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特集 名画座よ永遠なれ!!

映画館は胸ときめきの場所

Byはしもと まさる

oscar


1.再開発と共に消えた映画館たち

自称本物の映画ファン(映画ファン歴18年)であると思っていた私も、映画館で映画を見る機会が歳と共に減ってきた。それと共に、昔のお気に入りの作品をビデオやレーザーディスクで観ることが多くなった。 スクリーンの大きい小さいは関係ない。チケットをにぎりしめ、期待に胸を膨らませて劇場に入る時の興奮も今では薄れてきてしまった。これは何がなんでも映画館でなくてはという作品が少なくなってきたこと、 (ただし、スピルバーグ作品は別)自分自身の感性が鈍くなった?こと、色々な理由があるのかもしれない。考えてみると寂しいことである。

私が映画館で映画を観ることに熱中していた時代、身近に様々な映画館があった。
時代は溯って1979年。私の中学生の頃だ。夏休み、仲の良い友人たちと「宇宙戦艦ヤマト」を観にいった私は、映画を観に行く事の喜びを初めて知り、興奮していた。その記念すべき劇場は、八王子東映。その映画館は、 神社の境内にあった。今思えばなんとのどかなロケーション。当時私は特に映画ファンというわけではなかったが、テレビで放映されていた「ヤマト」の大ファンであった。テレビでは実はこの劇場版の「ヤマトも すでに放映はされていたのではあるが、なんせテレビは必ずカットされている。それで「どうしても観たい!」っていうわけで一大決心。友人たちをさそって映画館初体験となったのであった。テレビの小さい画面とは 比較にならない迫力、宇宙の果てしない広がりを劇場にて初めて体験する事が出来、私はすっかりスクリーンの虜になってしまった。

この出来事をきっかけに私の映画ファン歴はスタートする。「立川中央」。青梅線立川駅北口にあった3館のひとつ、洋画専門館で、もっとも思い出深い映画館。私の地元の映画館にして、私の映画館ライフの原点がここにある。 映画ファンを長くやっている方なら誰にでもそんな思い出の映画館があるんじゃなかろうか。初めて自分でお金を払って学校の友達と観にいった「ナイル殺人事件」。あれは春うららか、ぽかぽかとした暖かい日、生まれて初めての デートで観た「ロッキーを越えて」。ほのかな甘い思い出...。高校で出会った映画友達と観にいったレッドフォードの「ブルベイカー」。今になってみると、都内の劇場と比べると、こじんまりとしているし、決してきれいではなかったが、 売店だってひけを取らないくらい充実していたし、私にとっては素敵な場所だった。(天井に緑のネットが張り巡らされていたのだけはよくわからないが)よく映画の記念にと、パンフレットを買って帰ったものだ。

そんな思い出の場所も、立川駅北口の再開発事業にともない、1992年8月31日をもって閉館し、取り壊された。何か自分の長年住んでいた住まいがなくなってしまったようで寂しかった。それから2年後の1994年、立川中央は「シネマ・シティ」 という映画館ビルに生まれ変わった。さっそく私も真新しいシートに身体を埋めてみた。しかし、音響効果や映写スクリーンは格段に素晴らしくなっているというのに、心にポッカリと穴があいたようで寂しさは募るばかりだった。

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