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カエル 映画日記3月号…『マリー・アントワネット』



プチトリアノンの田舎風庭園で、マリー・アントワネットはルソーの言葉を朗読する。「自然と共にある私たちの生活ってやっぱり素晴 らしいのよ」この「人間の自然な状態」に対する大いなる誤解。「自然→自由、平等」の部分は目に留まらなかったのだろうか。やはり 人は自分の都合のいい部分でしか物を見られないのか。やがてこのルソーの思想がフランス革命の精神的支柱となっていくことのこの皮肉 、これがのちの彼女の運命を象徴しているかのようである。
しかし、こうした歴史的な視点を持ちながらも、ソフィア・コッポラ監督の興味は、別のところにあったように思われる。

映画では冒頭、中間、そして終わりの朝日がひとつの人生の転機となっている。フランス王太子妃となるべく、住み慣れたこの地を永遠に離れ るとき。あるいは、永遠と思えたベルサイユに別れを告げるとき。それは自分ではどうすることもできぬ運命。唯一彼女が自分自身で生き る道を切り開こうとしたのは、誕生日の翌朝仲間たちと見たあの日の出の時であったか…。ソフィア・コッポラ監督はこうした誰にでもあ る人生の転機に着目して物語を組み立てている。この映画は、こういう点から見ても、歴史モノというよりは、ティーン・エイジャーから 大人になっていくまでのひとりの女性史と言っていいだろう。時代背景の描写は極力避けられ、物語はほとんどの場面が宮廷内で進んでい くのだ。

フランスの宮廷で、衆目に晒されながらルーチンをこなす日々。長い廊下、彼女が歩くその背後では、誹謗中傷、無責任な噂話の花が咲 く。その上、母からの手紙、大使や叔母たちからの干渉の狭間にも耐えなくてはならぬ。皇太子との仲もしっくりこない。自分が原因では ないのに、子供ができぬことを責められる。政治的無関心を責められる。そんなわけで、表では毅然とした態度を貫き通すも、時には部屋 に戻って泣き崩れることもある。

そんな彼女の孤独感、ストレスの発散方法は、取り巻きたちとのおしゃべりに、ショッピング、オペラ鑑賞にギャンブル。贅沢という ことを除けば、今の女性と何ら変わりはない。それを誰が責められようか。実は彼女のこうした浪費は、戦争に費やした費用からすれば、 微々たるものであった。ただ、彼女は王妃という立場である。彼女は所詮外国人、憎悪の対象は一番立場の弱い人間のところにいくのが 世の常である。彼女の浪費こそ国庫を直撃し、国民を苦しめているというイメージがマスコミ、大衆によって作られてしまった。そこに 彼女の悲劇がある。「パンが無ければケーキを食べろって私が言ったっていってるのよ。そんなこと言うわけないじゃないのよねぇ。」 ケラケラと笑う彼女には自分自身が置かれた立場を知る由もなく、また知ったところで何ができたのだろうか。

思えば、ソフィア自身ここまで来るまでに随分と遠回りをしたものだ。セレブの娘としてチヤホヤされるも、一転『ゴッド・ファーザー PARTV』への出演でメディアからのバッシングを受ける。彼女自身もマスメディアの怖さや有名であることの孤独を充分に経験した。 しかしソフィアには自分自身が置かれた立場を理解し、自分自身で人生を選ぶ自由があった。嫌気がさした彼女は再び監督として映画界に 戻ってくるまでに、写真を学び、ミュージック・ビデオの撮影をてがけ、また一転ファッション業界などで活躍する。彼女もまたいくつか の人生の転機を経て少女から大人の女性へと成長してきたのだ。そんな自らの過程が物語と重ねあわされている。私は作品を通じ、時代を 超えてふたりの女性が出遭い、気持ちを通じ合わせたかのような印象を持った。

ラストシーン、ヴェルサイユから走り去る馬車の中から外をみつめるマリー・アントワネットに王が尋ねる。「森を見ているのかい」 それに対し、「いいえ、ヴェルサイユにお別れをしているの。」と答える彼女の瞳には、どうにもならない運命の中にも、自分自身の行く 末を映せるほどに成長した姿がうかがえる。しかし映画の後半部、彼女自身の人生は歴史との関わり方が増えているため、あれほど活き活 きしていたアントワネットの表情は額の中のつまらない肖像画のようにボンヤリし精彩を失ってしまっている。どうしてフ ランス王室、アントワネット自身があそこまで追い詰められていったのか。こうした社会的背景についてもほとんどふれられていない。 その後の彼女の心境、置かれた状況を大きく変えてしまう「首飾り事件」さえ省略されている。そのため彼女の成長の過程が見えてこない。 王への気持ちの変化が伝わってこない。 時代背景や政治を敢えて見せない前半の美点が、避けては通れぬ歴史的事実を前に弱点に変わってしまい、そのため折角のこのラスト・シ ーンも感銘を受けるまでには至らなかったのが惜しまれる。

<作品データ>
スタッフ
監督/ソフィア・コッポラ
製作/ソフィア・コッポラ
ロス・カッツ
脚本/ソフィア・コッポラ
撮影/ランス・アコード
編集/サラ・フラック
音楽/ブライアン・レイツェル
キャスト
キルステン・ダンスト
ジェイソン・シュワルツマン
リップ・トーン
ジュディ・デイヴィス
シャーリー・ヘンダーソン
メイルちょうだいケロッ

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