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カエル 『クイーン』



森の中から立派な角をもったオス鹿が悠然と現れた。この辺りでは滅多に見かけることがなくなった、滅び行く森の王者である。湖畔のほ とりでひといきついていたエリザベス女王は、その姿に思わず涙する。「ハンターに見つからないうちに逃げるのよ」彼女は、鹿に自分の 姿を重ねていたのだった。自分は滅び行く伝統を担った最後の人間なのだろうか…。ダイアナの死によって、自分の信じてきたものが、 こんなにももろく崩れていくとは思ってもみなかった。

弱冠25歳、戴冠の時から数えて50年あまり、当初は、王位継承者でなかった(叔父エドワード8世の「王冠を賭けた恋」による王権放 棄のため、ジョージ6世の次の王位継承者になった)にも関わらず、またそれだからこそ、エリザベス女王は常に威厳を保ち大英帝国の女 王らしくあろうと努めてきた。

しかし、今回彼女がとった態度は、大衆には冷たい人と映ってしまう。王室不要論まで再燃するほど、女王の人気は地に堕ちてしまうほど だった。

一方、家族といえば、まるで別世界に生きているような夫のエジンバラ公、皇太子としての思慮に欠けるチャールズ、古きよき伝統の中に 生きるクイーン・マザー。女王を理解できる人などなく、その孤独が身に染みる。

唯一よき相談相手となったのは、皮肉にも、女王が歴代の首相たちと比べざるをえなかった人ブレアであった。彼の助言に従うべきか否か。 自問自答を繰り返す。自分は滅び行く大鹿なのか、いや、あの鹿だって生き延びる道があったではないかと・・・。当時、私もテレビで見てい たエリザベス女王のダイアナ追悼の会見が、こんな葛藤のなかで進められていたことに驚かされる。

ついに伝統を破り、大衆の希望に応えた形のあの会見。その後、ブレア首相と並んで歩く(主従関係ではありえない)のも、伝統からいえば 、考えられなかったことである。しかし、両者の関係は明らかに主従となっているのが、遠方からでも見て取れる。形を変えても彼女は、 威厳が内側から溢れだしており、このような事件の後にも決して軸がぶれていないのである。実は女王は、伝統を破ることによって、かえ って王室を、伝統の本分を守っていたのだ。普通の人と同じように迷い、孤独に苛まれるひとりの女性であるのに、労働党の首相にさえ思 わず畏敬の念を抱かせてしまう。そこに女王の本質を見た思いがした

<作品データ>
スタッフ
監督/スティーヴン・フリアーズ
製作/アンディ・ハリース
脚本/ピーター・モーガン
撮影/アフォンソ・ピアト
編集/ルチア・ズケッティ
音楽/アレクサンドル・デブラ
キャスト
ヘレン・ミレン
マイケル・シーン
ジェイムズ・クロムウェル
シルヴィア・シムズ

製作年/製作国 2006年/イギリス・フランス・イタリア

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