J/
まず初めに、この映画と昨年の『プラットホーム』を続けて観ると、中国の歴史、1940年代から現代までを一気に見れてしまうかもし
れないんで、ぜひ名画座で企画してほしいと思ったのでそれを言っておきます。
B/
「ほのぼの掲示版」まだ引きずっているのね(笑)でも描き方という点ではまったく違うけれどもね。この映画には余裕のようなものが
あるのね。その時代を実際生きてきた人が、淡々と昔話でも語るような感じがあるの。しゃべっている内容はこのうえなく悲劇的なのに、
落語みたいな明るさがある。可笑しさがある。その辺が見事だと思ったわ。
J/
影絵芝居で始まって影絵芝居で終わる。そこにとっても映画的な味わいがあるんだね。影絵こそ映画の原点。ロンドンの映像博物館の映画
の歴史も実は影絵芝居から始まっているんだよ。主人公と影絵、ここにチャン・イーモウ監督のこの映画への思いが出ているような気が
するんだな。
B/
この映画では、決して直接的には歴史が描かれないのね。あくまでもひとつの家族の歴史として、彼らが見たものだけが描かれている。け
れども歴史を知らない私たちにもとてもわかりやすくできている。方法としては、台湾の『非情城市』やスペインの『蝶の舌』に近いかと
思うわね。
J/
1940年代から文革の時代まで描いているんだから、壮大といえば壮大なのだけれど、わずか2時間15分の中で見事に消化されている
んだね。そんな壮大さが壮大と感じられないところにこの映画の真髄がある。
B/
40年代、国民党と共産党の内戦の時代。けれどもこの映画は生々しい戦争の場面から始まると思ったら大間違い。ギャンブル場から始ま
るのね。
J/
影絵芝居が上演され、鳴り響く音楽。天井のランタン、茶碗を振りサイコロをかきまわす音の響き。滅び行く世界の退廃の香り。負けが続
いている商家の若旦那、これが実はこの映画の主人公福貴(フークイ)なんだね。ただの遊び人という感じはしない。典型的なダメ息子な
んだけれど、どこかに品がある。
B/
あんまり負けつづけたんで、景気直しに影絵芝居のスクリーンの後ろに回り、自ら声を張り上げ演奏をしたらお客さんたちがギャンブルの
サイコロの手を止めての大喝采でね。道楽も徹底して本格的というのが、若旦那たるところ。それにしてもあの影絵芝居は美しいわね。そ
れを演じる舞台裏の紫煙、雑然とした雰囲気がこれまたとてもいい。そこだけは何か世界とは隔絶した空間があるみたいで。
J/
一般庶民の話かと思ったら、こういう古い商家の若旦那が主人公というところが、中国の激動する歴史を語る上でとてもプラスになってい
るような気がするね。明日は何がどうなるか本当にわからない。物語を数奇で運命的にさせている。
B/
ギャンブルで家のお金を使い果たし、妻には愛想をつかされ実家に帰られ、ついには借金の形に伝統的な広い家屋敷を取られてしまい、
そのショックで父親は心臓発作で亡くなり、堕ちるところまで堕ちたところから始まるからなのね。この没落もある種の時代の変化とも
まるっきり無関係ではない部分もある。前世紀までの旧い伝統が崩れてきていたその象徴のような感覚もある。あのギャンブル場の空気が
とても前世紀的であるがゆえにね。
J/
そう、ストーリーだけしゃべっていると、気が滅入ってきそうなんだけれど、実際映画を観てみるとそうはならないのは、やっぱり語り口
のうまさなんだろうね。とにかく家を失い、それでも食べていかなければならないっていうことで仕事を始めるのだけれど、その仕事が
影絵芝居なんだよね。道楽が彼の身を助けた。
B/
影絵芝居が物語りの中で常に、横糸としてある。このことがこの物語をどんなに豊かにしているか。
J/
最初に内戦に巻き込まれるところが見事だったね。影絵芝居の一番の見せ場にさしかかり、思いきり情感を込めて歌っているところで、
いきなり目の前の白いスクリーンに剣が突き刺さる。切裂かれてみればいままで聴いていた聴衆の姿はどこにもなく、武器を携えた兵隊
たちでいっぱいになっている。その衝撃。
B/
突然、日常から戦場へ放り込まれたみたいなわけのわからない状況というのがとってもよく出ているのよね。まあ、現実にはそんなことは
起こり得ない。いくらお芝居に集中しているとはいえ、兵隊たちが来て客席がザワザワしてれば、普通気がつくはずだから(笑)でも
視覚のイメージとしてはとってもいい。不条理な感覚がとてもよく出ているのね。これこそが映画だなって思うわ。
J/
最近では『ブラックホーク・ダウン』が誠にリアルな戦争というものを見せてくれたけれども、この映画の戦争シーンっていうのは、
象徴的な形でしか出てこないんだね。けれどもその象徴としての視覚や聴覚のイメージがとっても鮮烈だよね。
B/
塹壕で死んだ兵士のジャンパーを盗んできて、夜寒さをしのいでいると、遠くから聞こえて来る兵士たちのうめき声とかね。
J/
それで朝そこにいってみると、折り重なるようになって兵士たちが死んでいる。実は遠くと思っていたら、その声の場所はそれほど離れて
いなかった。戦場では生死をわけるのは、ほんのちょっとのことであると、後で身震いしてしまう。何も激しい戦闘場面を撮るだけが、
能じゃない。映画にはこんな表現方法もあるんだという見本のようなものだな。一瞬の視覚と聴覚、ここに訴えかけるものが充分にある。
B/
