Jack&Bettyの目次へ  ホームへもどる

第148回「ラヴェンダーの咲く庭で」

エレファント 製作…ニコラス・ブラウン
監督…チャールズ・ダンス
脚本…チャールズ・ダンス
撮影…ピーター・ビジウ(『ミシシッピー・バーニング』)
音楽…ナイジェル・ヘス
キャスト…ジュディ・デンチ、マギー・スミス
ダニエル・ブリュール、ナターシャ・マケルホーン

2004年英(配給日本ヘラルド映画)/ビスタサイズ/上映時間1時間45分

<CASTジャック&ベティ>
ジャックの評価 /ベティの評価

…金かえせ!! / …いまひとつ
…まあまあ/ …オススメ
…大満足!!観なきゃソンソン


J/ これは英国の老姉妹ふたりの物語。英国のコーンウォール地方ランズ・エンドが舞台。時代もポワロが活躍していた1930年代と、久し ぶりに英国の香りがたっぷりの映画で、満足したよ。

B/ ちなみにコーンウォール地方は、アガサ・クリスティの故郷デボン州を超えてさらに西に行き、ランズ・エンドという名の通り陸地の果て に位置するところなのね。風が強くて波も荒く、海岸には波に洗われゴツゴツとした岩がむき出しになっている。この地方の都市ペンザン スの海辺の岩場には、有名な野外劇場があって、私はいつかそこでお芝居を観てみたいと思っているの。だからこの映画の舞台を観れるだ けで興味深々だったわ。

J/ この地方の自然の美しさ、厳しさがとってもよく出ていたね。冒頭のほうで、嵐が突然やってきて、それで謎の若い男が浜に流れ着くのだ けれども、この場所にっていうのが、とても意味があったな。英国の東の方じゃ、ドーバーの白い崖に阻まれて流れ着くことはできないし、 デボン州の穏やかな海岸では、あまり面白みがない。岩場に激突して死んでしまう可能性も高い、その危機を奇跡的に逃れてこの小さな浜 辺に流れ着いたというところに、こうなんかドラマチックさがあるんだな。

B/ もちろんこれまでの彼の困難も暗示しているような気もするわよね。

J/ 嵐ということもあって、早めに床に着いた姉妹。翌朝起きてみると、カーテン越しに明るい日差しが差し込んで、夕べの嵐が嘘のように 穏やかな海が窓のむこうに広がっている。「良かった晴れているわよ」まず行動を起こすのは、ジュディ・デンチ扮するアーシュラ。 「あら本当ね」興味があるのだかないのだかそれに遅れて、ベッドでようやく半身を起こすのが、マギー・スミス扮するジャネット。

B/ この映画は老姉妹がとても魅力的だね。ジュディ・デンチとマギー・スミス。このふたりのデイムの息の合っていること。本当にふたりの 性格の違いが見事に出ていて、観ていて飽きることがないのよね。

J/ 海に行けば、さっそく裸足になって渚でパシャパシャとはしゃぐアーシュラ。それに対して砂浜にしっかりと腰掛けて動こうとしないジャ ネット。この対称。

B/ 「水をかけないでよ」アーシュラは、その言葉をまるで待っていたかのように彼女に向かって水をかけ、拾った海草まで投げつけ るのね。行動的で情熱的なアーシュラと、いつも落ち着いていて、冷静なジャネット。このふたりの違いがとってもよく出ていたわね。

J/ タイトルバックでふたりがいっしょに海辺を歩いていくシーン。動きの多いアーシュラがつまずきかけて、それをジャネットが支える絵が 映るのだけれど、この姉妹の関係を象徴していたね。行動的に見えて実はナイーブで危なっかしいアーシュラと、冷たそうで皮肉屋に見え るのだけれども実は内に温かさを持ち、人に静かにその優しさを与えることのできるジャネット。いい姉妹だよね。

