J/
僕は、ジム・ジャームッシュの映画は、いいとは思うのだけれど、いまひとつピタッとくるものがなかった
のだけれど、この作品『ゴースト・ドッグ』はちょっとはまってしまった。
B/
威圧感があるほどの巨漢なのに顔は見るからに善人なフォレスト・ウィテカー。それとだまっているだけで
怖い、泣く子もだまる70年代の代表的悪役、ヘンリー・シルヴァ。この組み合わせが面白いわね。
J/
悪役のマフィアたちが、なぜかみんな年寄りなんだよな。あのヘンリー・シルヴァももう70歳なんだね。
ただ彼らには、悪人なりの美学みたいなものがあるんだな。
B/
なんか時代遅れの人たちで、それで取り残されちゃったみたいな感じなのね。裏切り者を容赦なく殺すとこ
ろとかやっていることはいっちょまえなのだけれど、家賃滞納で大家に事務所を追い出されそうになってス
ゴんでみるのがやっとみたいな情けない現実もあったりするのね。
J/
彼らのアジトでの掛け合いがすごくおかしいね。「最近の黒人は、自分のことをヘンな名前でよんでいる。」
「ゴースト・ドッグ…」「インディアンもいっしょだな。赤い雲。走る馬…」
すると大声を出す耳の遠い長老が、「ニガーもインディアンも同じじゃ」
B/
そのあと「それじゃ、うちのサミー・ザ・スネイクをここに呼べ」なんて会話がはいって。なんのことはな
い。マフィアもいっしょじゃないの。笑っちゃったわね。(笑)
J/
なんかのんびりとしていてね。このへんはいつものジム・ジャームッシュらしいユーモアの感覚だな。僕は
あの長老がとぼけた味を出していて好きだった。なんか生きている化石みたいな人で。よくああいう顔の俳
優を探してくると思うよ。ところで化石といえばベティさんの好み…(笑)
B/
でもこの化石は、断じて私の好みじゃないわよ。同じ化石でも、『ミラーズ・クロッシング』のアルバート
・フィニーおじさんみたいな紳士っぽい人じゃないと。年とってりゃ何でもいいというわけじゃないわよ。
J/
僕は、この映画の雰囲気がとっても好きだね。ゴースト・ドッグが殺しをしにいく場面。背中に家紋みたい
なシンボル、これは「葉隠」の本に出ているものなのだけれど、そんなのがついたパーカーを着て、暗い夜
道を一人で歩いていく。
B/
要するにこの男は、サムライの精神を背負って生きているということなのね。
J/
そうそう。それで夜道を歩いていると、月が出ている。ちょっと立ち止まって月を眺めるゴースト・ドッグ
のミディアム・ショット。いいね。彼が画面の左から右手の方に歩いていくと、彼の陰で見えなかった墓地
がパッと画面に入ってくる。もうこんなシーンを見るとゾクゾクしてきてしまう。なんていうの。死を覚悟
して、仕事におもむく、孤独な一匹狼みたいでね。月と墓地とひとりの男。ウーム。
B/
ある時は、お墓。ある時は、彼の分身みたいな無表情な黒い犬が必ずチラッと映るのね。
J/
それと僕はこの映画を観ていて、アラン・ドロンの『サムライ』を思いだしてしまった。絶対監督の頭の中
にあの映画があると思うよ。いつも車を盗んで乗っていくところなんか同じだもの。ただ当時のアラン・ド
ロンは手にいっぱい合鍵の束を持っていて、それをひとつずつ鍵穴に差しこんでいたけれど、さすがは現代。
リモコンみたいな特殊な道具でキイーをかけていたところが面白かった。
B/
そういえば、あの映画のタイトルの『サムライ』(ちなみにフランス語の原題もル・サムライなのです)も、
死地に赴く一匹狼の殺し屋の心情を例えたものだということだわね。
J/
あの60年代の終わりから70年代の初めにかけてよく作られていた、フィルム・ノワールのファン、彼ら
オールド・ファンにとっては、懐かしくってたまらないんじゃないかな。
B/
こんな風に話してくると、なんだか男性がいかにも喜びそうな映画で、女性にはつまらないと思われちゃう
かもしれないけれど、決してそんなことはないわよね。ていうのは、この映画は、フィルム・ノワールの形
を取っているけれど、コミュニケーションについての映画って側面もあるからね。
J/
そうだね。ゴースト・ドッグの親友っていうのが、フランス語しか話せないハイチ人で、もちろん彼のほう
も英語しか話せなくて、まるで会話が出来ないのだけれど、フランス語の訳を見ると、ちゃんと会話が噛み
合っているのが可笑しい。
B/
ゴースト・ドッグが「ちょっと大きいけれどハイチ人の仕立て屋に直してもらえば、きっと似合うよ」って
言うと、ハイチの友人のほうもフランス語で「こんなにいいものをくれるのかい。そうだなハイチ人の仕立
て屋に直してもらおう」なんて具合にね。
J/
言葉が通じなくったって、気持ちは通じる!
B/
普段は寡黙な彼が、一番よく話しをする相手が、実は言葉が全く理解できないというところがいいのよね。
J/
この映画では、身振り、表情、五感を働かせてコミュニケーションを交わしているだけでなく、時には一冊
の本を共有することによって、気持ちを通わせていたりっていうこともあるね。
B/
インターネットなんかをやっていると、特に思うことなんだけれど、言葉っていうのは、一番気持ちを伝え
られる手段であるようでいて、実はそうでないこともある。時に一人歩きをしてしまうことがあって、相手
がこちらの意図とまったく逆にとってしまうことだってありうるのよね。
J/
言葉は記号なんだよね。だから、受け取り手によって違った意味に捉えられるものなんだよな。
B/
人と気持ちを通じあわせるのに人っていうのは、その人の表情や、ふとした優しい行動、その他様々な感覚
を駆使しているものなのね。そういう意味では、この映画の言葉が通じないっていうのは究極的なものかも
しれないわね。
J/
ゴースト・ドッグが主人として敬うマフィアのメンバーの男はもちろんのこと、ある意味ではマフィアの親
分ヘンリー・シルヴァとさえも、昔気質ということで繋がりがあったりするんだね。
B/
ラストのクライマックスだって言葉がなくったって、相手の行動や気持ちがきちっとわかりあえているから、
ただの殺しにはならない。だから静かな穏やかさがあるのね。
J/
そういった精神が、若い子供に受け継がれていくというのも、嬉しかったな。
B/
今、『マトリックス』みたいな渇いた映画が全盛の時代だからこそ、この映画の精神も、映画のラストと同
じように21世紀へと受け継がれていってほしいなと、思うのよ。
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