64. 卑怯な銀行 (2000/6/14)


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私の父親はローンで家を買った。銀行と会社の両方から金を借りている。会社の方は後回しで良いらしい。多少金に余裕が出来ると、100万円単位で銀行に繰越返済する方針らしい。最近になって 100万円を銀行に返済したらしい。たかだか一年か一年半くらい借りただけなのだが、借りた 100万円は約105万分の返済となった。年利 4, 5%である。ところが、銀行に 100万円を預けたら、一年でいくらの利子がつくか? 税金で引かれたらいくらになるのか? 年利 0.1%なら 100万円を一年預けてたった千円である。差額の数万円は銀行のふところに入るのである。

最近の新聞に、銀行のリストラの成果が載っていた。私が唯一口座を持っているのは東京三菱銀行なのであるが、この銀行は約一万七千人いた行員のうち、減ったのは高々四百数十人である。こんなものは「自然減」であってリストラではない。

■悪徳銀行

銀行は一方で貸し渋りをする。不良債権が多いからである。私のような素人の考えでは、むしろ公定歩合を引き上げて銀行に資金を集めてしまえば、集まった金を銀行が広く中小企業に貸して、中小企業の経営は安定し、銀行は金利収入が入り、全員がハッピーになれるのではないかと思うのであるが、どうもそうではないらしい。素人考えを続けると、どうやら国際的な取引を行うために必要な基準がどうこうというのが非常に怪しいと思う。国際的な圧力により、日本の銀行は自己資本率の維持を求められ、国際基準を満たすようにさせられているのだと思うのだが、この自己資本率の維持のおかげで貸し渋りが起きているのである。つまり、この流れだけを見ると、私はどうもアメリカの陰謀だと思えて仕方が無いのである。

そんな中で銀行はしたたかで、中小企業に金を貸さないものだから中小企業は商工ローンに金を借りざるをえない。銀行はその商工ローンに投資しているのである。つまり、商工ローンが儲けた金の一部が銀行の収入になっているのである。この巧妙な仕組みは見事である。一世を風靡したヘッジファンドに裏から投資していた国際的な銀行に、規模こそ及ばぬものの知恵は多少見習ったと見える。ところが馬鹿な銀行もあるもので、なんと銀行自らが商工ローンに乗り出すなどという銀行が出た。人々から 1%以下の利息で預金を集めて、15%前後の金利で中小企業などに貸し出すのである。  

■ソフトバンクなどによる日債銀買収の裏

ソフトバンクなどのグループが日本債権信用銀行を買収することになりそうである。私は週刊文春で以下のシナリオを読み、彼らの商魂に驚かされた。もちろん以下の話はあくまで予想であって、確かなことはこれから分かってくるだろう。

彼らの描くシナリオはこうである。まずベンチャー企業を立ち上げる。当然そのベンチャー企業をバックアップしているのはソフトバンクであり、ソフトバンクはその企業の株を買って投資という形でバックアップしているのである。ベンチャー企業の株というのは、その企業が成功すれば価値はうなぎのぼりになるが、失敗すれば紙くずとなる。

ベンチャー企業をバックアップするソフトバンクの狙いは、そのベンチャー企業の株を高い時に売ることである。高く売るのに最も有効な方法は、上場して市場にゆだねることである。株価を市場にゆだねることがそのまま株の価値を高くするわけではないのだが、いま日本には金が余っており、投資したい人間は山ほどいる。

株を上場するにあたっては、上場に必要な条件を満たす必要がある。東証などの市場は条件が厳しく、出来たばかりの企業には厳しいものがある。そこでソフトバンクは、ベンチャー企業の育成を目的として、アメリカのナスダックを招致してナスダック・ジャパンを作った。上場基準がゆるいのでベンチャー企業でも上場しやすいのである。

そうなると得をするのはどこか。ベンチャー企業の株主であろう。上場したら株価が上がる。ではベンチャー企業の株主とは誰か。企業を立ち上げた起業家は株主なのだが、大株主は別にいる。そう、それがソフトバンクなのだ。