B/ ただこの姉妹を観ていると、どうしても『八月の鯨』を思い出してしまうのね。海辺に暮らすふたりの老姉妹の静かな日常。リリアン・ギ ッシュとベティ・デイビス。ふたりの体型までなんだか似ていてね。話やテーマは全然違うのだけれども、あの作品もアメリカ映画とはい え、英国人の監督による映画だけに、こんなに共通点が生まれてきたのかしら。

J/ 『八月の鯨』でふたりが海で見つけようとしているのが、鯨…それは懐かしい思い出とも繋がるものだけれども、彼女たちが見つけてしまっ たのは、ポーランド人の若い男だったというのが、大いに違うところではあるのだけれどもね。(笑)

B/ この映画の時代設定が1936年っていうことを考えると、丁度ポーランドにドイツが侵略の狙いを定めた頃なのね。彼は多分アメリカ行 きの貨物船か何かに密かに乗船し、途中で見つかったかして、海に飛び込んでここに流れ着いたのじゃないかしらね。

J/ ドイツではすでにユダヤ人に対する迫害がなされていたし、危険を感じて亡命しようとする途中だった可能性は高いね。回復してからも、 国に連絡を取らないしね。まあ、映画の本筋から外れちゃうからその辺りは謎のままにしてあるのだけれども、それはそれで正解だと思う。 ただそんな背景があるってことをちらっと頭の隅にでも置いとくと、物語をさらに厚みをもって観れるかもしれないね。

B/ もちろん彼女たちには、最初この若い男がどこからやってきたどういう素性の人だかわからない。ひどく衰弱していて、意識も朦朧として いる。姉妹は村で唯一のお医者さんミード医師(デヴィッド・ワーナー)を呼び懸命に看病する。二人の姉妹と、いつもドタドタと音をさ せて家の中を歩き回っている家政婦ドルカス(ミリアム・マーゴリーズ)の女所帯のこの家に突然孫のような年齢の若い男が舞い込んでき た。何か家の中の空気が一変するのね。足に骨折を負っているので、回復するのにしばらく時間がかかるってわかっても一向に苦にする気 配がない。

J/ お医者さんに診てもらって、そのまま裸のままベッドに寝ている若い男を見ているうちに、アーシュラはなんだか「男」を感じてしまう。 そのまま座って見とれてしまって、時間が過ぎるのも忘れてしまうんだね。

B/ ふたりともなんだか若返ったような気分になってくるの。それぞれにやり方は違うのだけれどもね。

J/ 彼がポーランド人でドイツ語がわかるっていうことがわかると、ジャネットはドイツ語の本を奥から取り出してきて、まずは言葉の勉強を 始めるし、アーシュラはまず行動っていうんで、手振り身振りで名前を聞いたり、さらには物に名前のカードを、例えば椅子には「チェア ー」と書かれたカードを貼って英語を覚えさせようとする。この違いが面白いね。

B/ ふたりの性格の違いがこんなところにもとってもよく出ているのね。私は家政婦のドーカスが彼に朝食を持っていこうとしているときに、 アーシュラが庭の花を一輪ポンっと置くところがとっても良かったわ。さりげなく素敵で。

J/ ジャネットがそれをちょっと変な顔をして見ているんだね。それに気づいたアーシュラは、ちょっと恥ずかしそうにしたりして、なんだか とても可愛い。

B/ そうそう、その可愛らしさ、初々しさがいいのね。アーシュラの若い男の子に対する思いは母親的なというものではなくて、明らかに恋。 ひとことで言ってしまえば、老いらくの恋ってことになっちゃうのだけれども、へんにいやらしくならないのは、このいじらしさがある からなのね。観ていて切なくなってしまう。

