J/
ロンドンと地下鉄っていうのは、絶対に切り離しては考えられないほど、街に密着したものだから、こんな風に地下鉄を舞台にした映画が
今まであまりなかったことが、不思議なくらいだね。
B/
最近では『スライディング・ドア』かな。地下鉄に乗り遅れたことで、運命が変わるっていう具合に使われていたのが印象的なくらいかし
らね。
J/
ロンドンの地下鉄も今はずいぶん変わってきている。タイルを駅に合ったデザインに取り替えて、キレイにしてね。駅員のサービスもずい
ぶん良くなったし、日本みたいに乗り換え駅のアナウンスまでするようになってきた。それと名物だった駅の構内での音楽の演奏や物乞い
の姿もほとんど見なくなってしまったね。
B/
ウエスト・ミンスター駅なんかは、全面改装されて、近未来的な空間になって、変われば変わるものだと、びっくりしたものね。
J/
車両だって、サークル・ライン(東京でいう山手線のようなもの)は、とってもきれいな新車に変わっちゃった。
B/
この映画に出てくる地下鉄の駅っていうのは、そういう意味では、昔ながらの、まだ改装の手が及んでいない駅ばかりを選んでいるところ
が、ミソよね。製作者の視点が伺い知れる気がするわ。
J/
視点を一般庶民のところに常に置いている気がするね。だから経済新聞を片手に地下鉄に乗りこむ典型的な、エグゼクティブ・タイプのビ
ジネスマンが、いじめられている。パンツを降ろしてもエラソうなこと言えるか(笑)みたいなね。そんないじめられ方をしている。
B/
まあ(笑)お下品だけれど、そんな感じなのよね。ツンっとすましてたって、人間みんないっしょじゃないのみたいにね。
J/
それでこの映画は導入部分が小気味良くって、実にうまいね。地下鉄に乗っていると、突然アナウンスが入って「車両点検のため、これか
らこの車両は車庫に入ります」なんて、こんなことが実際しょっちゅうある。何回かロンドンには行っているけれど、毎回そういう場面に
ぶつかっているから、よほど頻繁なんだと思う。それを活かしたエピソードから入るというので、もうすっかりこの映画にノレてしまったよ。
B/
だいぶデフォルメはされているけれど、地下鉄の風景っていうのは、よく描かれていたわね。丁度あんな按配でさまざまな人種の、色々な
年齢層の人が乗っているしね。ちゃんと日本人の旅行者も写っている。それも昔よくあった典型としてではなくて、実際よく見かけるタイ
プの旅行者なのね。
J/
2,3人で若い女の子が肩からお買い物のバッグを下げているっていうね。手には「地球の歩き方」、結構小奇麗で、一見旅行慣れもして
いるみたいなね。この映画は、ドキュメンタリーではないから、とってもよく観察されていると思うよ。感心しちゃった。
B/
全部で挿話が9つもあるから、出来不出来っていうのは、もちろんあるのだけれど、それぞれがとても個性的で、飽きることはなかったわ
ね。
J/
後でプログラムを見てみると、ああなるほど、これは年配の人が作った映画だからなのかとか、ユアン・マクレガーはやっぱり若々しくっ
て、でも毒がない素直なものを作ってるねとか、結構納得させられたりするんだよね。
B/
観終わって面白いのは、9つの作品の中でどれが面白かったって人に聞いてみることなの。そうすると、「私が好きなのは最初のミスター
・クールだわ」っていう人がいたり、「私はジュード・ロウのがいいわ」って人がいたり、そんな人の個性が見事に出てくるわよ。
J/
ちなみに、Bettyは何が好きだった?
