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第130回「マドモワゼル」

監督…フィリップ・リオレ
脚本…フィリップ・リオレ、クリスチャン・シニジェ
撮影…ベルトラン・シャトリ
音楽…フィリップ・サルド
キャスト…サンドリーヌ・ボネール、ジャック・ガンブラン
ジヌディーヌ・スアレム、イザベル・カンドリエ


2001年フランス(配給シネマパリジャン)/上映時間1時間25分

<CASTジャック&ベティ>
ジャックの評価 /ベティの評価

…金かえせ!! / …いまひとつ
…まあまあ/ …オススメ
…大満足!!観なきゃソンソン


J/ これはとってもフランス映画らしい大人の恋愛映画になっていたね。

B/ もっともフランスの恋愛映画って2種類あるとは思うのよね、『アデルの恋の物語』みたいに情熱的で、官能的で、なおかつグチャグチャ のやつと、一方さっぱりとした大人の恋愛みたいなタイプのと。この作品は後者ね。

J/ なんか淡々としているよね。けれども淡々とした中にもときめきがあるし、せつなさもある。脚本と監督は『パリ空港の人々』のフィリッ プ・リオレ。この人は目のつけどころがとっても面白い人。『パリ空港の人々』では、空港のトランジット・ゾーン(外国人用処理区域) に留められたまま、入国も出来ず、出国も出来ずその場に住み着いている人々の人間模様。

B/ 本当にそういう人たちをとどめていく場所があるらしいのね。特殊な舞台でのそれぞれの人の思いがせつなくも可笑しい映画だったわね。 実際、シャルル・ドゴール空港に行ってみると、迷宮みたいなところがあるし、滑走路に彼らが追いかけて食用にしていたうさぎもちゃん と居たので、こんな嘘のような話もさもありなんと思ってしまったわ。

J/ そうだよね。で、この映画で監督が目をつけたのが即興芝居の一座だった。何人かの観客にシチュエーションを作ってもらって、それを基 に一幕劇を演じるというもの。これが素晴らしくいいんだね。「言葉を何か言ってみてください」「牢屋」「じゃ、次は色は何色を」「緑」 「じゃ次に数字を」「2」という風にね。

B/ 「じゃ、牢屋と緑で2分の芝居をします」って言って本当に綺麗にオチまでつけてまとめちゃう。シナリオのないお芝居。お互いに機知が なきゃダメだし、息も合っていなければできないわよね。この映画の恋愛っていうのは、まさにこの即興劇のようなふたりの暗黙のやりと りの中で進んでいくのね。

J/ 確かにそうかもしれないね。うーん、そこなんだな。こういう珍しいものを映画に取り入れるだけでは、面白いものもあるものだなで終わ っちゃうのだけれども、これが物語りの中でずっと活かされ続けるところが、このフィリップ・リオレの非凡なところなんだね。

B/ 出会いはごくごく平凡だった。そんな劇的なものではない。たまたま薬局で出っくわして、女性は夫の髭剃りクリームを買うのに男に助言 を求め、男は奥さん(実は違うのだけれど)の生理用品を買うのに女性の助言を求める。あらー、二人とも夫、妻が日常的に使っているも のがわからないほど相手に無関心なのかしらって感じがちらっとだけするのね。ふむふむと、二人とも何か満たされないものがあるのねっ て。

J/ そもそもがこの映画は、ある女性の現代から過去への回想という形で始まっているから、もうすぐにこのふたりが…っていうのがわかるの だけれどもね。だからってこのあたり決して手は抜いてないよね。さりげないけれど、なんとなくふたりが見えてくるようだね。

B/ 『恋に落ちて』では、メリル・ストリープとロバート・デ・ニーロが同じ本を同時に取ろうとして、手が触れ合ったところから始まるのね。 『セレンディピティ』も同じ手袋を同時に取ろうとしてっていうパターン。この映画はそれをさらに一捻りしているようなところがあるわ ね。およそロマンティックからは程遠いのだけれども、でも何かがあるのね。うますぎ!

