J/
『山の郵便配達』は地味だし、素朴だけれども久しぶりに観ていてホッとするようなところがある映画だったな。
B/
父親の存在が希薄な今だからこそ、たくさんの人に観てもらいたい映画だわ。
J/
これは1980年代の話なんだよね。最近中国の映画もこういった過去を舞台にした映画って多いね。『初恋のきた道』とか。市場開放政
策で大きく変りつつあるから逆にこういう映画ができるのかもしれないね。
B/
どこか懐かしく感じられる、そんな映画。人情がとても心地よい。
J/
この映画のファースト・シーンは大変いいね。朝早くまだほのかに表が明るくなってきた時間、一軒の小さな家に明かりがついている。「
今日が郵便配達の仕事の最初の日である…」って息子自身のナレーションが入って家の中に入ると、荷物を父親が揃えているところ。郵便
配達の仕事を引退して息子に任せたお父さんが、心配しているんだね。郵便物を入れる袋は汗や手垢が染みついて、茶色くなっている。
B/
それに対して息子の真新しい帽子。「僕ならこんなの2日で回れる。三日もいらない」なんて息子は、楽勝ムード。父親はだから余計心配
しているのね。つらい仕事だぞって。母親も別にそんな仕事をしなくったって食べて行けるのにと、心配顔。
J/
真面目に働いていれば、公務員だから幹部にだってなれるしって、そんな心配どこ吹く風でね。親の気持ち子知らずっていうんで、どこに
でもある風景なんだな。
B/
いっしょにお供する犬がいいわね。名前が次男坊(笑)息子が長男坊…で、犬が次男坊!中国は一人っ子政策だから。
J/
息子が出かけるんで呼びかけるんだけれど、犬は父親にベッタリでついていこうとしないんだ。永年苦楽を共にしてきた忠犬だから。そ
れで仕方ないって今回だけ父親もいっしょについていくことにする。
B/
どうも父親は最初からその気だったのだけれどもね。だって、すぐに出かける準備ができちゃうんだもの。村のはずれにある石橋を親子と
犬が渡っていくシーンが美しい。靄がかかっていてね、彼らを遠景でキャメラが捉えている。寄り添っては歩いていないのね。息子ははり
きってどんどん先に、犬は一番後から、時々寄り道しながらついてきている。
J/
このシーンはラスト・シーンにもうまく繋がってくるしねー。とても印象的だし、象徴的でいいんだね。綺麗なだけじゃなくてね。
B/
「父と何を話していいかわからなかった。父は家にいないことが多く、たまに帰ってきたとしても、僕は外で遊んでいた」そんなナレーシ
ョンが入るとおり、彼はまるで話しをするのが困ったかのように振りかえることすらせずに前をどんどん歩いていくのね。
J/
この関係が徐々に変化していく過程が、この映画はよくできているね。
B/
最初の村で、彼はきっと村人が大歓迎してくれているに違いないって思って乗りこんでいくのだけれど、実際は誰もいない。がっかりする。
ちょっと待ってようって郵便を届ける家の前で、キセルに火をつけて休んでいる。次男坊が吠えているからそのうちくるよって。ここは
山の中の村だから、みんな山へ仕事に出ているのね。
J/
キセルを吸わせてくれって息子が言う。父親がお前も吸うとは知らなかったって。吸いかけたキセルを息子にそのまま渡す。思えばここが
ふたりの心が歩み寄る第一歩なんだな。息子も父親もお互いのことを実はあまり知らない。けれどぎこちなく渡したキセル、そうかそうだ
ったのか、これも大人だったんだなって、そんなところからお互いが近づきはじめるんだよ。いいんだねこれが。
B/
犬の声を聞いて、この家の主がやってきて、「これからは息子に変りますのでよろしく」なんて会話があって、門の外に出ると、村人がい
つの間にか大勢集まってきているわね。父親が今日が最後でって挨拶をすると、村人たちが別れを惜しんでいつまでもいつまでも見送って
いる。子供たちが村の外に出る道までついてきて、父親は飴をいくつか渡してやる。これだけで彼がやってきた仕事がどういうものだった
