J/
ここ数年のウディ・アレンの映画の中で、僕はこの作品が一番良かった。とにかく30年代の時代の雰囲気がとても素敵でね。
B/
いつもそうなんだけれど、今回も音楽の選曲がとても素敵だった。
J/
僕は、元々高校生くらいの時に、ウディ・アレンの『マンハッタン』でガーシュインを知って、それからミュージカルを見たり、ジャズも
聴いたりするようになったから、彼の映画音楽のセンスには絶大な信頼をよせているみたいなところがあるんだよ。
B/
その中でも、この映画はウディ・アレン自身の音楽への思い入れがよく出ている作品よね。ミュージシャンが主役っていう映画は意外なこ
とにこれが初めてだものね。
J/
最近、『世界中がアイ・ラヴ・ユー』でもそうだったけれど、自分の好きな世界を、ストレートに表現するようになってきたように思う。
その辺が年齢かな。いい意味での。
B/
『世界中がアイ・ラヴ・ユー』では、ワン・シーンだけれど、とうとうグルーチョ・マルクスを演じたわよね。
J/
この映画の伝説のミュージシャン、エメット・レイっていうのは、まったく架空の人物なのだけれど、ジャズ評論家や、ウディ・アレン自
身の証言が入って、まるで本当にいた人みたいで面白い。
B/
ちょっと『カメレオンマン』を彷彿とさせるのよね。でもあちらのほうは、ナンセンスの面白さだったのに対して、こちらは、あくまでも
リアルなところがまた面白いわね。
J/
このエメット・レイというギター弾きが憧れているジャズメンが、ジャンゴ・ラインハルト。彼はフランスのクラリッジ・ホテルのティー・
パーティーで演奏していたのを、ユーグ・パナシェら(デューク・エリントンなどのコンサートを手がけていたフランス、ジャズの草分け)
によって発見されたところから世に出たということなんだ。
B/
それで、彼に憧れるエメット・レイもまた、最初シカゴのホテルで演奏しているというわけね。その辺りをきちんとなぞっている。
J/
ついでに言えば、ジャンゴを発見したユーグ・パナシェっていう人は、「ジャズという名に値するものは、30年代後半までにシカゴ、ニュ
ー・オリンズで演奏されたものに限る」と言っていた人なので、エメット・レイの音楽は、そのへんでちゃんとジャンゴに繋がってきてい
るんだ。各地で演奏をしているけれど、彼の音楽世界はシカゴでということにとても意味があったんだ。だから彼にとっては、ハリウッド
行きっていうのは、一種の都落ちみたいな感覚があったんだね。それは、ジャンゴからますます遠ざかることをも意味している。
B/
ハリウッドへ行った彼が、自分の彼女がサイレント映画に出演したということは、私たちの想像以上に屈辱だったのかもしれないわね。
自分は、フィルムのバックでただ演奏をしているだけというのに。
J/
映画の主演女優は、サイレント時代絶大な人気を誇っていた、タルマッジ姉妹の末っ子で、この人は、チャップリンと並ぶ喜劇王、バスタ
ー・キートンと結婚した人というところにウディ・アレンの遊び心がある。これはまた別の話…。
B/
このエメット・レイという男は、ギターの腕は一流なのだけれど、付き合う女にいつも「あなたの演奏には、ハートがない」って言われる。
まさにそれがないために売れないのよね。見栄ばかり張って、一時の快楽に身を任せている。それは、自信のない弱い自分を見つめること
が怖いからに他ならないのね。結婚しない主義なのではなくて、そうすることが苦痛なだけなのよ。
J/
彼の変な趣味っていうのが、とっても象徴的だね。ただ通り過ぎる列車を眺めることっていうのが。大抵これで女性たちから馬鹿にされて
しまう。これも結局1箇所に落ちつくのが怖い。常にどこかへ逃げ出したいということを象徴していると思うな。
B/
30年代。失業者が溢れ、鉄道をただ乗りして街を渡り歩き、職を探し求めるホーボーが流行していた時代というのにも、大変合っている。
J/
エメットが、自分の舞台装置の相談をする男たちがまさにホーボーだったね。僕はホーボーっていうと、すぐに『北国の帝王』を思い出し