J/ で、当然ロマンティックな出会いではないから、何も起きず、ふたりはそのまま別れるのだけれども、その後またすぐに出会う。実は彼女 のほうは、薬品会社の社員総会でパリからこの地方に来ていた。前任者が引退するのに代わって営業部長に昇進するという発表が行われる。 そのパーティーの席上、余興として即興芝居を演りにきていたのがあの薬局での彼というわけ。

B/ もちろん舞台の上と舞台の下。偶然の再会っていっても何かが足りない。どうやってふたりを近づけさせるんだろうって思う。夜バーで出 会ってなんてチープなことはもちろんしない(笑)そうだっ、冒頭のシーンで彼女が思い出深げに眺めていた灯台の絵が描かれたお芝居のポ スターがあったっけって思う。その灯台は、実は今退職する同僚の手の中に・・・ムムム。

J/ 退職するおじさんに同僚たちが記念品として「灯台の模型」を贈ったんだよね。どうも当惑しているところを見ると、彼が釣りが好きだか らとかそんな理由ではなさそうでね。「妙な贈り物だ。君もお金を出したんだろう」と、主人公の女性クレール(サンドリーヌ・ボネール) に言っていることからしても、どうもからかいの意味がそこにありそうなんだね。

B/ 彼が定年前に辞めた理由っていうのは「こんな連中を見ていると、引退して船で暮らしたくなった」から。おそらくそんな言葉をときどき 漏らしていたからこそのあの灯台なのね。退職後の生活をからかったものじゃないかしら。

J/ どうもそうかもしれないね。「彼はもう長いことひとつの地域を担当していて、これといって目覚しい成果も挙がらない。仲間からも、ちょ っとはみだしていたのじゃないかな。そんな中で彼女だけが、いつも変わりなく接していてくれた。そんな様子が見えてくるような気がす るな。

B/ 翌朝彼が、クレールを駅まで送っていこうと申し出たのを断って、他の社員たちが乗るバスに行ってみると、「彼が夕べあなたを送っていきた がっていたわよ。しかも酔っ払ってた」と言われ、慌ててホテルに戻る。そうすると、タイミング悪くもう彼は出てしまった後。あの灯 台だけが残っているのね(笑)ホテルの前で灯台を抱え、タクシーを待つところに、例の彼ピエールを乗せた即興劇の俳優たちの車が停まる。 そして、彼らとの道中が始まるのね。

J/ もちろん、まだ恋は始まらない。せっかくの接近もピエールは車の中で熟睡中だから。

B/ 恋愛映画っていうのは、そういう感情に発展していく過程っていうのが一番難しいところだと思うのね。しかもこの映画のヒロインは家庭 については、何か満たされないものがあるにしてもそれが何かを自覚するには到っていないし、また仕事に関しては充実しているために、 幸せそのもの。わざわざ恋をしようなんて思うわけもないのね。その分そうした過程がとっても丁寧に描かれているのね。

J/ ルイ・マルの『恋人たち』みたいに満たされない生活を散々描いた後では、一瞬にして恋の炎が燃え上がるということもできるけれど、 これだけ恵まれた女性が主人公だとね…。そうはいかない。

B/ ジワジワジワジワと盛り上がっていくのね。一旦は車で駅に送り届けてもらうのだけれども、カフェでお茶を飲んで一息つく。そうすると、 灯台の模型を車に置いてきてしまったことに気づいて、引き返すというように、恋心が燃えあがるというのではなくて、なんとなく去りが たいといったくらいの気持ちなのね。

J/ 自分の生活とは全く違った生活をしている人たちがいる。ほんの一時、その人たちと過ごして、自分も彼らの一員と間違えられるような一 幕があった。そんな瞬間が、何か心にひっかかったんだろうね。

B/ そうなのね。で、また結婚式の余興を行うために彼らが留まっている屋敷に引き返して灯台の模型を受け取ろうとすると、お祝いと勘違い した新婦が、受け取って持っていってしまうのね。じゃー、もう電車の時間もまだまだ先だし、いいやっていうんで結局このイベントに加 わることになるのね。灯台があっちに行ったり、こっちに行ったり、それが二人の仲を近づけさせることになるのね。

J/ 灯台の使い方もこの程度だったら、単なる小道具のひとつなのだけれど、この後さらにそれの持つ意味が広がってくるところがいいと思う んだ。とても映画的だし、話術のうまさを感じるところなんだな。

B/ まず、そのひとつはたくさん置かれた結婚式の贈り物の中から彼らが灯台の模型を取り返すシーン。「人生を楽しんでいる?」という質問 にクレールは「ときどきハメをはずすだけ」と答えるの。そこでピエールが話しだす。未完の戯曲の話。「同じ女に恋したふたりの灯台守 の話」をしてみせる。灯台は彼の夢の象徴となるのね。