共産党軍がフークイと生き残った芝居仲間を追いかけていくシーンのダイナミックなこと。何もないだだっ広い丘を遠くからキャメラが
映し出す。小さな点のように見えるふたりを、共産党軍の大群が追いかけていき、やがて追いつき飲みこまれる。人がとてもちっぽ
けで、まるで歴史の大波に飲みこまれるかのようなのね。
J/
共産党軍の兵士のひとりが、影絵の人形を見つけて、太陽にかざしてみせた。やっぱり彼らはここでも影絵芝居のお陰で生き延びること
ができたんだね。野営地での、薪を使っての影絵芝居。風に揺れる粗末で薄汚れたシーツみたいな布キレに映し出されるその影。それを取
り巻く兵士たち。主義主張は違っても、それを楽しむ彼らの顔はまったくいっしょなんだ。
B/
それは、戦場から帰ってきて、世の中が共産党政権に変わっても、変わることはないのね。製鉄所でも影絵芝居は上演され、全体の士気を
盛り上げる役割をしている。
J/
確かに、借金の形にフークイから家を取り上げた男が、革命の中で反動分子として処刑されたりという怖い場面はあるけれどね。もし取り
あげられていなかったら、それは自分の身だったていうね。
B/
慌てて、革命軍に参加したという共産党の証明を額に入れたりとか、告発されないようにビクビクしている場面が、ちょっと滑稽に描かれて
いたりする。でもそんな中にあっても、意外に民衆っていうのは、楽しくやっていた部分もあるのだなというのが発見だったわね。
J/
結婚式の場面で、毛沢東を称える歌みたいなのを歌うのだけれど、まるで流行り歌でも歌うような調子でみんなが楽しんでいるといのとか
ね。人はどんな状況に置かれても、そこでできることをやって、楽しむこともみつけられるものだなって。決して暗黒ではない。そんな
ところに歴史の真実があるような気がする。
B/
フークイは、歴史の流れの中で、まず家を取られた。ところがそれが幸いして時代を生き延びられた。内戦に強制的に参加させられて、家
に戻ってみたら、娘の口が聞けなくなっていた。共産党の「鉄の増産計画」の無理な日程の中で息子が事故死してしまった。そしてついに
は、文化大革命で、隣人や友人を奪われ、娘も死んでしまう。大切なものがひとつひとつ奪われていってしまうのね。
J/
フークイ役のグォ・ヨウがとってもいいね。最初はいかにも若旦那風の風貌だった彼の顔が、そうした中でどんどん変わっていく。苦労
で段々鋭い顔になっていき、最後には穏やかささえある顔になっていく。苦労を重ねた人の顔。しかも一貫して品を保っている。ひとつの
映画でこれほど人の顔が変わるというのはホントすごい。
B/
コン・リーもこうした映画の中でとてもメリハリのある演技をしているわね。そして何よりも母の顔をしている。ふたりのコンビネーショ
ンが実にいいわね。
J/
文革のお陰で、ベテランの医学博士が反動分子ということで、病院からいなくなってしまう。学生だけで病院をやっていくということの無
理。そのせいで娘は死んでしまう。(コン・リーが迫真の演技なのだけれど、)その一方で、ベテランの医師が連れてこられていたけれど、
空腹から饅頭を食べ過ぎて動けないという滑稽な場面が同時に進行しているというのが、この映画の特色がもっとも現れたところだな。
B/
すべてがとても悲しい出来事なのだけれど、文革の時代には、常に自分を助けてくれた影絵芝居の道具までも取り上げられてしまう。もは
や個人の大切な思い出さえもが取り上げられてしまうということの意味ね。重い話をさらりと描いていて、観客を押しつぶすようなことは
決してないのだけれど、そんな場面に事の重大さが隠されているような気がするわ。
J/
まったくね。この映画は時代を描いてきていたけれど、実は最後の場面のほうに大切なメッセージがあるように感じるんだ。
B/
娘が残していってくれた孫に「大きくなったらガチョウになり、牛になる。さらに大きくなったら…」って語るところね。息子には「さら
に大きくなったら共産党になる」って教えていたけれども、孫にはもうそんなことは言えなくなってしまっている。
J/
今はもう空になっていた影絵芝居の人形を入れていた箱には、孫がもらってきたヒヨコが入れられる。
B/
今度こそ今よりいい世の中になるはずだという希望なのね。孫の時代には、それを育てていってほしいっていう。
J/
その限りにおいては、チャン・イーモウ監督が今の中国を決して良しとしているわけではなくて、これだけの苦難の歴史の後ではいつか
いい日が来なくてはおかしいっていう、希望のようなものを残しているような気がする。
B/
この映画は歴史を見なおすということだけでなくて、そこを出発点として未来を向いている映画なのね。直接には政府を非難することので
きない中国ではあるのだけれど、そんな視点を残して映画を終わらせたこと。それがこの映画としての価値を一段上に上げているように
思うわね。
J/
僕はこの映画を観て映画の持つ力というものを再認識しちゃったな。リアルに再現することだけが映画じゃないんだって。
B/
それよりもむしろ、小道具に意味を持たせたり映画ならでは表現方法によって、より簡潔により作者の言いたいことを伝えることができる
媒体。それが映画なんだって思えたわね。今まで公開されなかったのがとても不思議ね。とてもいい映画だったわ。
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