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第63回「アイズ・ワイド・シャット」

CASTジャック&ベティ

ポスター 監督…スタンリー・キューブリック
脚本…スタンリー・キューブリック、フレデリック・ラファエル
撮影…ラリー・スミスキャスト…トム・クルーズ、ニコール・キッドマン、シドニー・ポラック他…



1999年ワーナーブラザース/上映時間2時間39分

ジャックの評価 /ベティの評価

…金かえせ!! / …いまひとつ
…まあまあ/ …オススメ
…大満足!!観なきゃソンソン

はじめに…
スタンリー・キューブリック監督は、常々人間の本質にせまる映画を、色々な角度から、 壮大な時代背景を舞台に、また近未来を舞台に、はたまたオカルトの姿を借りたり、 人があっと驚くような姿、スタイルでもって描きつづけてきました。
そんな彼が、自分の最後の作品を、このような日常の中の、 どちらかというと「平凡」な世界に求めたということが、思えば面白いです。 行きつくところは、ここだったのか…と。そして、彼はそのことを静かに私たちに語りかけます。
この映画は、とても一言では語れません。 そして客観的な分析や理論では、なかなか伝えることがてきません。 ということで、あえて今回はそれらを一切排除し、私たちの感じたままを書いてみました。
少し長いですが、キューブリックが最後に取り組んだ遺作『アイズ・ワイド・シャット』の 世界を、みなさまと共に楽しめたら幸いです。
なお、今回は都合上、ラストについても触れておりますので、未見の方は映画をご覧になってから読まれる ことをお勧めします。
序章、女性の性(サガ)…
ビル(トム・クルーズ)が招待主のジーグラー(シドニー・ポラック)に呼ばれて二階に上がるとき、 階下にブロンズ像がちらっとですが、写ります。
天使が全裸の女性を誘惑している像です。ビルが階段を昇って呼ばれた部屋に入ると、 パッと画面に今度は横たわる妊婦の絵が写るのです。 するとそこには、ドラッグとアルコールを同時にやって気を失った全裸の女性が横たわっています。

B/ この映画が女の性(サガ)についての映画だってことは、このクリスマスのパーティーの会場の 一連のシーンでずくにわかったわね。

J/ この映画には全編を通じて、実に色々な女性がでてくるね。
アリス(ニコール・キッドマン)の良妻賢母型(ビルが街をさまよっている間に 映し出された彼女を思い出してください)から始まって、政治家やハリウッドのスター、経済界の大物相手の 高級娼婦、貧しい病気もちの娼婦、父の死を嘆き、婚約者がいるというのに、その時の激情で医者に愛を告 白する浅薄な女、父の言いなりの少女娼婦、カフェの飾り気のない女(隣のバーのピアノ弾きのホテルをしっ かりとチェックしています)、ビルを二人でベッドへと誘いこもうとするニューヨークのモデル。

B/ ちよっと、淀川さんの話しに良く出てくる『ウーマン』っていう映画を思い出したわ。
「富豪の女」「貧し い女」「遊びにふける女」「労働にはげむ女」それこそ「アダムとイヴ」の時代から女の本質に迫ろうとし たサイレント映画なのだけれど、このキューブリックの作品にもまさにそんな女たちが登場してきてるのね。

J/ そして実はそれぞれに色々なドラマを持っているね。それが、アリスと平行して描かれてい くんだね。ビルの目を通しながら。

B/ ビルが階上でこの女性の手当てをしている間、奥さんのアリスはなにをしている のかというと、いかにもお金持ちの遊び人といったタイプの男に口説かれてるのね。この男すごい女に対し て自信を持っているの。はじめて彼女に声をかけるシーンがとってもいいわね。

J/ 果たして良妻賢母のこの女にどんな性(サガ)が潜んでいるか。キューブリックの女性観が、このシーンの直 後から徐々に徐々にベールを脱いでいくよ。

カメラが夫の姿を探し求めるアリスの姿を正面から捉えます。
カメラ自身も何かを探すように、キョロキョロといった感じで、彼女の姿を正面から、横に、そして大きく 背中のえぐれたドレスが見える真後ろの位置まで、ぐるりと回ります。
そして静止した時、横からひょいとした感じで男の手が伸びてきて、彼女のテーブルに置かれたワイン・グ ラスを掴みます。彼女の手も同時にグラスに伸びています。
「それ、私のワインなのですけれど」
「知っていますよ」男は確信犯的にグラスに残ったワインを干してしまいます。