かがわかる。いいわねー。
J/
村を出てからは、二人が会話できる距離にまで近づくんだよね。これだけでわかるね。息子が父親をちょっと誇らしく思えたってことが。
B/
それと、あんまりよく考えて着いたわけではない自分のこの仕事も悪くないなって思う。その後がまたつらい行程ではあるのだけれど。息
子はそういえば、母はこんな山里の人だったんだなと、父親と母親の出会いについて思いをめぐらせる。なんだってこんな山里に人が住ん
でいるんだろうって。実際この辺の村は大変貧しいので、若い頃の父親が母となる人が捻挫で立ち往生しているのを助け、村まで送った時、
村人は彼女よりもいっしょに連れていた牛が帰ってきたことを喜んだほどなのね。
J/
そうそう、この映画は父と息子の話しっていうだけではなくて、そういった小さい村の問題も出てくるんだね。次の村では目の見えないお
ばあさんがひとり暮らしをしている家に行く。家の中が真っ暗なんだよ。その真っ暗な戸口を背景におばあさんがひとりで座っていて、彼
女のところだけが明るくなっている。犬が吠えたんで、椅子を外に持ち出して待っていたんだろうね。
B/
孫がいたんだけれど、都会に出てしまっている。その孫からの手紙。それを心待ちにしているのね。
J/
最初にお父さんのほうが手紙を読んであげる。「おばあさん目はどうですか。腰はどうですか」なんて。いつも同じだねーなんて言われて。
「忙しくてなかなか帰れないので、困った時は郵便配達の人に相談してください」で、おやって思う。後は息子が読むからって手紙を手渡
す。すると彼は困ってしまう。やっぱり何も書いていないんだね。
B/
それでも自分で考えて「今度いっしょに住みましょう」なんて言っちゃったから、おばあさんが悲しそうな顔をしているの。孫からの手紙
ではないんじゃないかって疑ってはいたと思うの。でもそう思いこんで楽しみにしてはいたけれど、いざ目の前にその事実を突きつけられ
て、やっぱり一瞬だけれど、とても悲しくなるのね。
J/
「あなたが孫みたいだ」って。手紙がいっぱいくるからこれからも頼むねって。とても複雑な気持ちがする。小さな村にも確実に変化が訪
れているんだね。
B/
通信教育で勉強して将来は都会に出て記者になりたいって子が別の村で出て来たり。これは80年代の話だけれども、その後の中国の変化
を予感させているのね。
J/
おばあさんのことで、父子が意見の衝突をする。隠すのはよくない。本当のことを言ってあげるべきだという息子と、おばあさんには孫だ
けが生きがいなのだから、本当の手紙らしく読んであげるべきだという父。
B/
若い時なら私も、そういうことをするのはだますみたいでやだと思ったと思うけれど、今となっては、お父さんの言うことがよくわかる。彼女
にとっては、もう先が長いわけではないので、夢でもいいからいい思いをさせてやりたい。それに彼女がそれをわかった上で手紙を読んで
もらっているふりをしていたとしても、それだけで彼女は嬉しいのだと。
J/
そういう意味では普通の父子の会話だよね。
J/
川に出て、息子が父親を背負っていく。足の悪い父親には、この水の冷たさがこたえるだろうって。それぞれに色々な思いが交叉する。
父親を背負うなんて、自分も一人前になったのだなという気持ち。それとこんなに父親が軽かったのかっていう驚き。
B/
お父さんも息子に背負われて、彼の子供時代を思い出している。いつの間にこんなに成長したんだろうっていう感慨。お父さんの表情がと
てもよかった。何も言わずともすべてを語っている。ここで回想場面が入るのだけれど、ここは絶対に表情を見せるだけでよかった。それ
で充分に気持ちが伝わってきた。
J/
川を渡った後に、ふたりが焚き火で暖をとるんだね。背負ってもらって、息子の首に傷があったのに気づく。子供の時に鍬で怪我したけれ