J/ ジャネットは、短い間とはいえ、幸せな結婚をしたではないか。私だけがそんな機会にも恵まれずに、こんな歳まで来てしまった。それで 今頃になってこんなにいい人が現れた。叶うことがないのはわかってはいるけれど、どこかで夢を見ていたい。アーシュラのたどって来た 人生…それはほとんど映画の中では描かれることはないのだけれども、きっと不運な人生の中の本当に終幕近くに白馬の王子様と出会って しまった。そんな気分がしたのだろうね。それだけにその夢にすがってしまう。

B/ 女だっていくつになっても女なのよ。おばあさんという性になるわけじゃない。歳をとったって、そりゃときめくことだってあるものよ。 自分の人生に満たされないものがあればあるほど、よりそういう思いも強くなってしまうのじゃないかしら。私もまだそんな歳には遠いの で、これはあくまでも想像なのだけれどもね。

J/ 「私が彼を発見したの」っていうアーシュラの言葉に、このまま行けば彼女は傷つくだけとマズイものを感じたジャネットは、牽制してみ るのだけれども、アーシュラは、それに腹を立てふたりの仲までなんだかギクシャクとしてくる。

B/ そんな中、世界的に著名なヴァイオリニストを兄に持つオルガという女性が現れる。彼女は彼が姉妹の庭でヴァイオリンを弾いているのを 偶然に聴いて、その才能に気が付く。そして、ぜひ兄へ彼の才能を知らせたいとアーシュラとジャネットに手紙を渡すのね。そうすると、 ふたりは慌てだした。こんな日々が永遠に続くかのように思えていた。もちろんそれは幻想でいつかは彼が出て行くものとはわかっていて も、その時が突然外国の若い女性によってもたらされたことに慌てたのね。嫉妬の気持ちもあったわね。

J/ こんなにも早く、こんなにも突然では、まだそんな覚悟はできていないだろうしね。そこで、ふたりは手紙を隠してしまう。アーシュラだ けでなく、ジャネットもまた、彼の存在がかけがえのないものになっていたんだね。英国の短い夏の美しい風景はしだいに色褪せていく …。果たして彼はどこかへ行ってしまうのか…。

B/ 年老いての恋が切ないのは、彼が振り向いてくれる可能性がないことなのね。そんなことがあろうとは、まったく気づいていない。親切に してもらってありがたいとはもちろん思っているわよ。自分のおばあちゃんのような親しい感情ももっている。でもそれだけなのね。世間 的にいっても、あんなに小さな村のこと。そんなことが知れたら大変なことになってしまう。それでも夢は抱き、ただ彼が家に戻ってきて くれるだけで幸せというね。

J/ 人生とはなんと不公平なものか…

B/ けれども、こんな映画が作れる英国ってやっぱりすごいな、大人だなって思ってしまう。

J/ 監督はこれが第一作のチャールズ・ダンスだね。ああこの人って、『グッドモーニング・バビロン』でD・W・グリフィス監督を演じてた 人だね。面白いね。本当の監督に今度はなっちゃったんだね。

B/ 映画が終わると、ヴァイオリンの音色が耳にずっと残ってしまう。音楽も素晴らしかったわね。姉妹を演じたふたりのデイムの演技はもち ろんのこと、周りの役者さんたちの演技もとっても心に残る。これはやっぱり英国ならではの映画。それもあの地方特有のクリーム・ティ ーのような映画。たっぷりとクリームを塗った甘いスコーンにほろ苦いお茶の味。

J/ 確かにね。それもアフタヌーン・ティだね。夏の午後ほんのひとときの、束の間の夢。家伝統の茶器や庭の花に囲まれて、ラヴェンダーの 香りにひととき酔う。陽のかげりにいつしか現実に戻される。そんな映画なんだな。

B/ でも私は思うの。例え彼とのつながりが薄くなってしまっていっても、彼女たちは今までと同じように生きていくと。そして、この夏の 出来事も決して無駄ではなく、彼女たちの人生の彩りのひとつになると。切ないけれどとってもいい映画ですよ。

この映画についての感想やご意見がありましたら下記までメールを下さい。

メイル このページのトップへ ホームヘ