最近の不況で、資金繰りが悪化しているベンチャー企業が多いらしい。そうなるとベンチャー企業は投資家に出資を依頼するかもしれない。しかし、出資となると小回りが効かない。私はあまり知らないのだが、まとまった額を決まった日付に調達すると決めなければならないし、出資を募るからには相応の理由を投資家に説明しなければならないし、資金繰りが楽になったときに過大資本となることを考えなければならないのだろう。

そこで特定の銀行と親しくなれたらどうだろう。

銀行は銀行で、貸しても確実に返してくれるか、確実ではなくても有利な条件で金を貸そうとする。だから、貸し出す相手の選択には慎重になるだろう。まして、銀行という性格上、リスクの大きい相手に貸し出すのは倫理上好ましくない。だから普通の銀行はベンチャーにあまり金を貸さない。

ところが特定の銀行が、特定のベンチャーに優先的に金を貸すとなるとどうだろう。これだけのことで、ベンチャー企業というものはかなり有利になる。競合するベンチャー企業がいくつかあったとき、技術やアイデアが重要なのは確かなのであるが、資金もまた同様に重要である。

しかもそも銀行というのが、自らの収益にかまわずに金を貸すとしたらどうだろう。日債銀が、ソフトバンクグループの銀行として、グループ内で利益が上がればそれでよしと考えれば、日債銀本体にいくら赤字が出ようとも、キャピタルゲインで儲かった本体が補填すればよいのである。  

■ソフトバンクグループの戦略

ソフトバンクのグループ力というのは証券会社にまで及んでいる。イー・トレード証券がそうである。ベンチャー企業に限らず、全ての企業は上場するときに、幹事証券会社がつくものである。その幹事証券会社を中心として、市場に対していくらで株を公開するだとか、どこそこの企業に買ってもらうとかを働きかけるのである。

証券会社は、株式公開企業が株式を公開したことで得られた資金の中から、一部を報酬として受け取る。だから、通常は株式公開でたんまり儲けさせてくれそうな企業を探して公開を呼びかけるのである。つまり、証券会社は証券会社で利益を考えるのである。ところが、イー・トレード証券はソフトバンクグループのベンチャー企業を優先的に公開に持っていくことも出来るのである。そうすると、イー・トレード証券自体の利益は減ってしまうかもしれないが、ソフトバンクグループとしてみれば一つでも多くのベンチャー企業を株式公開に持っていくことが出来ることになり、当然儲けることが出来るのである。

そして極めつけは、ソフトバンクグループにはなんと投信の格付けを行う会社まであるのである。普通、株というのは、直接株を買うことも出来るのであるが、一種類の株だけを買うのは当然リスクが大きい。そこで、数種類の株を買うのが普通なのであるが、その数種類を選択するのを自分で行うよりも、プロに任せる方が当然リスクが小さい。そこで出てくるのが投信である。

投信とは、証券会社が客の資産を預かって、特定の方向性でもって投資して高い利率を狙う金融商品である。たとえば、情報関連の会社の株だけを買って運用する投信だとか、NTTグループオンリーとか、日本企業全般、または株ではなく国債など、色々な投信がある。平たく言えば、ちょっとリスキーな預金だと思っていただければよい。情報関連の投信ならば、情報関係の企業がグングン伸びれば 200%を超える利率が得られるかもしれないし、逆にバブルが弾ければ預けた金が目減りして戻ってくることにもなる。

投信は、それぞれの証券会社のディーラーが運用する株投資を元にしているため、同じ方針の商品でも、それぞれの証券会社によって利率が異なる。ある証券会社はバブルが弾けて大損したとしても、別の会社はうまくバブル破裂を回避するかもしれない。ディーラーの腕や運が大きく影響する。それに、証券会社は自分の儲けも確保するので、自社の儲けを増やすと客の利率が下がり、自社の儲けを減らすと客の利率が上がる。

投信は当然沢山あるので、我々はどれを買うべきか悩んでしまう。投信は、下手をすると逆に損をしてしまうこともあるので、我々は慎重に選択しなければならない。そんな素人の我々をサポートするのが、投信の格付けを行う会社である。この会社は、平たく言えば、どの証券会社のどういう商品が良いとか悪いとかを我々に教えてくれるのである。

