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第144回「やさしい嘘」

製作総指揮…ジャナ・サルドリシュヴィリ
監督…ジュリー・ベルトゥチェリ
脚本…ジュリー・ベルトゥチェリ、ベルナール・レヌッチ
撮影…クリストフ・ポロック
キャスト…エステール・ゴランタン、ニノ・ホマスリゼ、
ディナーラ・ドルカーロワほか

2003年仏・ベルギー(配給:東芝エンタテインメント)/ヴィスタ/上映時間1時間43分

<CASTジャック&ベティ>
ジャックの評価 /ベティの評価

…金かえせ!! / …いまひとつ
…まあまあ/ …オススメ
…大満足!!観なきゃソンソン


B/ これはグルジア共和国の三世代の女性の物語。エカおばあちゃんの面倒を見ながら、学校に通う孫娘アダ。その母マリーナはおばあちゃん とはなにかしっくりいっていない。そんな家族の物語。ファースト・シーンがとっても見事。この三人がお茶を飲むのが写されるのだけれ ど、なにかぎこちなさが感じられる。エカおばあちゃんが持ってきたケーキをマリーナが横からつつくと、彼女はさっとお皿を自分の元へと引き寄 せる。そのふたりを少し離れてみつめる孫娘のアダ。この三人の微妙な位置関係がまず目をひくのね。

J/ 本当に三人の関係が一遍でわかるよね。

B/ 夕暮れ、雨が降り出しそうな空模様の中娘が買い物から家へ帰ってくる。家の中はなぜか真っ暗なのね。蝋燭の光が唯一の明かりのよう。 そんな薄暗闇の中、勉強をしようとする孫。買い物の包みを解く娘。ベッドで休む祖母。

J/ やっぱり停電していたんだね。しばらくして明かりがついた。するとそれぞれがまったくとを別のことを始めるのが、この家族の関係を より鮮明にしていて興味深いね。

B/ 祖母がテレビをつけニュースを見始めると、娘はラジオをつける。そして孫は机の上にあるラジカセで音楽を聴き始める。いっせいに音が あふれ出す。「まったく、今の政府は何をやっているのか。スターリンの頃にはこんなに停電することなんてなかったというのに」とテレ ビを見ていた祖母がしゃべりはじめれば、それにすぐ反論する娘、間を取り持つ孫。

J/ どうもこの会話から三世代の女性たちのギャップには、通常のジェネレーション・ギャップ以上の社会的な背景があることが想像できるね。

B/ ちょっとそのあたり想像をめぐらしてみましょうよ。

J/ うん。、この家族には別荘があり、家にはフランスの革装丁の古い本が本棚いっぱいある。おばあちゃんはフランス語ができ、家庭にはフ ランス的教養の匂いがしている。これは、彼女が相当に豊かであったことを意味しているんじゃないかな。もっとも今は決して豊かではな いけれど。

B/ 娘のマリーナが家のものを市に売りにいっているくらいだからね。落ちぶれてはいるわね。エカおばあちゃんは若い頃には比較的恵まれた 生活を送ってきたであろうけれども、ソビエトの初期からスターリンの時代へ、そして混乱の時代を生き抜いてきた時代の生き証人といっ たところがあるわね。「スターリンの頃にはこんなに停電することなんてなかったというのに」という言葉の中には、もう混乱はいやだと いう思いがあるのかもしれないわね。

J/ 一方、その年齢からいうと社会主義的教育が子供の頃から身に染みて育ってきた娘のアダ。でも彼女の場合は、ちょうどソビエトが崩壊し たときには、逆に民族の誇りと自由を取り戻すべく独立運動の先頭に立った世代でもあるんじゃないかな。スターリンと言う名前に即拒否 反応を起こすよね。

B/ けれど、実際に体制が崩壊すると、現実は甘くなかったのね。経験したことのない競争社会に放り出される。国は混乱し、シャワーは髪を 洗っている途中で止まるし、年中停電は起こす。下手するとソビエト時代よりも生活は悪くなっているかもしれないわね。果たして自分た ちが希望を抱いて、望んだ社会ってこんなことだったのかっていう思いはあるだろうし…

J/ しかも彼女の夫はアフガニスタンで戦死していたことがあとで明らかになるんだよね。だから絶対にソビエトは好きにはなれないが、かと いって、今のグルジアにも違和感を感じている。けれども若い人たちのように国を出るという手段もない。まったくもって身の置き場がな いんだね。

B/ 恋人らしき男もいるにはいるのだけれども、なにか中途半端な感じなのね。彼の住んでいる古ーいアパート。その部屋のベランダから外を 眺める彼女の視線は、やっぱりどこかをさ迷っているかのようなのね。

J/ 孫娘アダは大学生。考えてみたらソビエト連邦の崩壊1991年から、すでに13年の年月が流れているんだね。まだ彼女は7才くらいだ ったのかな。その後は民族紛争と内戦の舞台となり、政府は混乱のきわみとなり、経済は悪くなるいっぽうだったこの時代。教育的にはも はや社会主義ではなく、自由主義的教育を受け、自然と外の世界ヘと心も向かっていったのじゃないかな。

B/ 彼女と同世代の男の子たちも外国に行くことを夢見ていたわよね。

J/ 彼女はフランス語ができるので、いつかフランスに行きたいと思っているんだね。それでフランス人の通訳のアルバイトとかして、そのチ ャンスをぼんやりとだけれど伺っているね。