B/ この男は最初から狙っているのね。いやらしい感じがとってもよく出ていたわ。

J/ 男が彼女をダンスに誘う。このダンス・シーンがすごいね。二人がゆったりと回転しながら踊ってると、カ メラは、まるで彼女のほろ酔い加減がそのまま乗り移ったかのように、二人の回りを回転し始めるんだ。 二人の回るリズムとこのカメラの動きのリズムの調和、すごい官能的だよ。

B/ ゆらゆら、ゆらゆらと、彼女のしゃべるリズムがそれに加わってね。
「こんな美人がなんでまた結婚なんかしたんだい」
「昔の女性は自分が好きないい男たちとSEXするために、その口実に結婚したんだ」
「こういう作家の本を読んだことがあるかい?」
男の誘惑に、彼女は近づいたり離れたりしながらしゃべって、言葉をかわしているのだけれど、気持ちも どこかゆらゆらとしているようで。

J/ ちょっと小悪魔的な少女のようだね。

B/ 段々と男に身を委ねはじめてついに、唇が顔に近づいた瞬間、でもさっと彼女は離れるの。
「ダメー、そろそろ夫をさがさなくっちゃ」
投げキッスをいたずらっぽい少女のように送り、場面はさっと会場から、次の場面に移るこの場面転換の 鮮やかなこと。

J/ されどこのシーンで彼女の中に何かが芽生えるという寸法なんだね。いうなれば、映画の見事な序章と言え るね。


夫婦あるいは男と女の間…
この映画のファースト・シーンは、バス・ルームから始まります。パーティに出掛ける準備をする二人。 鏡で髪を整えるビル、トイレで用を足すアリス。

B/ ほんのわずかな時間なのだけれども、ここはふたりの関係がよく出ていると思うわ。「私の髪はどうかしら」 用を足し、お尻を拭きながらしゃべっているのよ。しかもご丁寧に拭いたあと、それを便器に捨てるところ まではっきりと見せちゃうの。

J/ 確かにそんなところまで見せる映画は、僕の記憶にはないね。それに答えるビルは、「とってもい いよ。綺麗だよ」(笑)

B/ これが、相手を見てしゃべっていれば、親密な夫婦といった感じなのね。ところが、彼のほうはそちらを見 もしないで、反対側を見ながらただ反射的に答えているのよ。
「あなた見てないのにわかるの?」けれども会話はそれ以上はいかないのよ。

J/ 確かに彼女はそれ以上怒るわけでもないんだよな。これはどういうことだろう。

B/ これは、もう日常になっているの。結婚して9年、表面上はぴったりと寄り添って、ふたりの会話でも「君 は美しい」とかしょっちゅう言っているにもかかわらず、お互いに惰性のムードがあるのね。それがとって もよく出ていると思うわ。二人とも、アプローチの違いはあれ、わかってはいながら、そういうところには 目を閉じているというのが、本当のところでしょう。

J/ パーティの直後のシーン、鏡の前で、ふたりが裸で抱き合うシーンに、なんとか二人が刺激を作ろうとし ているのが見てとれるね。その後、麻薬を吸いながらベッドに入るのもそうしたわけなのだろうね。
この映画では、こうしたわずか数分のシーンにも、実に色々なことが描かれたりするんだよな。この緊張感 が、映画が終わる2時間半近くも続くところが、キューブリックのキューブリックたる所以なのだろうね。

さて、パーティー会場から一瞬にして、先の鏡のシーンに続いていくのですが、このシーンはとてもインパ クトがあります。何とか盛り上げようとしているのですが、アリスの方はどうも気分がいつ もと違うようなのです。

B/ パーティ会場での出来事のあと、途中が一切省略されていきなりこの場面になってしまうので、なおさらに そんな感じがするのね。

J/ 予告編の時に観たこの場面と、実際映画を観て受ける感じが違うのは、パーティー・シーンでのアリス の顔を観ているのと、観ていないの、その差があるんだろうね。

B/ ベッドに入れば、案の定パーティについてのお話になってしまう。ドラッグをやっているので、いつもより ハイになっているアリスと、いつもどおりの一本調子で話しをしているビルの違 いもあって、よりこの夫婦の核心の部分に迫ってくるのよ。