投信の格付け会社は、格付けだけを行う親切な会社なのだろうか。とんでもない。格付けを恣意的に行うことによって、市場を操作することが出来るのである。たとえば、ソフトバンクグループの企業の株の売買を含んでいる投信の格付けを上げることで、その投信に人気が集まり、その結果ソフトバンクグループの企業の株に買い注文が集まり、ソフトバンクグループの株価を上げることが出来るのである。

まとめるとこうである。ソフトバンクがベンチャー企業に投資する。そのベンチャー企業をグループの銀行が支援する。そのベンチャー企業を、グループの証券会社を使って、グループのナスダック・ジャパンに上場させる。そのベンチャー企業の株を含めている投信が出てくるだろうから、グループの投信格付け会社はその投信の格付けを上げる。そうしてうなぎのぼりに上がった株を、あとはなるべく株価の高いときに売ってしまえば良い。 

■いまの日本にある最大のビジネスチャンスとは

ここで一旦これまでの話を頭から追い出してから、次のことを聞いていただきたい。

いまの日本で、一番金を儲けるにはどうすれば良いのか。一般に、金持ちを相手にする方が儲けが大きいのは言うまでもない。それから、金の沢山あるところで商売するほうが儲かるのは自明である。

ならば、日本で巨大な金のあるのはどこか。郵便貯金である。バブル期に高い利率で預けられた郵便貯金が解約の時を向かえている。その貯金を改めて定期預金にしても、1%の利息もつかないのである。だから、郵便貯金となっている巨大な額の金はどこへ行くか。

逆に言えば、郵便貯金の巨大な額の金を、どこへ導けば儲けることが出来るのか。

銀行の立場から言えば、当然自分たちに預けてもらったほうが良いかもしれない。しかし、多額の預金を得たからといって、その預金を貸す相手がいなければしょうがない。銀行は立場上、リスクの高い投資は出来ないので、大量の預金を得たからといって沢山儲けることが出来るわけではない。

外貨預金というのもある。外貨預金のミソは、為替手数料つまり円をドルにドルを円に替えるときに、銀行は手数料を受け取るのである。銀行は、外貨預金によって預金を獲得できるわけではないが、為替手数料で確実に儲けることが出来る。為替差損つまり円をドルに替えてドル預金してからドルが値下がりした場合、預けて戻ってくる金額が下手をすれば最初に預けた金額よりも低くなって損をすることもあるわけだが、銀行は為替手数料で確実に儲けることができる。しかしその量も知れている。

では、株ならどうだろう。株の売買で儲かるのは証券会社である。我々が株を売り買いすると、我々は株価の上下により得をしたり損をしたりするのであるが、証券会社は我々が得をしようと損をしようと、取引手数料で確実に儲けることが出来る。しかし、近年の株投資ブームによりこの手数料収入は証券会社を潤したかもしれないが、手数料の自由化により競争が激しくなり、証券各社の手数料収入は増えていないと私は思う。

甘い。ビジネスとは金を奪うことである。欧米流のビジネスとは、金の奪い合いなのである。競争が社会をよりよくするという美名のもとに、半ば公然と金の奪い合いが行われるのがビジネスなのである。

株の新規公開により得をするのはインサイダーである。インサイダーとは、いわゆる身内、株を発行している会社の関係者のことである。新規公開した会社の株を公開前から持っている組織または人間は必ず得をする。我々個人投資家は、ベンチャー企業の株を買うとひょっとすると数千万以上得をするかもしれない、と煽られているわけである。確かに株を安いときに買って高い時に売れば儲かる。しかし、我々が買えるようになる前に、もっと安い値段であらかじめ株を持っている組織または人間がいるのである。彼らからすれば、自分たちの持っている株の値段がどんどん上がって欲しい。だから、買い手を沢山増やしたい。買いたい人間が多ければ株の値段がどんどん上がる。だからこそ、ベンチャー企業の株を買うと得をする、と盛んに宣伝するのである。そして、株価がかなり上がったところで彼らは売る。彼らが売ったあとでも、株価は上がりつづけるかもしれないが、十分に株価が上がったあとではむしろ株価は下がる可能性の方が高くなっていくのである。結局、あとから株を買った人間ほど損をしやすい。しかも、株価は下がるときはあっという間である。  

