J/
まず、この映画はなんといっても、ピーター・フォンダとテレンス・スタンプの顔合わせが嬉しいね。
B/
60年代イギリスの寵児となったテレンス・スタンプと、69年に『イージー・ライダー』で一躍時代の顔になったピーター・フォンダ。
J/
このふたりの映画的記憶が詰め込まれているのが、映画ファンには応えられない。
B/
この映画のタッチは大変変わっているわね。冒頭は、いくつかのシーンが、細切れのショットで交叉していくわね。ホテルで封筒から取り
出した娘の死亡記事を読むテレンス・スタンプのカット。飛行機のシートで物思いにふけるカット。タクシーに乗っているカット。誰かの
家の門をたたくカット。一瞬何が始まっているのだろうととまどったわね。
J/
しばらくすると、その断片が頭の中で組み立てられてきて、はーんと思う。これはあたかも記憶の断片のようなものなんだと。
B/
刑務所に入っている間に、娘が単身イギリスからアメリカに渡り、何かの事件に巻き込まれたらしい。彼は、何があったかを確かめ、場合
によっては、復讐をしようとしてアメリカに来たのだと。
J/
その後も、人の思考の流れをそのまま映像にしたかのような、ショットが続いていくね。アメリカで訪ねた娘の知人と会話するシーン。
会話はずっと流れているのに、ある時は、その人の居間で。車の中で。あるいは、玄関口で。自由に場所が移り変わり、印象的な表情だけ
がつなぎあわされていくような感じ。それが人の頭の中を覗きこんでいるようなんだ。
B/
もちろん普通に物語が流れていくシーンもあるのだけれど、その中にも主人公の主観的にショットが入って来たりするのが面白いわね。
例えば、人を殺したいと思っている時は、彼が思い描いたシーンが、そのまま現実の時間の流れと同じ時系列でいきなり入り込んでくる。
J/
それでひとつひとつのショットが、少しずつ時間を進めて何回も入ってくるのだけれど、それぞれ大変に丁寧に撮られていて、とても美
しくて印象に残るね。スタイリッシュでとても乾いたタッチ。
B/
最初に映画的記憶が詰め込まれているってあなたが言っていたけれど、この映画自体が、人の過去の記憶にまつわる話しになっているの
よね。この映画の事件そのものが、実は映画の冒頭では過去の話しになっているから、こんな変わったスタイルになっているのね。飛行機
に乗っているシーンは、実はこれからアメリカに向かうところではなくて、イギリスに帰国するところなのよ。
J/
自分の娘がまだ子供だった頃のあどけない姿。その頃の生活。銀行に強盗に入るなど前科を重ね、娘に「もうこんなことをしたら、私が
警察に電話するわよ」と言われ、実際にそうなってしまった過去の悔恨など、そうした記憶の断片も繰り返し出てきているね。
B/
この映画のユニークなところは、その過去のシーンがすべてテレンス・スタンプの60年代の作品『夜空に星のあるように』がそのまま
挿入されているところ。例えば『エネミー・オブ・アメリカ』でジーン・ハックマンの若い頃の写真が『カンバーセーション盗聴』のもの
だったりみたいに、本当に一部分として使われたことはあるにはあったけれど、こんな風にそのまんま過去の映画のシーンがストーリーの
一部として使われたのは、映画史上初の試みじゃないかしらね。
J/
なんか重みがあるんだよね。若い頃の美しかったテレンス・スタンプと、すっかり年齢を重ね、顔に皺を刻みつけたテレンス・スタンプが
交互に現れてくると。映画が、そこに見えているもの以上に膨らみをもってくるんだ。時の重みね。主人公の娘への思いまでもが、とても
リアルに見えてくるから不思議だねぇ。
B/
彼の娘への心の傷みが、深く伝わってくるのね。そこまで見えてくると、この映画の変わったスタイルが、奇をてらったというよりは、
とても意味があることが、わかってくるわね。
J/
一方ピーター・フォンダのほうも確実に彼の過去を引きづった形で登場してくるのが、いいね。まさにかつて『イージー・ライダー』で
