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カエル 『アイルランドはワンダフル・ランド!』 〜「恋はワンダフル!?」

『恋はワンダフル!?』っていう映画が公開されている。
ボストンの上院議員の選挙事務所、人があちらこちらへ走り回り、電話のベルはひっきりなしに、テレビの 選挙予想が繰り返し流されている。この候補者、テレビの予想では大部不利になってきている。そこで一計 を案じる。自分のルーツのアイルランドに行って、血縁を探そう。そうすれば、アイリッシュ系の人々の共 感を得て票を伸ばせるに違いない。そこでいかにもキャリア・ウーマン風の30過ぎの女性秘書(ジャニー ン・ガラファロ)にアイルランド行きの令が下る。男なんか眼中にないような、バリバリの仕事人間の彼女 が、アイルランドののんびりとした空気に放り込まれる。彼女の硬い心がどうなっていくか。これがこの 映画のメイン・テーマ。

この映画は、冒頭のタイトルでこの国の国花でもあるシャムロック(クローバーに似ている植物)がデザイン されている。これは「アイルランド」と刻印されたようなものでもある。そしてその通り、この映画はアイ ルランドの魅力がいっぱいつまった映画になっている。私の旅行体験を含めて、それを探ってみることにし ましょう。

主人公が着いた空港でまず目にするのが、ケネディの絵が書かれた看板だ。この看板は実際に現地にある。 ケネディ家はアイルランドでも人気が高い。が、映画では映らなかったが、他にジョン・ヒューストン、ジ ェームズ・ジョイスらの顔も同列で描かれていたりする。
ハリウッドでは、昔からアイリッシュ系の監督や俳優も数多い。その代表とも言えるのが、ジョン・フォー ド、ジョン・ヒューストンだ。ジョン・フォードは、『静かなる男』『果てなき船路』『男の敵』他数々の 映画で自分の出自であるアイルランドへの思いを描きつづけた。一方ジョン・ヒューストンは、晩年に、 ジェームズ・ジョイス原作の『ザ・デッド』という大傑作を作った。看板にジョン・ヒューストンの絵が他 のアイルランドを代表する有名人と共に描かれているのを見てわかる通り、彼の人気は高い。タクシーの運 転手さんに「『ザ・デッド』が好きでアイルランドに来ました」なんていうと、もうニコニコしている。 一方、ジョン・フォード監督の人気は非常に低い。「ジョン・フォード?フーン」ってな感じである。むしろ ヒュートンより、アイルランドへの愛を切々と描いてきた監督なのにだ。

ジョン・ヒューストンはアイルランドを愛し、実際に家を構え住んだことがある。そしてアイルランドの映画 界にお金を出したりと、随分と貢献もしていた。それに対してジョン・フォードは、なにもせず、ただアメリ カからたまにやってきて、お祭り騒ぎをして帰っていっただけじゃないか。そんな意識がむこうの人にはあ るようである。フォードは、彼らにとっては、ただのアメリカ人になってしまうのだ。 看板ひとつでもそんなことがわかってとても面白い。

いきなり話が随分とそれてしまったので、映画の舞台へと戻ろう。 この映画の舞台となった街は、ゴールウェイ湾に面している。ゴールウェイといえば、『ザ・デッド』の主人 公の故郷であり、『静かなる男』の舞台にも近い。さらに『ライアンの娘』の冒頭の壮大な岬、モハ岬もこの 近くにある。また海を渡れば、アラン諸島もある。中にはゲール語を話すところもあるというほどの、いわば ヨーロッパの西の果てに位置するところだ。

アイルランドは緑の国と言われている。だからサッカーのユニフォームもグリーン、二階建てバスもロンドン の赤に対してグリーン、映画の中でチラッと映る飛行機のエア・リンガスのボディもグリーンである。 しかし、意外なことにこの国には森がない。山は岩肌が剥き出しになっている。われわれ日本人の目には、 異様な光景である。その昔大英帝国が、森林を伐採してしまったということに起因しているという。映画では 、そんな山間を車が通り抜けて行く。