J/ ピエールは即興劇を演じながらも、いつまでこんなことをやっているのだろうって思っているからね。けれども仲間に文句を言いながらも、 そこから抜け出せないというジレンマも抱えている。クレールを感動させる決して完成されることがないこの戯曲。ここに彼の情熱や夢が あり、また今の自分の限界があるんだな。

B/ もしかしたら、これは彼がその場で彼女の満ち足りていない部分を感じ取り、それを具象化した即興の戯曲だったのかもしれないけれども ね。

J/ クレールは、家に電話をかけて「私は即興は下手だな」と言う。「飛び込めばなんとかなる。バンジー・ジャンプみたいに」とピエール。 その後、結婚式の余興の場面。「灯台の物語」…自分の夢を語った彼はもはや余興などどうでもいいという気分になってしまい、仲間と の打ち合わせの通りには事を運ばず、挙句に素人のクレールにマイクを振ってしまう。まさに「飛び込め!」と言わんばかりにね。

B/ 最初はとまどい気味だったクレールだったのたけれども、話しているうちに勇気が湧いてきて、彼の「灯台の話」の続きを自分の父の話し ということに置き換えて、話しだすのね。「若者が恋人の話しを父に繰り返し聞かせ、それで父がそのまだ見ぬ女性に恋をしてしまった こと。父がその女性が住むという島、それもパリ祭のときに訪れ、一目見ただけで、探していたその女性とわかってしまったこと。そして ふたりが結婚し、自分が生まれたこと」など、すべて架空の御伽噺を自分のことのように。

J/ ここでふたりは完全にお互いを補い合う関係になるんだね。ピエールにとっては、自分の未完の話が完成される。クレールにとっては、 破れなかった殻をこの物語りによって破ったような形になる。灯台がついにふたりを結びつけた瞬間だね。物語りを通じて一体になった かのようなんだね。

B/ 怒った他の芝居仲間は、彼らより先に帰ってしまい、足を失ったふたりは車に乗せてもらい泊まる予定のホテルに向かうのだけれども、途 中車の中では、夫婦と間違えられ、ホテルに着いてからも、新婚さんと間違えられるのね。(笑)それもこれもふたりの気持ちがひとつにな ったから。

J/ その度に彼らは、本当に楽しそうにその振りをする。まるで彼らの即興芝居のようにね。けれども今度の即興芝居は仕事なんかではない。 その中には心がある。それでふたりは段々段々本気になっていっちゃうんだね。もう映画の半ばを過ぎていたと思う。ここでやっとふたり が本気になってくるのだけれども、これだけのことが積み重ねられているから、とっても気持ちがわかるんだな。

B/ そうなのね。決して言葉は多くはないし、音楽を盛り上げたりとかいったことは決してないのだけれども、気持ちがとっても伝わってくる のね。考えてみれば「灯台」の即興芝居がふたりを結び付け、またこの即興芝居が、ふたりを恋へと導いていくというわけで、この風変 わりなお芝居が、ストーリーの上でも生きてきているのね。

ここから先は映画の後半部になりますので、これから映画を観る予定のある方は、映画をご覧になった後で お読みください…管理人より


J/ でもホテルでついに結ばれたふたりは、このまま夜をずっと過ごすのかなと思ったら、そうはならなかったね。

B/ 寸止めのロマンスなのよ…フロントが新婚のお祝いということで、シャンパンを運んでくるのね。「おめでとうございます。子供はたくさん欲し いですか」みたいなことを言うのね。それでピエールはふと我に戻っちゃった。それまでまったくしなかったクレールの子供の話をするの ね。これはいけないことをしているのではないかって、「罪深い」とたったひとこと。

J/ ふたりで新婚夫婦としての即興芝居をして夢の世界に浸っていたのが、その瞬間で現実に戻されちゃうんだね。彼はフロントに行って、も うひとつ別の部屋を頼みに行き、そのまま外へ空気を吸いに行く。

B/ 外へ出て行くピエールをホテルの部屋のベランダから眺めていたクレールは、その後を追っていく。外でピエールは若者たちと話しをつけ て彼らのスクーターを借りるのね。それからふたりでスクーターに乗って夜の街を疾走する。彼の背中に身を任せ、笑っている彼女はまる で少女時代に戻ったかのよう。活き活きとして『ローマの休日』の王女さまになったかのようなのね。