最初は普通の夫婦の会話で始まります。
「あなたといっしょにいた女の人は誰なの」
「君も男とダンスしていたね。」
しっかりとお互いの行動をチェックしあっているのではありますが。
「彼ったら私をくどいてたのよ」
「美人だからな。僕も彼の気持ちがわかるよ」
この言葉、何気なく言ったこの言葉に彼女はカチンッてきてしまいます。
「それじゃ、男は私が美人だから、寝たいから私に近寄ってくるっていうわけ。その 気持ちがわかるっていうのは、どういうことなの」
この男と女の会話のすれ違い。

J/ ビルにしてみれば、いつもの通り一遍の返事を繰り返しているだけなんだよな。いつもなら、そ れで会話は終わるのだろうけどね。パーティでの出来事とドラッグが、心にブレンドされたのだろうね。 「あなたの本性を知りたいの」本音が出てきたね。

B/ 決して本音のいやな部分を聞きたいと思っているわけじゃないのよ。
空虚な言葉が漂えば、漂うほど、かえ って不安になってくるの。それが女心。その時、彼女は自分の目を見開いているの。相手に対してだけでは なく、自分の内に対しても。それで「夫意外の男にクラクラときたことがある」という告白をするの。 心を開いてもらいたくてね。

J/ ビルには、何が何だかさっぱりわかってないね。ベッドから抜け出して、自由に動きはじめた妻 に対して彼は、ベッドに縛りつけられたままそこを動けない。ふたりの差がそんなところにも出ているよ。

B/ 彼は、生まれてこの方固定観念の世界で生きてきたのじゃないかしら。とても想像力の欠如した人間よ。 おそらく、裕福な医者の家庭のお育ちなのじゃないかしら。父親も医者、おじさんも医者、典型的なエリート 家系。そこには、家庭を支えるしっかりものの母親がいて、家庭は表面的には暖かいけれども、決して本音 で言い合うことなんてない静かな静かな家庭があるのよ。

J/ 彼は、女は娼婦と、良妻賢母で家庭に幸せを求める二種類の女性がいる。そんな固定観念ができあがってい るのじゃなかろうか。だから、妻の告白が何を意味するのか、彼にはピンときてないよね。ただただショッ クを受けてる。

B/ 妻は夢の中で、自分の本性と夫の存在の意味についての探求を、いわば自己の中でやるのですが、夫は時の 流れに身をまかせ、いわば外部から、しかも自己の探求ではなく、女性の性についての探求をすることにな るの。実はこの夫婦の会話の中で、その違いがもう出てきているというわけね。

J/ ニコール・キッドマンはもちろん素晴らしいけれど、トム・クルーズも今回はとってもいいね。演技の深み のなさが、そのままその人物像になっているんだよ。キューブリック監督は以前にも『バリー・リンドン』 で敢えて大根のライアン・オニールを使って成功させたことがあったけれど、ここでもその意図がずばりと 的中しているよ。


仮面の中身、人間の本性…
この映画のクライマックスは、やはりこの仮面をつけた秘密のパーティーでしょう。
ここまでビルはすでに色々な女性と接してきています。
自分の患者だった男の娘、婚約者とまもなく結婚して妻となる女性の突然の乱れ。女性の本能を剥き出しに した態度が、自分の妻の姿とだぶります。そのショック。
妻の電話によって、娼婦との行為は中断され、まっすぐに家に帰れなくなってしまった彼が、さらに夜の町 をさまよい、その探求のいきついた場所が、この秘密の屋敷です。

B/ その場所は異教的で、キリスト教が入る以前の古代ローマを思わす酒池肉林の世界。人間の欲望が渦巻く場 所でもあると言えるかもね。

J/ その中で悪魔的な儀式をやっているのだけれど、ドアが何枚もあって、そこを潜り抜けて入ってきているか ら、簡単には逃げられないという怖さがあるね。ただそれ以上に魅惑的で、危険が判っていても、奥へ奥へ と引きずりこまれて行くような感覚があるんだ。

B/ 音楽もとっても怖いのね。夜ひとりで聴いたら、絶対悪夢を見るわよ。

J/ この空間では、普段の顔を仮面に覆い隠すことによってのみ欲望を露わにできるのだけれど、人が仮面をつ けることによって、逆に普段の顔の下にあるものをさらけ出すというのはとっても逆説的だよね。

B/ ここは、社会生活のなかで自分の仮面をうまく使い分けている人たちの吹き溜まりよね。それにしても実に 色々な仮面があるわね。よくまあ、ここまで集めたものね。それを見ててもとっても面白いのよ。
ピカソの絵のように二つの顔を持つ仮面、ペストの時代の防毒マスクを思わす仮面とかね。でもあれだけの 人々がみな仮面をつけて、自分に迫ってくるという感覚が、とっても怖いの。その下の表情が変ににやにや してたらどうしようかって。