街は、丁度お祭りの真っ最中であった。お祭りといっても、小さなもの。仮装行列があるわけじゃないし、 派手な花火大会があるわけでもない。わずかに小さな広場で、青空市みたいなものが開かれて、そこで日用品 、リサイクル品、古着みたいなものが売られるくらいがせいぜい。人出が多いのと、横断幕があちこちに張ら れているのを見て、ああ、お祭りかとはじめて認識できるようなものである。お祭りの中心は、パブであったり、 ダンスができる公会堂であったりするのだ。この映画のお祭りでは、お見合いパーティが一番のみものである。 各地からそれを目当てに、若い独身女性(中にはそれほど若くない人も混じっているようだが)が集まってくる ようだ。何も知らない主人公は、丁度その送迎バスに乗りこんでしまったというわけだ。 なぜか。旅行案内所にいた、いかにもお節介焼きそうなおばさんが、主人公の年恰好を見て、もうてっきり、 お見合い目当てと勘違いしてしまったこと。またバスに乗るにも、どうせ一日に数本しか走っていないし、 いつ来るかもわからないからである。初っ端から波瀾ぶくみではあります。

パブはアイルランドでは、英国以上に生活の中に入りこんでいる。どんな田舎街にいっても、スーパーはな くとも、パプだけは存在する。お祭りでも、もちろん中心的な役割をするし、一種の社交場になっている。 パブには、毎度の顔見知りが集まってくる。地元のサッカー・チームの話題や噂話しの花が咲く。だから 雰囲気的には、旅行者がパッといって入りにくいものもある。けれども勇気を持って入ってみると、一見 無関心を装いつつ、遠くから見知らぬ異人たちを好奇心をもって様子を伺っていたりするのに間もなく気づ くことでしょう。彼らは誰彼なく話しかけたくってしようがない人たちだから。

彼らのまず最初の質問は、「どこから来た」「どうして英国じゃなくて、アイルランドに来た」必ずここか らはじまる。「日本です。『ライアンの娘』とか『ザ・デッド』っていう映画を観て、この国に憧れていた んです。」と言うと、「そーかなるほどね。」と言ってニコニコして今度は俄然親しげになってくる。 「日本人はわれわれの同士だ。何てったって、あの英国と勇敢にも戦争をしてくれた国だからな」と時代錯誤 のことを言い出す。仲間意識が好きなのであろうか。こちらのほうがとまどってしまう。(アイルランドの旅 行記の本にも同じ会話が出てきたから、一般的にそう思われているみたい) その後は、ホテルの値段が高過ぎるから、うちのB&Bにぜひ来なさいって紙に住所と電話番号を書いてくれた り、どこそこには絶対行ったほうがいい、奥さんは大切にしなさい。家事も手伝わなきゃダメよなどと持ち 前の世話焼きの精神が発揮されることになる。こちらが、英語を理解しているかどうかなんておかまいなし に…。

そんな人たちだから、アメリカから来た主人公が、いくらビジネスで来たって言ったってみんな自分の都合の いいように解釈してしまう。もう誰と彼女をくっつけようかなどと、話しは別の方で盛り上がってしまう。 これこれこういう名前の身内を探しているんです。心当たりの人はいついつ集まってください。って言うと、 別の目当てで全然心当たりのない人たちが集まってきてしまう。OH、アイリッシュ・ピープル!彼女のイラ イラは最高潮に達する。

主人公がやっと泊まれたホテル。部屋に入ると、何やらバス・ルームから鼻歌が。中から出てきたのは、この ホテルのオーナーの兄弟にしてバーテンダーのむくつけきお兄さん。いくらホテルのオーナーの兄弟だからっ て、泊まっているお客の風呂に入るなんてあまりのことに、彼女は思わず「このアイリッシュ野郎」って叫ん だ。これよく聞いていると、「パディ」って言っているのがわかる。正確に訳すと、「アイルランドの酒飲み 野郎め」みたいになるんじゃなかろうか。「パディ」とは、アイルランドで広く一般大衆に飲まれているアイ リッシュ・ウイスキーのことである。私たちが乗せてもらったタクシーの運転手さんも、「今日は家に帰って パディでも飲んで寝るよ」って言っていたようである。このお酒は、アイルランドならではのお酒で、輸出は ほとんどされていない。英国にさえ置いてないし、日本にも輸入されていない。(最近六本木にこれを飲ませ てくれる店ができた。お客さんは外人ばかりのお店で、外国に行った気分になれます。)ちょっとフルーティ ーで、さわやか、飲みやすいウイスキーで、むこうの人がストレートでガンガンいくには、持ってこいのよ うだ。彼らのお酒の強さは半端じゃないが…。