てしまうのだけれど。
B/
そのホーボーたちに相談した舞台装置が、「ペーパー・ムーン」っていうのも嬉しいわね。30年代を舞台にした映画『ペーパー・ムーン』
を思い出す。
J/
この歌は実際に当時流行していた曲で、紙のお月様の上に乗って写真を撮るということも流行っていたらしい。エメットはそこで月の乗っ
てギターを演奏するアイデアを思いついたのだろうね。
B/
♪Say, its only a paper moon
♪Sailing over a cardboard sea
♪But it wouldn't be make-believe
♪If you believed in me
例え、紙のお月様でも、例えボール紙の海でも、私を信じてくれたらすべて本物…
彼は誰も信じることができなかった。自分さえもね。舞台上の月が落ちてきてしまい、失望した彼が、その日のうちに燃やしてしまうのが、
とっても象徴的なのね。
J/
誰も信じられないダメ男に、口を聞くことができない女のコが恋をするという構図は、フェリーニの『道』の、人に心を開けない野獣のよ
うな大道芸人ザンパノと、頭が弱く純粋で天使のようにジェルソミーナの関係を思いだすよね。
B/
まさに『道』に沿って話も進んでいくのね。彼が鉄道があんなに好きなのに、考えてみれば、常に車で移動しているのもその辺を意識して
いるに違いないのね。
J/
途中、サーカスならぬ、街の芸能大会みたいなのにも参加するしね。
B/
あの、芸能大会は傑作だった!自分に酔ってオペラを唄う太ったおばさんがいるかと思えば、お世辞にもうまいとはいえない鳥の鳴きまね
をするおじさんがいたり、足を動かさず、口や手を使ってタップのリズムを刻む芸達者な人が出て来たりする。(笑)
J/
あのタップのおじさんは、絶対大道芸人だよね。こういうのを見ると『ブロードウェイのダニー・ローズ』を思い出してしまう。どうも今
日は思い出すのが多くて申し訳ないけれど(笑)あの映画の売れないエージェント、ダニー・ローズの抱える芸人たちの中にも、片足のタッ
プ・ダンサーとか、風船で動物を作るけれど、子供を泣かしてしまうとか、変な芸人がいっぱい出てきた。(笑)
B/
そういえば、エメットの後で順番を待っているのが、変な腹話術師だったわよね。これも『ダニー・ローズ』にも出てくる。よっぽど、ウ
ディ・アレンはこういうのが好きなのね。
J/
そういった意味でも、さっきフェリーニの『道』を完全になぞっているっていたけれど、これはウディ・アレンの世界そのものになってい
るんだよね。決してパクリではなくて、完全に自分の中で昇華しているんだね。
B/
ひとりのダメ・ミュージシャンがひとつの傑作を作るまでの、話の手段に使っているだけなのね。『道』のエッセンスだけを取り入れた、
まったく別の魅力ある映画になっているところ、その話術はまさに名人芸。こういう昇華のしかたって、ちょっとやそっとじゃ思いつくも
のではないと思うしね。
J/
主役はあくまでも、音楽の中にある心なんだね。だから、口の聞けない女のコが、エメットに惹かれたのも、音楽がきっかけになっている
し、エメットが、本当に大切なものに気がつくのも、音楽がきっかけとなる。
B/
気付いても、決して幸せになれないところが、まさに真の芸術家、ジャズ・マンの宿命みたいになっている。でもそこから、ハートのある
類まれな傑作が、ただ一曲残されることになったと。
J/
そういう意味では、これはまさにジャズについてのお伽話なんだね。だから結末はどうあれ、そのことだけでとても幸福感がある。
B/
彼女が、本当に結婚していたのか、子供は誰の子供なのか、エメットの人生はその後はどうなったのか、その一切が謎に包まれていて、余
韻を残すところも大変いいわね。いつもはダメ男の話は苦手な私だけれど、この映画に関しては、すっかり酔わされてしまったわ。ウディ・
アレンは、まだまだ元気よ!
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