J/ 確かに、仮面も無気味だけれど、表情の凍りついた仮面の下にある顔、本能的な欲望を剥き出しにしたその 見えない顔こそが怖いんだね。隠されることによってさらに怖さが高まるんだよ。
仮面は、後のシーンで男 と女の性を象徴し、欲望そのものにもなってくるんだ。ビルは、ただ単に自分の身の危険という のだけでなくて、その陰にも怯えていくことになるんだね。

B/ その中で、唯一仮面の下の美しい顔をみせるのが、実は娼婦であったことが皮肉よね。またしても、ここで 彼の固定観念は崩れ去っていくのね。自分の命を救ってくれたのが、自分の妻とまたその対極にあると思っ ていた娼婦、このふたりだったということでね。

J/ 一方、仮面の下にまだ自分のはっきりした顔さえ持たないビルは、この世界には当然存在するこ とができないのかもしれないね。

B/ 仮面をつけている人間の中で、ことさら重要な意味をもってくるのが、ジーグラーじゃないかしら。 彼の存在が、よりこの映画に厚みをもたらしているような気がするの。秘密のパーティーで仮面をつけてい た人物たちの中で唯一その正体を明かすでしょう。それでさらにもうひとつの仮面をみせてくれるじゃない。

J/ 見かけは穏やかで、優しそうなこの人物が、自己保全のために、何をしたか。ビルとの会話を聞 いていると、それがよく見えてくるよね。

B/ 言葉はあくまでも優しいんだけれど、内心「このバカの暴走をなんとか穏やかに食い止めたい」というのが もうありありで。脅したりすかしたり、自分の立場のためには、人も殺しかねないこの人物の言動に人間の 欲がにじみ出ているのよ。

J/ 物欲、権威欲、名誉欲。仮面がただ単に性的な欲望にとどまらず、さまざまな欲望を吸い込んでいることが、 この人物によってより明らかになるね。仮面の表情が膨らんでくると言ったらいいのかな。

B/ 本人はまったく気づいていないのだけれども、ビルの中にもそれが潜んでいるのかもね。 彼は、そこを見つめずただ逃げ出そうとしている人間なのじゃないかしら。
彼は秘密パーティーの主催者たちの影に怯えているのと同時に、自己の奥にある本質にも怯えている。 そんな感じもしたわ。あのパーティー自体が彼の心の闇の部分でもあると。

J/ 一夜があけても、迷いや不安、嫉妬の火は収まらなくて、 彼は仕事も手につけられずに自分の患者を放って、 屋敷に行ったり、別な意味でまたさまよい歩くんだ。
帰宅しても、なかなか寝室へは入れないんだよ、彼。なんだか後ろめたいんだろうな。

B/ アリスの告白に動転したビルは、自分も同じことをしてやろうっていうスケベ心も あったんだろうと思うわ。しかもアリスには知られずにね。それが、思わぬ形で他人を巻きこんで しまった。自分の行為がばれるということは、自分でも認めたくない自己の闇の部分を世間にまき チラしてしまうことになる。それも怖かったかもしれないわね。

J/ でも、アリスの横で寝ていたのは、仮面パーティーでなくしてしまった仮面だった。
自分の取った行動のすべてをさらけだされてしまったみたいなものだものね。 あの仮面こそが、彼の闇の奥の欲望そのものなんだよ。仮面の顔には、嫉妬心、隠された性的欲望 、自分の浅薄かさもしっかりと刻印されてしまっている。それを見られてしまったという恐怖。後悔 の念。もうアリスには隠せない。すごいシーンだったなぁ。

B/ 自分の本性を自分に対してさえ、隠していた男だからね。まるで、殺人容疑を否認していた 容疑者が、動かぬ証拠をつきつれられたみたいな、それほどのインパクトがあるのね。

J/ いつも言葉をはぐらかしていた男がついにそこで崩れる。彼の人間的な弱さが一気に溢れ出 しちゃったんだね

B/ 男なんて、そんなもんなのかも知れないわね。


… 未来への希望と諦観
最初のシーンで明らかになったように、この夫婦はいわば仮面をつけて夫婦生活を営んでいたわけですが、 今お互いに夢、あるいは妄想的ともいえる実体験を通して、元には戻ることができなくなってしまいます。 ふたりは、どこへ行ってしまうのでしょう。

