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カエル 『追悼ジョゼ・ジョバンニ』

「ジョゼ・ジョバンニ氏(フランス人作家、映画監督)4月24日、脳出血のためスイス・ローザンヌの病院で死去、80歳。
フランス・コルシカ島生まれ。1960年代からスイス在住。第2次大戦後、ギャングとつながる前歴を持つ異色の作家としてデビュー。 50年代から「フィルム・ノワール」と呼ばれる犯罪映画の監督として映画界でも活躍した。主な監督作品にジャン・ギャバン、アラン・ ドロンが共演した「暗黒街のふたり」(73年)、アラン・ドロン主演の「ル・ジタン」(75年)など。(ジュネーブ共同) (共同通信社)」


あまりにも小さな記事だったので実は知ったのは、5月も終わりになってからだった。おととし『父よ』 という秀作が公開されていたにもかかわらず、完全に過去の監督として扱われているのが寂しかった。確かに同時代に彼の映画を観 ていた世代にとっては過去なのかもしれないのだが…。また『穴』『冒険者たち』の原作者、脚 本家であることも忘れてはならないことであるのだが、その記述がないのも残念なところである。

ジョゼ・ジョバンニ監督が名匠巨匠かと言われれば、確かに???が付いてしまう。キネマ旬報の「世界映画人名事典」にも「監督作品に はあまり切れ味は良くないが、エネルギッシュな演出で観客を強引に自分のペイスに巻き込んでゆくタイプ」とある。

なるほど、『暗黒街のふたり』『ル・ジタン』代表作と言われるこれらの映画を観ていても、 確かにそれは感じてしまう。
『暗黒街のふたり』は刑期を終えて出所したアラン・ドロンが保護司のジャン・ギャバンに励ま され、なんとか更正していこうとする。勤めている小さな印刷工場の主人にも彼の働きぶりは認められ、自分の息子のように大切にされる。 しかし、自分をかつて逮捕した偏見を持った刑事に執拗に追い回され、やがて破滅していく悲しいドラマだ。

ただ、この刑事の描き方は、極端にデフォルメされていて、すべてが最後のドラマに向かっていくためのシチュエーションという感じがしてしま う。しつこくアラン・ドロンや彼の恋人を追い回しているだけならあり得ることだと思うのだが、彼の恋人を脅迫しその上、手まで出す段 になると、やり過ぎ感は免れない。観客に対して同情を引き出すための手段に見えてしまう。

もっとも観ているときにはそんなことはまったく感じていない。もう完全に主人公の気持ちに同化してしまい、彼といっしょに腹を立てた り、絶望したりしてしまう自分がいることも確かなのではある。そして最後はすぐに立ち上がれないほど打ちのめされてしまう。これがま さに「観客を強引に自分のペイスに巻き込んでゆくタイプ」と言われる所以なのだろうと思う。

そんなジョゼ・ジョバンニ監督の映画なのだが、観ているとその生々しさにドキリとさせられる瞬間がいくつかある。
再び『暗黒街のふたり』で、妻を亡くしたアラン・ドロンがヤケになって、アパートの自室で 大音量で音楽をかけているシーン。ご近所が集まって彼の部屋に苦情を言いに来る。子供がいて奥さんがいて、仕事もあって慎ましいけれ ども、小さな幸せを得ている普通の人たち。「あんたのようなチンピラは結婚もできないだろし、こんな家庭生活なんか縁がないだろうけ れど、こっちは子供が寝ているし、明日だって仕事があるし…」こんな残酷なひとこと。善意の人たちの、偏見による残酷な言葉。人を傷 つけているという意識がまったくないだけに始末に終えないのだが、こういうことは案外日常でよくあるように思う。

また、それとは反対に彼の勤める小さな工場のご主人の善意。彼が前科者であることを知った上で雇い入れ、その仕事ぶりや、義理を欠か さない彼の現在の生き方だけをみつめ、温かく彼を受け入れる。刑事が工場に執拗に現れ、彼を犯罪者扱いにしたときにはわが子のこと のように怒り、彼を守ろうとする。この人の温かさも真実味がある。

苦境に立たされたときこそ人の真実は見えてくるもの。悪人じゃない、どこから見ても善人に見える市井の人たちが見せる残酷な仕 打ちと、その逆に思いがけず温かくしてくれる人たち。こういった描写が実にリアルに描かれている。だから私はジョゼ・ジョバンニ監督 を佳作を作るただのフィルム・ノワールの監督とは片付けたくないのである。強引とも思える演出も彼の思いが強すぎるゆえのものだと 思えるのだ。

ギャングである伯父の仕事を手伝わされる。見張りをしたりする程度だったのだが、あるとき5人の死者が出た上逮捕される。そして未決 拘留される間に脱獄を企てたり、自分の立場をますます悪くしてった上やがて死刑判決を受けてしまう。その地獄から生還してきた男の 真実、思いが映画の中に託されている。その地獄の中で見た人の温かさと冷酷さをこの監督は忘れられない。そんな体験を赤裸々に観客に 伝えようとするこの姿勢にやっぱり私は胸を打たれてしまうのだ。