彼女はついに埒があかずに身元調査の店に調査依頼をする。しかし、一日待ち、二日待ち、三日待てども、 この人のよさそうなおじさん。一向に仕事をする気配がない。やる気があるのだかないのだか。大都会から やってきた彼女にとってこの仕打ちはちとつらい。

ここで誤解のないようにしておくが、私の経験では、アイルランドの商店主は概してとても親切である。 (公共施設は昼休みがたっぷり2時まであってお手上げだが) 写真も時間どおりに一応上がってくるし(たまに失敗していたりするけれど)、説明もきちんとしてくれる。 マニアっぽい映画ポスター屋のお兄さんは、コレクションの自慢をするばかりじゃなく、スリに会いそうな 場所とかまできちんと教えてくれた。レコード屋の店主は、まだ日本では有名になっていなかった、メアリ ー・ブラックを勧めてくれ、今公演中のコンサート会場まで教えてくれた。忘れ物をすれば、みんな一生懸 命探してくれる。ただし、5時間際(15分位前)になると、店を締める準備におおわらわ。浮き足立ってろく に見向きもされなくなってしまう。そして無常にも5時前に店のシャッターは降りてしまう。

これは首都ダブリンの話だ。夏は夜の9時近くまで明るいが、もう5時にはこの街では買物ができなくなっ てしまう。日本人にしてみれば、驚きである。これからが、通勤帰りのOL目当てにいい商売ができそうな ものをと思ってしまう。しかし、それも初めのうち。一週間もいると、実はこのほうがゆとりのある生活が できるのではないか。そんな気分になってくる。あくせくと、夜までもバーゲーン目当てに走りまわる私た ちのほうが、おかしいのではという気になってくる。

もちろん店が早くに閉まったからって街が眠りについてしまうわけではない。相変わらず、人通りはにぎや かだ。パプに人々は集う。はたまた、劇場街にも大勢の人が詰めかける。家庭では、仕事から帰ったお父さ んが、パディでほろ酔い気分になっていることだろう。夜は長い。ここには人間的な生活があるのじゃなか ろうか。

なんとか、主人公の女性と、ホテルのバーテンダーをくっつけようとするお節介なマッチメイカー(結婚媒酌人) にまんまと仕組まれ、彼らは二人きりでアラン島へ船旅をすることになる。この自然の美しいこと。果てしな く続く水平線。海にそそり立つ断崖絶壁、そこに激しい荒波が白い泡を作る。不思議な形をした奇岩。どこま でも続く緑の大地。風で土が吹き飛ばされないように置かれた、石垣もどこまでも続く。そこをのんびりと 歩く羊の群れ。風でねじまがった木々。突然に変わる天候。雨の夕暮れには、必ず鮮やかな虹がかかる。 (この映画だけではなく、『静かなる男』にもそうしたシーンがあり、また私たちもそういう場面に出くわし た。本当に美しいです。)これもアイルランドの魅力。あの自然の中に立てば、素直な気持ちにならない人 なんていないのじゃないか。そんな気がする。映画の中ではじめて彼らが打ち解けた会話をし、お互いに 惹かれて行くのは、まこと無理なからぬことと言えましょう。

最初はイライラしまくっていた主人公が、一週間くらいたったこの当たりから変わってくる。どちらかとい うとギスギス感がある女性だったのに、穏やかな顔になってくる。アメリカから上院議員が様子を見にのり こんで来た時には、逆にズレが生じはじめている。この国の人々の人情が、おおらかさが、自然の雄大さが 、彼女を優しく包み込んで、彼女の心を和らげたのでしょう。ラストまでは語りませんが、この先彼女が幸 せな人生を歩んでいけることは間違いないでしょう。

先にこの映画には、アイルランドの魅力がいっぱい詰まっていると書いたのだが、この映画のお話自体がア イルランドでなければ、成り立たないものだと言いかえることもできるでしょう。この国には人の価値観を 変えるほどの豊かさがあると思う。もちろん金銭的にではなくて、もっと他の価値のあるものに。この映画 がただ単に恋愛映画というのでなしに、心の癒しの映画にもなっていたのはそのためなのでしょう。アイル ランドの魅力とは、まさにそういうものかもしれません。この映画を楽しみ、またこの拙文を読んでくださ ったみなさんも、ぜひ一度アイルランドを訪れてみませんか。自分の中の何かが変わるかもしれませんよ。

メイルちょうだいケロッ

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