J/ 二人のラスト・シーンは、男と女の違いがよくでていたな。夫の告白を聞いて、ショックを受けたあとでも、 普通に子供と接しクリスマスの買物をする妻、その後ろを所在なげについてくる夫。彼は子供に笑顔を向け ることさえ出来ない有り様でね。なんか自分の姿を見ているようだった。(苦笑)

B/ 私はあなたを見ているようだった。(笑)「子は夫婦のかすがい」なんてことがよく言われるけれど、 キューブリックは決してそんな安易な結論には逃げないわね。
最初は子供がチョロチョロしているけれども、その内画面から子供の姿が消えて、 ふたりのバスト・ショットになるのよね。あくまでもこれはふたりの問題として。

J/ このふたりの会話の面白いこと。もう二人の気持ちが痛いほどよくわかる。すっかり目を見開いてしまった 妻のほうは、これからどうしていけばいいか、自分で自分を必死に納得させようと試みてるんだね。

B/ 何を信じて生きていけばいいのか。過去と未来、何が真実で何が幻想なのか。それを突き詰めて行くと、家 庭の崩壊、さらに進めば自らの死を選択するしかなくなってしまうのよね。
「でも、少なくとも今、この時は目を開いている」結局、今見ていること、感じていること、これだけを 信じて生きていくしか方法がないという結論に彼女は達するのね。苦痛の結論。

J/ 一方夫のほうは、自分の価値観が揺らぎ、自分をどこに置いたらいいかわからなくなっている。
ただひとつ今欲しいのは、自分自身の安心感、それだけ。妻の立場、そういうのではなくて、 あくまでも自分の立場を守りたい、そういうところが一番の関心事なのだろうな。
そういう意味では、ジーグラー的な人物としての萌芽が芽生えているともいえるんじゃないかな。 夫婦そろって、似たような体験をして、どうしてこういう違いが出てきてしまったのかな。

B/ それはね、妻の体験が内に向かっていたのに対して、夫のそれは外に対してであったというところにあるの よ。自分を見ようとしないで、逃げてばかりいる。だから状況の変化にオロオロとするばかりなのね。
二人の会話は、まるでかみ合っていないじゃないの。夫の口からこぼれてくる言葉は、妻の期待に答えるも のではなく、相変わらず意味のない言葉だものね。それどころか、より不安にさせる言葉。「永遠に…」な んだもの。あたなもそういうところがあるわよね。私の言っている意味わかった。

J/ もちろんよくわかるよ。もっとも僕は、彼とはちょっと違うと思うけれど。(プンプン)
夫の言葉からは、何も見出せない妻のアリス。最後のアリスのセリフ「ファック」は、自分 が唯一夫を信じることができる、最後の希望であったような気がするよ。もはや言葉では、どうにもならな い。だからその時だけでも。またそこから光を見出そうとする。

B/ 私は、過去も未来も、経済的安定も社会的地位も夫もアリスにとっては、心の拠り所とはなっていないと 思うのね。人生は、そんな今の積み重ねなのじゃないかしら。
そんな「今」を彼女はこの言葉(行為)に託しているのではないかと思うわ…。

まだしゃべりたいBetty/ アイズ・ワイド・シャット… この言葉の意味。色々と含みがあると思うけれど私の場合は、結局のところ、人は目を見開き物事を見つめ ながらも、それに目をつむっていかなければ、生きていけないのでしょうか、という問いに思える。
よく考えてみれば、過去の文学の作家たちもみなこの命題に向き合って作品を描いてきてるわね。 答えはだせないの。答えを出したときは、例えば芥川龍之介のようにそれが「死」になってしまうからね。 あるいは、そうなっては元も子もないから、このように命令形になっているのかもしれない。

J/ キューブリックが自分自身に言い聞かせているのかもしれないね。
この作品は、キューブリックが永年描き続けてきて、たどりついたひとつの結論なのじゃなかろうか。 自分自身が「私の最高傑作です」と言っていることからも、そんな感じがする。

B/ この映画は、「何本映画を観ました、知識もあります」って頭だけで考えていたら、 楽しむことができないと思うわ。
淀川先生がおっしゃっていた「心」で観る映画よ。そして、今は理解できなくても、 その人の生き方によって、見え方も違ってくる…。
私はこの映画を一生心にしまって生きていこうと思うの。そして、何年かたって、 また観てみるの。きっとその時の自分が見えてくる映画だと思うから。

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