J/
『ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ』これは別にディズニーの映画とは関係ないんです。(笑)音楽ドキュ
メンタリー。その昔、キューバの首都ハバナにあった社交場。そこで夜毎キューバ音楽が演奏されていた。
それで今老人たちになった彼ら、70から90歳になる彼らが再び集まって「ブエナ・ビスタ・ソシアル・
クラブ」ってアルバムを作った。評判になって、アメリカのカーネギー・ホールにも招待された。それをそ
のままタイトルにしたんだね。
B/
映画は、昔あったその社交場を探すところから始まって、次に彼らを訪ね歩き、再び彼らが集まってアル
バムを作るところ、カーネギー・ホールでのコンサートと、彼らを追っていく。監督のヴィム・ヴェンダー
スは、完全に傍観者の側に回って、表に出てくることはないのね。
J/
そうだね。この映画は、インタビュアーが表に出てくることは決してないんだね。彼らが好き勝手に話をして
いる、そんな感じなんだ。ちょっと普通のドキュメンタリーの形式とは違うよね。
B/
ナレーターの声とかも一切入らないのよね。
J/
映画の形式自体もまるで、音楽のような構成になってるんだよ。例えば、ジャズのライブみたいに最初に全
体でメロディー・ラインが奏でられ、それから個々の楽器のソロがあって、最後にまた全体で盛り上げてい
って演奏を終わる。そんな構成になっているんだな。
B/
最初のほうで、コンサートのフィルムが流され、その後は、個々の楽器のソロのように楽器と共にメンバー
の紹介がされて、最後に「カーネギー・ホール」での感動の演奏で締められるみたいなところがね。
J/
僕はキューバ音楽に接したのはこれが初めてなのだけれどが、これがジャズ・バンドみたいな演奏形式にな
っているんで、それで映画の構成、リズムとも合致していたのに感心した。
B/
キューバ音楽は、ラテン系音楽特有の明るさがあり、とても元気が出てきそう。「俺のハートに火がつ
いた。今にも燃え出しそうだ」「それ、大変だ。消防車を呼べー」こんな掛け合いが永遠続いたりね。
とにかく楽しい。
J/
そうだな。単純だからこそ、日々の苦労を忘れさせる。日々の生活が苦しいからこそ、陽気に楽しみたい。
そんな人々の心が伝わってくるようだよね。
B/
私もキューバ音楽は初体験派なんだけれど、見たことがない楽器や、独特のリズムがとても新鮮だったの。
それで各人のソロで演奏をみせてくれるのも嬉しいわね。この楽器の音色は、こんなで、こんな演奏のされ
方をして、それがあの独特のアンサンブルを生み出すのかって。初心者にとっては、とても入りやすいのよ。
古いアラビアの楽器などという変わったものまであったわよね。
J/
ある者は、自宅の中庭みたいなところで、ある者は、体育館の中で、ある者は、海に面した家のバルコニー
で演奏するのだけれど、映像も素敵だったよね。体育館では、ピアノの美しい音色が響く中で、少女たちが
平均台とか、床運動の練習をしていてね。
B/
そして各人が、演奏したはがりの楽器を前に、その楽器との出会いや演奏についての思い出話を、さっきも
言ったけれど、インタビューというよりは、勝手気ままな形で語っていくのね。「わしは、他の楽器をやろ
うかとも思ったけれど、じいさんのいいつけで、結局ベーシストになったのさ」「君は天才ピアニストだ
って言われたんだよ。それが始まりさ」「俺は90になるけど、もうひとり子供が欲しいんだ」なんて。
J/
キューバといえば、今日に至るまでに革命とか、色々な試練の歴史があり、彼らも様々な困難を潜り抜けて
きたことは、容易に想像できる。けれども、映画ではそういったことはあまり語られていないよね。
B/
「ピアノを演奏することに無力感を感じ、止めてしまっていた」(実際は止めてたわけではなかったようです
が)せいぜいこんなひとことだけなのね。重いひとことだけれど。あるいは所々に、キューバの街を静かに映
す場面もあって、それがちょっと想像をかき立てるようになっているのね。
J/
後は、彼らのゆったりとした語りと、その顔に刻まれた深い皺がすべてを語ってくれるよね。
B/
それで、ますます音楽に込められたものの深さがわかるような気がするの。それぞれの人生と楽器の音色が、
相乗効果を産み、ハーモニーを奏でているかのような感じもするわね。
J/
ふたりの老人が、ドミノ・ゲームに興じているシーンがあるんだけれど、ふたりの顔ややりとりとかを見て
いると、まるで老人ホームのおじいさんのように見える。でもひとたび彼らがマイクを握り、楽器を手にし
た途端、若々しさがみなぎってきて、その変わりようには大変驚いたな。
B/
人間老けるのは年齢ではないのだなというのを痛感するわね。気持ちが老けさせるのね。それにしても自分
の好きな音楽で人をあんなにも喜ばせる彼らの人生は本当に素晴らしい!
J/
人々の血を沸き立たせる力が、この老人たちのいったいどこに潜んでいるのだろうと思うね。
B/
秘密は、ニューヨークにあり(笑)ニューヨークに行った彼らが、観光をするシーンがあるわよね。おそらく
ヴェンダース監督が案内をしているところもあると思うのだけれど。
J/
あっ、やっぱりそう思った。
B/
彼らがアメリカの有名人たち、モンローやルイ・アームストロングらのデフォルメされた人形が置かれたシ
ョー・ウインドウをしばらく眺めるのが、無邪気で面白いの。「知らんねぇ。誰なんだろうね一体」
J/
アメリカの文化だけが世界のすべてではないって言っているみたいな感じもするよね。
B/
「俺はこの人は知っているよ」「ルイ・アームストロングだ。彼の演奏は本当にすごいんだ。知らない?聴か
せてやりたいねぇ。彼は本当に天才だよ」なんか音楽のジャンルを超えた、ふたりの天才的なミュージシャ
ンたちを、こういう形で出会合わせるとは、何とも心憎いとは思わない(笑)。
J/
ちょっと感動的でさえあるよね。ある人は、ブロードウェイを一人で歩いていたね。それで言うことが奮っ
ているね。「素晴らしいね。この街を見てみなよ。実に刺激的だね。俺はここにずっと住んでみたいね。今
からでも英語を習って。」
B/
これが、90に近い人の言葉とは、とても思えないわよね。この年齢で、この感覚。素晴らしいわね。冥土
のみやげになるなんてことを言う人はホントひとりもいないのね。
J/
歳をとっても前を見ている姿勢、そこから彼らの音楽的なエネルギーが出てきているんだろうな。人間って素
晴らしいなと思うね。だからできることなら、あんな風に歳をとりたいものだね。
B/
この映画は、ただ単に音楽のドキュメンタリーといったものではなく、結局人間賛歌になっていると思うの
よね。最後のカーネギー・ホールでの鳴り止まない拍手は、それらをも含めた拍手という気がしてくるの。
彼らの生き方へのね。
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