遺作となった『父よ』(彼の集大成にして、最高の映画であるこの作品があまり注目されなかっ たのは残念なことである)では彼のすべての思いがつまっているように思う。彼はこの映画を作るために映画作家になり、77歳まで自分 の思いを熟成させてきたような気さえする。

これは自伝的作品である。名作ジャック・ベッケル監督の『穴』のフィルムが映画の中の主人公自身の原作処女作として挿入されるので すべてとは言わないが、かなりの部分が真実なのではなかろうか。 父役はブリュウノ・クレメール。あまり日本では知られていない俳優だが、彼はメグレ警視を演じていることが知られている。メグレ 警視といえば、『暗黒街のふたり』のジャン・ギャバンも演じているキャラクターであることは、単なる偶然ではないだろう。 彼が追い求めていた父親像がまさにそれだったのだろう。

この一家は、不良一家。両親はギャンブラーで、おじさんは暗黒街のボス。こんな家庭で育てば、子供たちも自然とそちらの世界へと進ん でいく。兄はギャングたちの抗争に巻き込まれ死亡、弟は殺人罪で死刑の判決を受ける。
母親は、家族のためと過去へと見果てぬ夢を追い求めるのみ、一家はバラバラになってしまったように見えた。父はそれでもただひとり しっかりと現実を見据えていた。

刑務所の前にあるカフェ「向かいよりもマシなところ」に毎日通い続ける父。何か息子にしてやらないではいられないという気持ちだけで なく、情報収集という現実的な側面もある。訴訟費用を稼ぐためにお金も稼ぐが、これは自分の得意な賭博によってというところも大変よ い。自分はこれだけのことをやってあげたんだよ、つい言いたくなってしまうのが人情ではあるが、父親は息子に一切そのことを言わない。 それどころか、面会では「母親が何かしてくれているようだ」とさえ言う。父親としての責任を果たしてやれなかった、そして息子からも 疎まれている。そんな自分だから、そんなことを言ったら恩着せがましくなってしまう。彼にはそれが痛いほど分かっている。そしてひと り孤独に息子のために闘い続ける。

この父親像…。
彼の過去の映画『暗黒街のふたり』『ル・ジタン』『ブーメランのように』には犯罪に手を染めた主人公を助けようとする父親もしくは、 父親のような男の存在が必ずいた。それが77歳で製作したこの映画の中で遂に結実したという気がする。この作品でついに父親のような 男ではなくて、自分自身の父親そのものを正面きって描ききれたのではないだろうか。

若い頃の彼の映画は、やや感傷的で強引さも目立ったのだけれども、この映画にはもはやそれはない。
映画は多くを語らないこの父親と同じように、静かに淡々と進む。客観的とさえ言えるほどに自分と父親の物語を綴る。けれどもその心 の奥底には、熱いものがある。温かいものが流れている。そして、大いなる傷みがある。
このジョゼ・ジョバンニの静かな映画は、まるで映画の中の父親自身の態度のようでもある。彼には確実にそんな父親の精神が受け継がれ ているようだ。何か映画の中で彼自身と父親の姿がひとつに重なったような気がした。

ジョゼ・ジョバンニ監督は映画のプログラムの中にこんなメッセージを残している。
「私も歳を取り父を苦しめることとなった(略)なにかに蝕まれるように父に対する借りを思うようになっていた。だから私はまず、 本の中に、それから映画の中に、私の後悔の気持ちを投げ込み、その思いを昇華しようと試みた。(略)獄中にあった当時の私に同情し ないでほしい。心に誰も知らない秘密の園を隠し続け、私に次の遺言を残した、父の姿を見ていただきたい。『たとえ子供がお前に刃向 かっても、あるいは社会に反抗したとしても、お前の子供を絶対に見捨てるんじゃない』」

かつてあれほど観客に同情を湧かせ、涙をふりしぼらせる映画を作った監督の77歳にして達した偽らざる心境がここにこめられている。 映画の冒頭こんな言葉がタイトルに現れる。「人生に大切なものはふたつ。ひとつは愛、ふたつ目は知性だ。愛と知性は決して切り離せな い。その他には何もない。−ガストン・ベルジェ」続いて献辞。「父の孫たちと曾孫たちに」

この映画は、文字通り監督の遺言に他ならなかったのだ。映画の最後、クレジット・タイトルが終わり黒味の画面がしばらく映り 、そこに波の音が静かに静かに流れる。一度は死刑判決を受け、父親の助けで出所した男。その彼が自分の残りの人生のすべてをかけて、 その出来事、思いを映画や小説で綴ってきた。そしてこの作品で遂にすべてをやりとげた。この静寂な波の鼓動の中にそんな安堵感さえ 感じてしまう。

そしてジョゼ・ジョバンニ監督は、2004年の4月24日、壮絶な人生の幕を春の日差しの中で穏やかに閉じた。私にはそのように思える のである。いい映画を本当にありがとう!

メイルちょうだいケロッ

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