B/ こんなにも親子三世代のギヤップがあるから、おそらくこんなささやかなけんかも日常的になっているのかもしれないわね。 これを止めたのは、おばあさんの長男オタールだった。けんかの途中で彼から電話がくる。エカおばあちゃんにとっては、遠く離れたフランスから の待ちに待った電話だった。

J/ グルジアの働き手の多くは国内の混乱の中、海外に生活の場を求めて国を去っているという。この家族もその例外ではなかったというわけだ な。

B/ ただ辛いのは、彼はグルジアでは医者の免許まで取った優秀な人なのだけれど、フランスに行けばコネもないので、ビザも取れず、不法就労 という形で、危険な建設現場で汗水流しながら、先の見えない日々を送っている。このあたりにもこの国の現実というものが出ているわね。

J/ 祖母はこの息子を溺愛しているね。娘が嫉妬するくらいに。でも無理もないと思うんだな。医者の免許もとり、フランスに夢を求めて出て 行った息子。エカおばあちゃんにとっては希望の星だった息子が、あちらで思うに任せぬ生活を送っている。心配もひとしおだよね。

B/ 本当に三代の家族の物語がタテ糸にグルジアの歴史、社会問題が横糸にみごとにからみあっていると言えるわね。

J/ そんな大切な息子オタールがある日突然死んでしまった。突然の電話…そして思わぬ訃報。幸いというか、祖母はそのとき、別荘の農園で果物を取 っていて留守だった。さて、家族はどうするか。

B/ 娘のマリーナはどうしても言い出せないのね。エカおばあちゃんは、弟のことが好きでたまらない。娘の自分とは喧嘩ばかりしているけれ ど、息子からの電話となると、自分に見せないような優しささえ見せるおばあちゃん。本当のことを打ち明けて、ショックのあまり倒れら れてしまうのじゃないか…。そんな思いが交差するのね。

J/ 結局、マリーナと孫娘のアダはオタールのふりをして手紙を書き続けることにするのだけれど、電話が好きなはずの息子が電話をくれないのは おかしい。当然エカおばあちゃんは心配しはじめるよね。

B/ 段々苦しくなってくるわね。これは本当に「やさしい嘘」なのだろうか。そんな疑問も芽生え始める。

J/ この映画を観ていて思ったのだけれど、今年はこの作品以外にも嘘が重要な役割を持つ映画が目立つね。『ウォルター少年、夏の休日』 『グッバイ・レーニン』『ビッグ・フィッシュ』嘘とは口が虚しいと書く。読んで字のごとくだね。『愛の落日』のアメリカ人、彼の身分 を偽る嘘は、政治がからんだ嘘だったからとっても虚しかった。

B/ でも嘘にも色々なものがあるからねぇ。もし嘘がなかったらどうなるか。『ライアー、ライアー』はとっても虚しい嘘をつく男の話。彼は 息子との約束をも反故にしてしまう始末で…そこで息子はパパが嘘をつきませんようにとお願いする。そしたら奇蹟が起きるのね。神様にその願 いが通じたのかなんと彼は絶対に嘘をつけなくなってしまう。お世辞も言えない。「あんたその服趣味悪いよ」褒めようとしても、本音が 口に出てしまうのね(笑)

J/ 子供と大人の違いはこうした人と人との潤滑油としての嘘がつけるかどうかにあるんだね。さらにそれが、家族を守ろう、親しい人を守ろ うとする嘘になると時に温かく、逆に美しい。

B/ 『グッバイ・レーニン』の嘘はそういう類の嘘だったわね。心臓発作で倒れた母を気遣う息子の嘘。けれどもこの『やさしい嘘』の嘘は 『グッバイ・レーニン』ほど単純ではなかったわね。苦しみが伴っているのね。

J/ マリーナとアダ親子の間での新たな葛藤の種にもなってくるしね。

B/ エカおばあちゃんは、いつ“嘘”に気づき、はたして息子オタールの死を受け止めることができるのか?私は心配になってきちゃった。

J/ 本当の優しさとは何か考えざるを得ない…実に難しいね。けれどもこの映画にはそのひとつの答えがあるよね。

B/ ストーリーはこれからご覧になる方もいると思うからこれ以上は言えないのだけれど、ただひとつ言えるのは、「やさしい嘘」とはこう いうことだったのか…その心の大きさには感動させられたわね。

J/ 僕は泣いちゃったね。おばあちゃんと、娘、孫娘、形は多少違うけれどそれぞれの家族を思う気持ちの優しさに。

B/ 激動の時代を生き抜いてきたおばあちゃんだからこその心の大きさ。そして歴史に翻弄されたことが逆に臆病さにもつながってしまった娘 のせいいっぱいの気持ち。これから新しい時代を切り開いていくだろう孫娘の純粋。

J/ 息子は死に、おばあちゃんも決してそんなに長くはなく、孫娘もいつか自立していく…そんな中でのこの一瞬の、三世代の女たち、この 家族の輝き。辛さがお互いをいたわらせることになったのかもしれないけれど、この家族たちの美しいこと。ラスト・シーンをよーく 観てほしいな。言葉は聞こえないけれど、私たちにもいっぱい伝わってくるものがあるはず。

B/ その通りね。この映画を観ると、本当に自分まで優しい気持ちになってきそうなのね。

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