ヒッピーをやり、70年代にはスターになったのだけれども、その後はパッとせず、モンタナの山の中の豪邸に引きこもりハリー・ディー
ン・スタントンら仲間たちと、ドラッグをやったりしていたという過去にそのままオーヴァー・ラップするような役で。「68年が最高に
いい年だった」ってうセリフがいいね。まさに『イージー・ライダー』を製作していた年だものね。
B/
やっぱりオープン・カーで風に髪をなびかせながら、疾走しているシーンを観ると、『イージー・ライダー』でバイクで疾走していた頃の
彼とオーヴァー・ラップしてしまうわね。多少後頭部がお寂しくなっていたけれど(笑)、お付きの者がいても、自分で車は運転している
ところが、彼らしくていい。
J/
スポーツ・カーに乗ったり、女の子をくどいたりすること以外は、あんまり自分でできることはなくて、結局逃げ回っているだけなんだ
けれど、カッコ悪いということもない。ピーター・フォンダっていうのは、やっぱりスターの華やかさがあるんだね。それが音楽プロデ
ューサーという役柄にはまっていたな。
B/
でも、やっぱり何といってもテレンス・スタンプがカッコいいわね。娘の足跡を探して、単身麻薬シンジケートの下部組織を訪ねるシーン。
相手にされずも食い下がり、ボコボコに殴られて外に放っぽり投げられて、どうするのかと思いきや、拳銃を携え、また中に引き返し、全
員皆殺しにしてきてしまう。表情ひとつ変えずに、表に出てくるそのカッコ良さ。
J/
これぞハード・ボイルドだよね。
B/
娘の友人だったテレビ女優のアン・ウォーレンとも話しをして、いっしょに食事をしている間にとっても素敵な関係が芽生えてくるのだけ
れど、でもそれ以上は深くなっていかないところなんかもいまどきの映画と違って素敵だし。
J/
友情にしてもベタベタしてないんだよね。ますますもってハード・ボイルドの世界。スタイリッシュな映像とマッチして、実にカッコいい。
B/
それだけにいっそう過去の陰や、娘への思いの部分が際立ってきてるわよね。悪なんだけれども、強烈な父性を感じてしまう。すべての勇
敢な行動が、娘への思いからきているからこそ、なおさらカッコいい。
J/
ストーリーもシンプルだけれど、「娘はなぜ死んだのか」という謎が最後の最後まで引っ張られていくから、引き込まれるよね。
B/
ピーター・フォンダとテレンス・スタンプとの間の関係はまるで娘を取られた父親と、奪った娘の恋人のような関係のようでもあるのだけ
れど、その糸がどういう風に絡まってくるのか。実は伏線もちゃんと貼ってあるのだけれど、最後まで興味はつきないわね。
J/
新しいタッチのハード・ボイルドと言ってもいい作品なのだけれど、60年代後半というひとつの時代を引きずっている点がまたユニーク
で、僕にとっては久々に刺激的な映画だったな。実は監督と僕とは同年代だったりするんだよね。実は60年代後半から70年代前半って
いうのは、時代を実体験してないんだよね。後からテレビとかで知っただけなんだ。だからこれは郷愁といったのともまた違うんだな。
というより、その時代への憧れみたいな気持ちも入っていると思う。実はそれが、この映画の鍵だったりするんだよ。
B/
しかし、ソダーバーグ監督っていうのは器用な監督よね。『エリン・ブロコビッチ』のような作品を作るかと思えば、この映画でしょう。
むしろこの作品こそが彼の本当にやりたいことなのかもしれないけれど、『エリン・ブロコビッチ』のようなエンターテインメントもで
きるからこそこういった作品もできるのかもしれない。逆説だけれど。
J/
ハリウッドでは、ユニークな存在だよね。これからもとても楽しみな人。同世代ということでも応援したい監督さん。
B/
変わったスタイルなんで、いまひとつ入りにくい人もいるかもしれないけれど、ぜひぜひたくさんの人に観に行ってもらいたい映画なのね。
でも映画館、いまのところ、イマイチ入りが良くないのよー。誰か観に行ってー(笑)
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