J/
この映画の男たちは本当に無口だったね。香港映画ってとにかく賑やかっていうイメージがあるから、こういうのもできるのかって、感心
してしまった。香港ノワールのひとつなんだけれども、『男たちの挽歌』とも違う、まったく新しい香港映画を観たという思いがしたな。
B/
かつてフランスにフィルム・ノワールというジャンルがあったわよね。邦訳すれば、暗黒街物ということになるのだけれど。『現金に手を
出すな』『地下室のメロディー』とか、モノクロ映画でとっても渋い大人の映画という気がしていた。この映画はどちらかというとそうい
う世界に近い気がするわね。
J/
このての映画には、一定のルールがあるんだよね。まず第一に非情でなければならない。へんな人情にかられた日には、自らの命を失いか
ねないからね。人を信用してはならない。男はあくまでも一匹狼なのです。集団で行動するにしても、仕事が終われば、何事もなかったよ
うに去っていくこと、これも鉄則。足がつくことのないようにね。
B/
まんがいちルールを破ったものがいれば、殺されることになります。(笑)
J/
こういう一定のルールの上になりたっている映画っていうのは、近頃では少なくなったよね。昔はフィルム・ノワールに限らず西部劇もそ
うだし、当たり前だったのだけれどね。
B/
かつてのように観客と作リ手の暗黙の了解といったものが成り立ちにくくなっているのじゃないかしら。「映画はわかりやすく、面白くな
ければならない」というハリウッド映画の風潮もあるし。これに応じて作られる映画の数々は、ストーリーはなるたけ単純、派手なアクシ
ョン・シーンが満載なほどいいみたいな。
J/
そういう映画のほうが当たり前になってきているからね。暗黙の了解なんてものは、確実になくなっているよね。
B/
西部劇がスタレていったことのひとつは、ただ単に悪役を描きにくくなったということだけでなく、そんなところにも要因があるような
気がするわね。あれこそ「暗黙の了解」の上の美学だから。それがなくなったら、映画は作りにくい。
J/
この『ザ・ミッション』には、今の映画には珍しく、映画の中にさまざまな掟が存在しているよね。いまどきよくこういう映画が作られた
たなと。
B/
掟については映画ではなんら説明がないのだけれど、それではわかりにくいという配慮のため、日本語の解説のスーパーがついていたわね。
だからこういう映画に慣れていない観客にも入りやすくなっているのね。私にはとても良かった。
J/
この映画ストーリーは単純だよね。今は引退して美容院のオーナーをやっていたり、クラブのオーナーをやっている男たちが、暗黒街のボ
スの身を守るため、一同に集められ、その任務を時に冷徹に遂行していく。だったそれだけだものね。きっとストーリーだけをしゃべって
もこの映画の面白さっていうのは、理解してもらえないと思うよ。
B/
普通であれば、敵の姿を一瞬でも見せるなど、手強い敵との頭脳勝負といったサスペンスの要素が入れられるものなのね。でもこの映画に
はそれさえないのね。狙撃手はいつも暗闇に紛れ姿を決して見せることはない。
J/
映画はあくまでも、男たちの視点で、彼等の仕事ぶりだけに集中しているんだね。観客にも必要最小限の情報しか与えられていない。ボス
が一体暗黒街でどんな役割をしているのかとか、見えざる敵の正体はなにか、そういうことは一切見せない。見せないことで逆に「掟」だ
けがクロース・アップされ、男たちの行動に重くのしかかってくるんだな。
B/
その重さがなんであるか、それが段々と映画の中でわかってくるという構造になってるのね。この映画の目的はサスペンスというよりは
そのことにあると思うわ。
J/
男たちの美学っていう面もある。ショッピング・センターでの銃撃戦、誰かが言うまでもなく、それぞれが自分の持ち場について、両足を
踏ん張り四方八方に銃を構えるシーンのカッコ良さ。余計な音楽はかからないね。会話もない。そこに掃除夫の男が、カートを引いて通り
かかる。下りのエスカレーターが一定のリズムで下に降りてくる。彼は狙撃手なのか…その静けさの中の緊張感。重火器をぶっ放しまくる
映画にはない緊張感があるね。
B/
決して男たちは、いい男というわけじゃないのよ。宍戸錠(アンソニー・ウォン)に、伊集院光(ラム・シュー)こういった人たちが
カッコ良く見えてくるところがいいのね。実際に彼等は他の映画では、脇を固めるバイ・プレーヤーといった役所が多いらしいけれど、、
こういった地味な男たちが主役として登場してくるところに、この映画の味があるわね。
J/
かつてのハリウッド製ハード・ボイルドの主役が、決してハンサムでもないし、ギャングの敵役として鳴らしたハンフリー・ボガートであ