B/
私は、地下鉄で迷子になった子供の話が、とてもファンタスティックで良かった。今イギリスでは、頻繁に子供の誘拐事件が起きていて、
ニュースをにぎわせているじゃない。そんな社会事情も取りいれて、なおかつそれをファンタジーにしたところがとっても良かったの。
J/
レイチェル・ワイズのお母さんが、子供とはぐれて狂ったように騒ぐのも、そんな社会事情があるからなんだね。
B/
フラフープが、子供を間違いのない方向に導くかのように、地下鉄の狭い通路をまるで意志でも持ったかのように、転がっていくシーンの
美しいこと。アルベール・モラリスの『赤い風船』に共通するようなファンタジーがあるのよね。それを子供の視線でもって追っていく。
途中通り過ぎる大人の怖いこと。誰もいなかった通路のむこうから、突然、いっせいに大人たちが、歩いてくるその中にフラフープが吸い
込まれていくシーン、何ともいえない感覚があるのよね。
J/
ブラック・ユーモアいっぱいの作品とか、ちょっと怖い作品の中にポコンっと入っているから、ちよっとホッとするようなところもあるん
だね。
B/
ちなみにじゃ、あなたはどの作品が良かったの。
J/
僕はねー、そうだなぁ、ボブ・ホスキンスが監督した作品なんかとっても良かったなぁ。とっても彼らしさが出ていたと思うよ。
B/
ちょっと怖いところもあるけれどね。壁を見つめてブツブツ言っている、キレちゃった熟年の男の人が出てきたりしてね。
J/
丁度『ひかりのまち』の父親と息子の関係みたいなんだよね。離婚しちゃって、月に1回だか、2回、息子に会うことが許されたお父っ
ぁんの話し。たまなものだから、どうしていいかわからないようなところがあって、煙草をひたすら吸いまくって歩いている。子供が嬉し
くって、公園に寄り道しても、次の煙草に火をつけながら、歩いている。そんなところにこの人の気持ちがとってもよく出ている感じが
したな。
B/
きっといつもの道のりではあるのだろうけれどもね。子供を改札を通さないで、裏から入れるところなんか手馴れたものよ。
J/
一見『ひかりのまち』みたいに親子関係がうまくいっていないのかなって感じはするのだけれど、でも、事が起きた時に、子供に本当の
父親らしい優しさを見せるんだよね。それが嬉しかった。あんな時の父親ほど頼もしいもんはないと思うよ。母親とはまた違った、父親ら
しさがにじみ出ていたものね。中年の悲哀、アウトローの悲哀を演じさせれば一級品のボブ・ホスキンスらしい味が、この作品にはあった
と思うね。人生の味を感じる唯一の作品だったね。
B/
この映画の主役は地下鉄なのよね。まずはロンドンの地下鉄の空気をかいでみる。そうすると、さまざまな人がすれ違い、そこに色々な
ドラマがある。そこから社会が見えてくる。日本でいうところの「ぴあ」のような雑誌、「タイム・アウト」でストーリーを募集して、そ
れを元に肉付けをしていったとか。あくまでも庶民の視点から、地下から社会を見てみたらなんていうそういう発想でやっている。こ
の映画は、なんといっても企画の勝利だと思うわよ。
J/
そうかもしれないね。もうひとつ言えば、地下鉄以外のつながり以外にもうひとつ何か一本の線でつながるものがあると、さらに良かった
のかもしれないけれどね。
B/
それはどういうこと?
J/
例えば、ひとりの太った紳士、何事にも動じない男が物語のどこかに必ずワン・シーン出ているみたいなね。理想はヒッチコックみたいな
人。2,3挿話観ているうちに、オヤッ、またあの人が電車に乗っているというのが判ってくる。目立たないので物語のジャマにはならな
いのだけれど、そこにいると「またいた」みたいに嬉しくなってくるような男がいると面白かったように思う。
B/
最後の挿話で、男が誰かと再開して喜んでいるシーンがさりげなく写るということね。それまで無表情だった男の人がニコニコしている。
ああ、なんだか彼にとってはよかったんだなぁみたいなね。
J/
そうすると、最後の挿話が、また別の感慨が生まれて、もっと生きてくるような気がするんだよな。ちょっと物足りない部分が埋められる
んじゃないかな。僕ならそこまでやるな。
B/
なるほどね。それもまた一興。でも英国らしいブラック・ユーモアも冴えていて、まさにイギリスを感じさせる映画なのよね。そんなわけ
で、この映画を観たら、またロンドンに行きたくなってきちゃったなぁ…。
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