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カエル ジャック・タチ『のんき大将』



ジャック・タチの『のんき大将脱線の巻』を観た。
正確にはカラー版『新のんき大将』のほうである。

ユロおじさん(『ぼくの伯父さんの休暇』)の5年前、その原型がここにあったのだ。ユロおじさんに比べるとジャック・タチはややしゃべり過ぎで、それがかえって邪魔になってはいる。ちょっとまだ泥臭いか。 でもあの独特の、ひょうひょうとした、ぎこちのない動きはもう健在ですゾ。

フランスの小さな村、一年に一度のお祭りの日、回転木馬を載せたトラックがやってきた。 子供がスキップしてこれを追いかける。
村では大人たちもいてもたってもいられなく、仕事をさぼってカフェにたむろす始末。 それを腰の曲がったおばあちゃんが、眺めいちいち「あそこの誰は・・・」とスクリーンのこちら側に解説をする。 こののどかさがとてもいいですね。大好きです。

ジャック・タチの役はここではポストマン。 自転車でのんびりと配達をしている。 電報も彼にかかればいつ家にたどりつくのやら。 あるおうちでは、挨拶しているうちに、郵便物をヤギに食べられてしまう始末。それでも怒りだす人なんかはいない。

この村に巡回映画もやってきた。
上映したのは「アメリカのポストマン」というドキュメンタリー。
これがすごいすごい。本物の記録フィルムを使っているようなのだが、どうもポストマンのものではない。 それが途中からわかってくる。

ボティ・ビルダーの選手権が、ボストマンのコンテストと置き換えられているし、アクロバット飛行もポストマンの配達風景のひとコマに。バイクの火くぐりのアトラクションもポストマンの技を競うコンペティションとなってくる。 でもみんながこれを見て感心してしまう。

アメリカの効率化とやらはすごい。それに比べてわが国のポストマンは。
肩身が狭くなるジャック・タチ・・・
翌朝、奮起一発、アメリカ式を実践し始める彼だったが・・・

要はアメリカへの皮肉である。
それと、第二次大戦後、アメリカアメリカと騒いだ同国人たちへの皮肉。


「急ぐばかりが能じゃない。アメリカ人はアメリカ人。いい手紙なら待つのも楽しいものさ」 これがタチ監督の本当の気持ち。
少しらい郵便が遅くなったっていいじゃない。村の人たちの中に入って、農作業を手伝うポスマンがいたっていじゃない。 効率化だけがすべてじゃない。フランスにはフランスの良さがあるってもんさ。

・・・なんだか痛い。
「効率化」ばかり叫ばれる今の日本を見ていると。 いや、日本ばかりじゃない。
フランスをはじめとするヨーロッパだって、今は、アメリカ中心のグローバリゼーションとやらにさらさられている。 ジャック・タチが今まだ健在だったら、この世界の動きをどう見つめたのだろうか。そんなことを考えながら観ていた。

もちろん笑わされながら。

<ジャック・タチのこと>
本名:ジャック・タチシェフ。
1907年10月9日、フランスに生まれる。
パントマイムの寄席芸人としスタートする。そして第二次世界大戦後、長編第一作『のんき大将』(49年)を発表。
ユロおじさんの一連のシリーズ第一作は、1953年『ぼくの伯父さんの休暇』(カンヌ映画祭国際批評家賞受賞。)その後58年『ぼくの伯父さ ん』公開、67年、超大作『プレイタイム』、71年仏=オランダ合作の『トラフィック』と続く。しかしながら、『プレイタイム』はヒット に恵まれず、大赤字。のちに破産の原因となった。1982年11月4日永眠。享年75歳。
作品が極端に少ないのが残念だ。やっぱり『プレイタイム』の失敗があとあとまで尾を引いてしまったと言わざるを得ない。

し かしながら、一本一本は珠玉の作品だ。基本はスラップ・スティック。けれどもこの人の映画はいわゆるドタバタコメディではない。 おっとりしているのである。庭園に囲まれた大きな屋敷で裕福に育ったことにも関係があるのだろうか。

後年にも大きな影響を与えている。オランダ映画の『エッグ』(1987)やあの『ミスター・ビーン』もその子供たちだ。

ビーンことローワン・ アトキンソンに至っては、『のんき大将脱線の巻』の虫に追いかけられるというギャグをそのまま再現していたりする。しかし、似て非なる ものとは、このことを言うのだろう。ユロ氏はあくまでも紳士であるのに対して、ビーン氏はただの俗物である。子供っぽさの中にも優しさ を秘めたユロ氏に対してビーン氏は、子供っぽさに残酷を見せる。英国とフランスの文化の違いも大いに感じるところである。

そしてなんと いっても大きな違い…それはジャック・タチの映画には詩があることである。街の風景、村の風景を切り取るスケッチ的描写は、どこか ルネ・クレールを思わせるところがあるといったら褒めすぎだろうか。そして風刺…これがあるからこそ、ジャック・タチの映画は今日でも 世界中の人に愛されているのである。

<『のんき大将脱線の巻』作品データ>
スタッフ
監督/ジャック・タチ
製作/フレッド・オラン
脚本/ジャック・タチ
アンリ・マルケ
撮影/ジャック・メルカントン
音楽/ジャン・ヤトヴ
キャスト
ジャック・タチ
ギイ・ドゥコンブル
ポール・フランクール

製作年/製作国 1947年/フランス

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