ったことを思えば、この映画はむしろ正統的だといっていいでしょう。
B/
彼等それぞれに特徴があるというのもいいわね。5人という人数も手ごろなところでしょう。これが7人となると、必ず目立たない人が出
てくるものね。『荒野の七人』のブラッド・デクスターみたいに(笑)
J/
コワ面で親分肌のフランシス・ン、サングラスをかけるとほとんどエースの錠、クールな一匹狼その実美容院のオーナーというアンソニー
・ウォン、いつも落花生ばかりムシャムシャ食べていてトボけているのに、実は肝が座っていて頼り甲斐のあるあるラム・シュー、野心家
で5人の仲では一番お洒落、ロイ・チョン。一番若く無鉄砲、それが仇になるジャッキー・ロイ。その道何十年のベテランから若手まで理
想的な5人といえるでしょう。
B/
時に不用意な会話や油断が命取りになる世界。冒頭で、ボスを守れず、自分だけ逃げてしまった男がリンチにあい、追放されるシーンを
最初のほうで見せているのが効いているのね。仲間とはいえ、裏切りや失敗により、彼等同士が明日の敵になってしまうような非情な世界
っていうのがわかる。それで集められた5人の間柄は極めてクールな関係、それでもいっしょにミッションを遂行するうちにいつしか友情
のようなものが芽生えてくるのがいいわね。
J/
あくまで、会話ではなくて、彼等の動作や表情でそれを表現するところがいいんだ。一番若いジャッキー・ロイが、アンソニー・ウォンの
煙草に花火を仕掛けるイタズラをして、一瞬場が和んだりとかね。
B/
ボスを廊下で待っている間に、誰ともなく紙クズを蹴りだし、それを交互に回したり。コワ面で一見そんなことしそうにもない、フランシ
ス・ンまでもがちょっぴり仲間に加わったりしてなんだか微笑ましくなってくるのね。その無邪気さがいい。いかつい顔なだけに(笑)
J/
彼等の中に連帯感のようなものが芽生えているのがこれだけでわかるね。これを表現するのに、これ以上のものはないだろうね。
B/
この映画は、ボスを狙う狙撃手たちを追いつめ、黒幕を探るミッションの遂行と、友情と組織の掟に縛られた5人の男たちの苦闘の2部に
分かれている。そしてクライマックスはもちろん後者であるというところに、この映画の意図が隠されているような気がするわよ。
J/
一番若いジャッキー・ロイが、ボスの女と寝てしまった。重大な「掟破り」をしてしまう。当然次なるミッションは、仲間の暗殺となる。
ミッションであれば、友情とか人情などといっていられないはずなのだけれど、この映画はそうはならないね。
B/
他のハード・ボイルド映画の例にもれず、彼らもクールなようでいて、意外に人情家だったりするのね。さっきの紙くず蹴りがここにきて
また効いてくるわね。それだけで観客にはもう充分わかっているから。
J/
「昼間はハード・ボイルドだが、夜はそうはいかない」これはヘミングウェイの有名な言葉なのだけれど、普段は隠された、こうしたセン
チメンタルな感情もまた、ハード・ボイルド映画の魅力だったりするんだ。
B/
それぞれの方法で、何とか彼を助けようともがく男たち。あくまでもミッションに忠実であろうとするアンソニー・ウォン。そこに駆け引
きも生まれ、サスペンスが生まれる。彼らの敵は、目には見えない「掟」となってくるのね。狙撃手は、いざ姿を見せれば「なぁんだ、
こんな奴だったんだ」ってことになっちゃうけれど、「掟」はそうはいかない。それが実は一番コワイのね。
J/
今しゃべっていて、僕は確信したね。この映画は、アクション映画という以上に、ハード・ボイルドな男たちの哀感を描くことに主題を置
いた映画だったのだと。
B/
この映画はそれゆえに、ストーリーは単純過ぎるほどに簡略化されているのね。本来であれば、もう一工夫ほしいなどと思ってしまうとこ
ろなのかもしれないけれど、この映画に関してはそんなことは気にならないものね。むしろそれが長所になっているのじゃないかしら。
J/
黒と白を基調とした男たちの衣裳、夜の場面が多いこと、(ハード・ボイルド映画はこのモノトーンの色調こそが合うと思う)スタイリ
ッシュな乾いた音楽、決して主人公たちに近寄り過ぎることのないキャメラ、スピードの速いワイプを使った場面転換。こうした演出のす
べてが、男たちの哀感を出すという一点に向かっているんじゃないかな。
B/
それを表現するのに、複雑な背景、凝ったストーリーなどはむしろ不用だったのね。こうい映画もいいものね。派手なアクションだけが
映画の面白さじゃないってことを、実感したわね。
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