたのだ。彼の転機はどうやらこの辺りにあるようだ。

そして、コーエン兄弟と『ミラーズ・クロッシング』(90)のオーディションで出会う。「僕はこのキャラクターはものすごい速いスピードで おしゃべりをする。そしてそれが彼の致命傷となる。そう思ったんた。それで稽古を重ねて、彼らの前で演じて見せたのだけれど、彼らは 笑い転げたんだよ。僕は、その後この役のために何人もの俳優のオーディションを行ったことを知っていたよ。(それでダメだったと思っ たのだが)ところが1ヶ月後に彼らはまた僕を引き入れたんだ。ところがまた彼らは大笑いさ。それで言ったんだ。『いいね。そのまま 最高のスピードでしゃべり続けてくれ』」

「その後も彼らは、僕に色々な役を与え続けてくれた。重要度は低いものが多いけれどもね。でも彼らはいつも僕の演技を心から楽しん でいたんだ。カメラの脇で大笑いしてね。しばしばテイクの間笑いつづけているのを聴く事ができる思うよ。」


コーエン兄弟の映画でのスティーヴ・ブシェミは、確かに可笑しくてなぜかとても哀しい。
『ミラーズ・クロッシング』(90)の早口男ミンクにいったては、両方の敵を闘わせ漁夫の利を得ようなどと己知らずの行動に出た結果、最期は 顔に銃弾を受けた挙句森の中に捨てられ、末路は鳥のエサという有様であった。自分では利口に立ち回っているつもりだったのだろうが、 どう考えてもそうは見えない辺り、憐れさを通り越して、喜劇になってしまっていた。

『バートン・フィンク』(91)ではベル・ボーイのチェット。小さな役だが印象を残す。普通ホテルの従業員といえば落ち着きのある丁寧な対 応で宿泊客に安心感を与えるものだが、彼ときたら突然お客の前に現れて、早口で余計なお節介をする始末で、宿泊客たちを不安に陥れる。彼として は最高のサービスをするべく必死であることには違いないのであるが、そうすればそうするほど不自然さが出てしまい、かえって気味悪い印象 になってしまう。

「前払いで週25ドル50セント。チェック・アウトは正午ですが、長期滞在なら関係ありません。ご用は私に。チェット です。プライバシーは重んじ、靴磨きは無料サービス。私はチェットです。」あんな顔でこんな言葉を繰り返されたら誰だって逃げ出したく なるだろう。脚本執筆のため缶詰になり、逃げ出したくても逃げ出せない主人公バートン・フィンクは、彼によって余計に神経をすり減らされた ことは疑いようもない。

『ファーゴ』(96)は当時の彼としては大役だ。無口で冷酷な大男グリムスラッドとコンビを組んで誘拐を実行する。臆病者の彼は、相棒が何も しゃべらないのが不安で、ひとり早口でしゃべり続ける。相棒が4時間で口にしたのは、たったのひとことだけ。いくらしゃべり 続けても相手からは何の反応もない。「お前は素晴らしい話し相手だ。楽しくて涙が出る。変わってるやつだよ。退屈だから話をしようと しているのに、お前ときたら黙りこくっているだけだ。」

いくらしゃべり続けても相手にまったく通じないあせり。そしていつしかふたりの立場は対等から、主従の関係になっていく。当然と言え ば当然に思える成り行きである。「わかったよ。わかったよ。もうそうすりゃいいんだろう」こんな調子で死体の後始末などイヤな役回 りを受け持たされ続けた。

会話が成り立たない。気持ちが通じ合わないふたりの犯罪は、当然うまく行くはずもない。おまけに「妻の誘拐」を依頼してきたのは、 トンマなその夫ウィリアム・H・メイシーである。計画は破綻し続け、物語はとんでもない方向に転がっていく。単なる狂言に終わるはず のケチな犯罪計画が、当人たちの気持ちとは裏腹に凶悪な犯罪にと変貌していってしまうのだ。何たる人間たちの組み合わせであろうか。

憐れ…我らがスティーヴ・ブシェミは、結局相棒からは裏切られる。そして蹴られベルトで首を締められ、剥き出しの背中を撃たれ、斧で 殺され、挙句の果てはウッド・チョッパーで人間ミンチにされてしまう。ある意味映画史上に残る悲惨な死に方ではなかろうか。よりに よってあんな男とコンビを組むなんて…。


こうしてみると、スティーヴ・ブシェミはいつも早口でしゃべり続けているような印象がある。しかし、お調子者の軽いおしゃべりとは まったく違う。そんなときの彼の顔はとても神経質になる。どちらかといえば不安にかられてしゃべらずにはいられないといったおもむき がある。自分の臆病さを隠すためなのだろうか…。しかし、そのおしゃべりはいつも一方通行である。そして彼自身はそれがかえって自分の首を締めて いることに絶対に気づいていない。

