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カエル 『レミーのおいしいレストラン』で心豊かに



『レミーのおいしいレストラン』観てきました。 ねずみが料理を作る。 案外、彼らは本当においしいものを知っているのかもしれない・・・面白い発想である。

台所なんかに出てきた日にゃ、悲鳴が響きわたること請け合いのあのねずみ君。しかも、アニメだけれど動きは、ねずみそのもの。這いつくばってチョロチョロ動き回っている。 二十日ねずみなら、可愛いという声もあがろうが、この映画の主人公は野ねずみ。冒険だったに違いない。

そして私たち観客は、ねずみと共に、家の配管の上を駆け上がる。人の足に踏み潰されそうになりながら、その合間を駆け抜ける。気分はすっかり、ね・ず・み。それがスリリングでさえある。ねずみの大群が走り回るなんて、ドラキュラ映画かパニック映画くらいしか思いつかなかったのだが、この映画は違う。「そんな目で見つめないで」彼らはそんな目をしている。だから可愛い。

アニメなのに、料理も質感があり、驚かされる。 野菜のみずみずしさ、スープのアツアツトロトロ感、お肉のジューシー感が伝わってくる。 人あるいはねずみが感じた味を映像でどう表現するか、これも見所。おいしい顔を見せるというだけではなく、味のハーモニーを絵で表現 していて、面白い。そういえば、かつてディズニーは、音楽を絵で表現していたものだ。(『ファンタジア』)

下水に流され、流れついた地下深くの空間で、ねずみのレミーは、家族とも生き別れ、打ちひしがれていた。 そこに現れた名シェフの亡霊(亡霊というよりは、料理の妖精のように見える)に励まされ地上に出る。すると、そこには魅惑のパリの夜景が広がっていた。「そうだったのか、僕は今料理の都、パリの真ん中にいたのか!」 地下から上に登っていくこと、勇気がいることだけれど、登らなければわからないことがある。 案外登ってみたら、夢は近くにあった…そんなこともある。 これはそんな例え。

それにしても、夢に向かっていく姿というのは、観ていて気持ちいい。見習いのリングイニとレミー、それぞれ才能も夢の形も違っていた けれど・・・きっと誰もが、まっすぐに、正直に進んでいけば、きっとそこに何かが待っているのかも。そんな風に思えてくる。

レミーの夢は料理人になること。舌が敏感で、味のハーモニーを頭の中で描くという天才的な才能を持っている。それに引き換え、優れた 料理人の血が入っているリングイニは、料理がまるでダメ。それでもなんとかこの世界で生きていきたいと考えている。お互い何かが欠 けている二人。一方は人間ではない。一方は、才能がない。そこでふたりは考えた。レミーがリング イニのかぶっている帽子の中に隠れ、髪の毛を操縦棹に変えて彼を操作して料理を作ればいいんだ。まるで「マジンガーZ」のようである。 一体リングイニの身体はどういう仕組みになっているのか謎だけれど、発想が面白い。よくああいうことを思いつくもんだと思うのだが、 なるほど、 監督ブラッド・バードが最初に名を上げた作品は、『アイアン・ジャイアント』。ロボットの映画なのだ。やっぱり、ロボットが好きだ からこそなのだろう。

心のこもった料理は人の心をとろかす。『バベットの晩餐会』で、パリから北欧の寒村にやってきた女性料理人は、お世話になった老姉妹 への感謝を込めて、料理を作る。それが村人たちの心を幸せにした。晩餐後、輪になって踊る村人たちの姿には喜びだけでなく、隣人への 優しい気持ちが溢れてきた。『レミーのおいしいレストラン』もそんなシェフの料理のようである。批評家に★★★★なんかもら えなくったって、有名ではなくったって、心を慰められる、そんな料理のようである。食べ終わって、元気が出てくる、勇気が戻ってくる 、人に優しくしたくなってくる、そんなスタミナを持っている。

<作品データ>
スタッフ
監督: ブラッド・バード
製作: ブラッド・ルイス
製作総指揮: ジョン・ラセター
アンドリュー・スタントン
原案: ブラッド・バード
ヤン・ピンカヴァ
脚本: ブラッド・バード
撮影: シャロン・カラハン
音楽: マイケル・ジアッキノ
声の出演
パットン・オズワルト /レミー
ブライアン・デネヒー /ジャンゴ
ブラッド・ギャレット/ グストー
ジャニーン・ガロファロー/ コレット
イアン・ホルム /スキナー
ピーター・オトゥール/ イーゴ

製作年/製作国 2007年/アメリカ(製作ピクサー)
メイルちょうだいケロッ

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