ど母さんに黙っててっていったんだって、息子。愕然として黙りこむ父。その後彼は初めて父親のことをお父さんっていうんだよね。
B/
永年の誤解が融けていくのよね。
J/
その後は逆に、父親が崖から落ちて気を失い、村人に助けられたこともわかる。家族にはだまっていたんだね。結局お互いを思いやる気持
ちが、逆に誤解を生んでいたのかもしれない。
B/
この頃になると、ふたりの歩く位置関係が逆転しているのね。お父さんのほうが、息子の前を歩いていたりする。
B/
ある村でお祭りがあって、息子が村の若い娘といっしょに踊りを踊るところで、お父さんは自分の若い頃のことを思い出す。回想シーンが
ちょっとクサイところは置いといて(笑)あんまりふたりがいい雰囲気で、自分と奥さんの若い頃を思い出してしまった父親があの村の子は
どうだって聞くと、息子は彼女はダメだっていうのね。
J/
なんでダメなんだっていうと、彼女が故郷を恋しがるがるからってね。
B/
なぜ恋しがるかっていうと、「山の人が山に住むそれが一番だから」って。なんかいいセリフよね。父親は複雑な気持ちになる。母さんは
我慢してたんだなぁって。彼も仕事一筋でこれまできていたけれど、これで家族みんなの思いがわかる。それと、家族がひとつにつながっ
た瞬間でもある。息子の気持ちと奥さんの気持ちと。
J/
考えてみれば、「彼がなんでそんなツライ仕事をしてきたか」っていうと、それが彼にとって一番だったからだってことにもなるかもね。
息子のほうもこの旅で、結局そのことを理解するんだね。今まで付き合いにくかった父親の気持ちが完全にわかる。そういう意味でもポイ
ントのセリフになってるね。
B/
そこで初めて「父親が家族をずっと思っていたこと、そしてこれからも変ることがないんだ」って息子の回想の声が入るのね。
J/
夜民家で、息子の寝顔をキセルをふかしながら眺める父親。なんとも言えない表情でね。そこには、すっかりたくましく成長していた息子
がいる。
B/
息子にこのつらい仕事を継がせるのはしのびないっという思いと、こんな息子だからこそ、安心して自分が引退できるっていう思いも交叉
するのね。
J/
ラスト・シーンがいいね。これまでのドラマのすべてがそこに集約されていく。
B/
そうなのね。なんかいい映画を見せてもらったなぁっていう後味が残る。世界のどこでも通じる普遍の物語でもあるし、またそれが忘れら
れる危機にも瀕している物語でもあるのね。この映画を観て、ホッとすること自体が、すでにその世界が過去のもので、現実にはもっと
せちがらくなっていることを意味する。
J/
これは中国においてさえ、過去の話でもあるしね。未来すなわち今を予感させるようなエピソードを父子の背景に盛り込みながら、この話
が進んでいく。それがこの映画をただ単に、父子の物語としていないで、ストーリーに深みをもたらしている。80年…日本ではすでに
もっと前に失われてしまったものなのかもしれないけれど。
B/
今はメールの時代…この映画では意外なことに手紙の内容には触れられることがないのね。手紙を通じて触れ合う人々に焦点を当てている。
もし、手紙の中身にも触れるようなエピソードを入れたとしたら、またドラマチックなドラマも作れたかもしれないのに、敢えてしなかっ
た。唯一中身に触れられるのは、自分で運んだ自分への妻からの手紙。それも生涯で唯一運んだ自分への手紙なのね。その1通の手紙の持
つ重み。
J/
見失ってはいけない大切なものね。それこそがこの映画のポイントなのだろうな。多少回想シーンの入れ方などに、若い監督らしい未熟さ
もあるけれど、どうしてどうして、これは豊かな映画だ。
B/
私は、例え地味でもこういう映画が好きなのね。早くも今年のベスト・ワンになりそうよ。
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