こうなると、やっぱり彼の経歴が頭に思い浮かぶ。売れないスタンダップ・コメディアンをやっていたこと。舞台ににひとり立つ孤独と 恐怖にさいなまれ、「怖くて二度と舞台に立つまいと思った」ことなど。しゃべり続ければ続けるほど不安に駆られる彼の神経質な表情 は、もしかするとこの時の体験の再現なのかもしれない。

「繋がらない会話、伝えられない気持ち」…僕は彼の演技に勝手にそんなタイトルをつけてみた。

会話をしても、自分の周りに壁を作ってしまって、会話は繋がらない。そして気持ちが伝わらないから、ひとりぼっちになってしまう。その場に 溶け込もうとしても、違った空気を持ってしまう男。

何かを主張して、相手に銃を抜きかねない勢いで喧嘩をふっかけるのだが、そもそも彼が何に対して怒っているのかさえ相手にはわからない 。自分にとっては重大なことだけれど(チップを払う払わないということだった)、相手にとっては些細なこと、その相手の立場が見えない。そんな自分の殻に閉じこもった男。 (出世作『レザボアドッグス』(91)

いつも会話に遅れ、途中から割り込む。「肛門性交ってなんのことだよ。ウォルター」突然こんな調子なものだから「黙れ」と言われて 大抵仲間2人の会話に参加できない。ただボーリング・チームの頭数を揃えるということで仲間には入れられてはいるが、いつも無 視され続けられた。そんな仲間が唯一の友達という寂しい男。(『ビッグ・リボウスキ』(98)

ある意味オタクっぽく、冴えない、寂しい男というのをやらせたらブシェミはまさに一級品だ。
「ドライ・マティーニ」よりも「ミルク・セーキ」がはまってしまう男。彼はそんな輩だ。


最近では、彼は出演作も大変多く、その中には『アルマゲドン』(98)のような大作も含まれている。そして監督としてもデビューしすでに2本 映画を作っている。(『トゥリーズ・ラウンジ』(96)『アニマル・ファクトリー』(00))もはやインディーズ系の俳優ではなく、メジャーな俳優 としての地位は確立した。

ここに自作『トゥーリーズ・ラウンジ』をカンヌに出品したときの興味深いインタビュー記事がある。

「大きな予算の映画は、お金がかかる分、監督にはより多くのプレッシャーがかかるよね。よりたくさんの時間をかけ、よりたくさんのス タッフを使うけれど、プレッシャーは同じだよ。俳優としてそうした映画に出るとき、彼らと同じようなアプローチで臨んでいるよ。 僕が演じるのがどんな役か、それは重要じゃないんだ。どんな状況でも僕は100%の努力をしているよ。けれど時には長い待ち時間がある こともあるね。また、多分その役が自分にとってはチャレンジにはならなかったり、あるいは物語が面白くなかったりとかもね。それで 余計仕事のように感じてしまうこともある。」

「それに対してインディペンデント映画っていうのは、もっと家族的な作業で、人が仕事をしているって感じられるね。確かにお金はあま り産まないけれどもね。 でも僕たちははそういうのがとても好きなので、そうやって映画を作っているんだ」

こんなインタビュー記事を読むと、ハリウッド・メジャー映画に出演しながらも、映画の手作りの味というものに愛着を感じているスティ ーヴ・ブシェミの熱い気持ちが伝わってくるような気がする。どんなに有名になっても、彼は決して気取ることなどなく、地道に自分の世 界を演じ続けてくれるのではと確信できる頼もしい発言だ。


最後にそんな気取りのないスティーヴ・ブシェミの素敵なエピソードを紹介しよう。
世界貿易センタービルがテロリストに攻撃されてから三日後の9月14日のことだった。NYの人気DJハワード・スターンのラジオ番組に 世界貿易センタービルの現場で救助活動をしている消防士だと名乗る男性が電話をかけてきた。

「その日、私は懸命に瓦礫の山を掘り起こしていたんだ。それで手助けを求めて後ろを振り返ると、一人の男が手をさしのべてくれたんだ。そしたらビックリさ。それは古い消防服 に身を包んだスティーヴ・ブシェミだったんだよ」

先ほど取り上げたカンヌのインタビューでは、彼は他に「消防服をいまも部屋に取ってあるんだ」と語っていたのでおそらくそれがその消防 服なのだろうと思う。ブシェミは実は既に11日からずっと救助活動をしていたのだが、その日まで誰もそれが俳優のスティーヴ・ブシェミ だと気付かなかったということだった。

なんとも彼らしい!
さて、もう一度上の写真をご覧ください。今度はなんだか味が出てきたののではないでしょうか…。


その他の主な出演作品

『ニューヨーク・ストーリー』(89)
『イン・ザ・スープ』 (92)
『ライジング・サン』 (93)
『パルプ・フィクション』 (94)
『デスペラード』(95)
『コン・エアー』 (97)
『ウェディング・シンガー』 (98)
『Mr.ディーズ』 (02)


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