J/ とてもふたりの子の母には見えないよね。魅力的で。

B/ 幸せな一夜はあっという間に過ぎて、いよいよ別れがきた。車で駅に着いたふたりはカフェにやってくる。まだいっしょにいたいけれども、 家族へのおかしな言い訳「灯台のせいで電車に乗り遅れた」ももう続かない。

J/ 注文にきたウェイターがそのとき彼女のことを「マドモアゼル」って呼ぶんだね。「私マドモアゼルなんて言われたの本当に久しぶりだわ」 と嬉しそう。

B/ マドモアゼル…一晩の素敵な出来事が、彼女の中の何かを変えたのね。忘れていた感情を思い出した。満たされない何かがなんであったか がこの一夜でわかったのね。それが彼女の全身からオーラとなって現れていたの。それがウェイターに「マドモアゼル」って言わしめた。

J/ この映画のタイトル『マドモアゼル』ってこのことだったんだね。言われてみれば確かにこの映画にはマドモアゼルって出てこないものね。 出てくるのは夫婦ばかり。今まさに結婚しようとしているふたり。結婚後お互いの良い所も悪い所も知り尽くして、喧嘩をしてもすぐ仲直 りする術も心得ているようなベテラン夫婦。そして家庭に恵まれ何不自由ない暮らしをしてきたこの映画のヒロイン、クレール。

B/ 私も彼女のあの時の気持ちとってもわかるような気がするんだなぁ。若く見られたとかそんな単純なことじゃないのよ。奥様というんじゃ なくてひとりの「女」って見られたような。独身のときの若かったときの自分、本来の自分を取り戻したかのような…。

J/ それは、日常の生活、その毎日の中で忘れていた感情を取り戻したというようなものなんだね。

B/ まさにそうなのよ。ロマンティック・コメディは色々あれど、こんな誰にでも思い当たるような感情を映画の中で感じたのはあんまり思い 当たらないわね。ハリウッド映画のようなきらびやかさこそないのだけれど、その分逆にとっても身近な感じがするのね。

J/ 別れの場面もそんなに大抑なものじゃなかったね。別れたくないふたり。けれども意外なほどあっさりしている。ピエールは車を移動させ てくるっていったまま戻ってこない。もうこれ以上いっしょにいたら別れられなくなるっていうことがよくわかっている。それで車の中で じっと耐える。

B/ まだクレールは未練があって、ジューク・ボックスで見つけた「ピクルス」の歌…これは彼がピクルスが好きだって言ってそればかり食べて いたことからなのだけれど…それをリクエストしたりしている。でも彼が戻ってこないのを感じて、静かにカフェを去っていくのね。ふたり は何も言わなくてもちゃんと相手のことがわかっている。お互いを本当に思いやっているからなのね。

J/ ふたりは、「電車から降りる時間」をちゃんと心得ているんだね。これ以上はもうダメだって。分別…そんな言葉では括れないものだね。 いい思い出がダメになってしまう。一番気持ちが高まっているときにね…とっても成熟しているよね。

B/ 静かな幕切れなのだけれども、実はとってもせつないのね。このせつない感覚は私やっぱり20代の頃にはわからなかったかもしれないわ。 なんで別れの挨拶さえしないで出ていくんだろうって、思ってしまったかも。でもね今は何だかとってもよくわかってしまって…。

J/ 彼女が最後に例の灯台の模型をわざと席に忘れてくる。もう何も言わないでも、ピエールには彼女が何を言いたかったがわかっただろう ね。そして数年後、回想から醒めて最初の場面に戻ってくる。車の中にいる彼女。そこに彼女の家族が戻ってくる。窓の外には彼女が残し ていったあの灯台の絵が描かれたポスターが劇場にかかっている。夢を実現したピエールがきっとそのむこうにいる。夫の「大丈夫か」の 呼びかけにも彼女はまだ我に戻っていない様子…一旦は日常の生活に戻った彼女がまた今あの時に戻っている。

B/ 多分、今の生活を捨てることにはならないとは思うのだけれど、『逢いびき』とは違って、まだ戻らないところ、そこにこれからの展開の 余韻を残して映画は終わるのね。うーんいい映画だわ。まっこと、すっばらしい!まったく違うタイプの映画だけれど、『セレンディピティ』 に、爪の垢煎じて飲ませたいわねー。

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