■民衆をカタにハメるには

銀行に預けても 1%の利率も見込めない。これまで郵便貯金に預けていた人々は、老後の蓄えをするためにどこかに預けて増やしたいと考えている。増やすという考えは下心があるかもしれないが、我々が老後に生活していくにあたって、貯金をためるときには利息が十分になくてはならない。なぜなら、これまで緩やかなインフレが起こっているわけで、タンスの中に入れておくとどんどん金の価値が目減りしていく。銀行などで 3%でも利息がつくと、緩やかなインフレでも自分の資産を維持できるわけである。

実力のある人は、持っている金を元手に、実力で自分の資産を増やすことが出来る。もちろん失敗することもある。実力のない人は、持っている金を他人に託し、他人に儲けてもらって自分はその一部を受け取るだけにする。実力のない人、リスクを犯したくない人にとって、もっとも安全なのが銀行に預けることなのである。

政府は国民に対して、厚生年金などの年金制度に強制的に加入させ、国民が最低限の老後を送れるようにしている。しかし、それはあくまで最低限である。普通のまたは豊かな老後を送りたい人は、自分で金を貯めなくてはならない。政府もそのあたりは承知している。だからこそ政府は国民に対して、強制ではない民間の年金を勧めたり、貯蓄して利息で増やすことを勧めるわけである。国はあくまで最低限を補償し、それ以上は国民それぞれが自由に蓄えればよい。

ところが現在、ゼロ金利と呼ばれ、銀行に預けてもほとんど利息が得られない。さらにこれから、日本という国家が抱える大借金をなくすために、調整インフレ論なるものが出てきている。利息が得られない上にインフレまで起きたらどうなるか。我々は、銀行に自分の金を預けていても、どんどん価値が目減りしていくのである。たとえば、全ての物の価格が二割上がって、あなたの給料も二割増えたとしよう。すると、増えた給料で値上がりした物を買う分には何の変わりもない。しかし、これまで貯めた金で値上がりした物を買うはめになるわけである。まして、定年退職を迎えた老人は給料をもらえず、これから生活に必要なものを全て貯蓄かわ買わなければならない。

そうなると我々は、銀行預金以外のものに自分の資産を移さなければならない。他には何があるか?

ここで防衛的な投資と積極的な投資が考えられる。老後に確実に金を残しておきたい人は、リスクの少ない方向に投資することになる。例えば、金やダイヤモンドなどの価格変動の少ない物を買っておくとか、日本の国債を買うなどである。他には、ドルの価値が安定していると思ったらドルに外貨預金しておけばいいし、投信の中の比較的リスクの少ないものに投資するのも良い。

しかし人間とは欲深なものである。自らの目的を見失ってしまうと、より多く儲けられるものに目を向けてしまうのである。たとえば、YAHOO Japan の株であるが、新規公開後に 200万円だったかそのぐらいの株価が、瞬間的に一億を突破したという景気の良い話を聞く。200万が一億に化けるのであれば、私だって貯金をはたいて、第二第三の YAHOO のような企業を探して投資したい。さすがにそこまでは無理だとしても、3000万ぐらいに買って 8000万のときに売れば単純に 5000万の利益である。もっとも、最初の 3000万をどうやって調達するのかが問題なので、私たちのような資本のない個人投資家はせいぜい単位株の価格の小さい株を 300万ぐらいのときに買って 800万円のときに売れればという絵を描くのである。

新規公開時点で 20万円の株が、買い注文が殺到してなかなか値段がつかず、ついには 300万になったとする。仮にその値段で私が買ったとする。それから徐々に 400万、500万と値上がりしていったとする。私は当然喜ぶ。YAHOO の例で言えば、数十倍に値上がりしたのである。だから、まあそんなに欲張らなくても 700万くらいまで上がったら売るとか、そうでなくても、一時期の熱が冷めても値段は落ち着くだろうと思うものである。株というのは基本的に、長いこと持っている方が得なのである。理想的には、一代で持つよりも子々孫々持った方が儲かる。

ベンチャー企業は将来性ゆえに期待されているのである。新しい産業の会社に投資して大金持ちになった人間はこれまでの歴史上多くいたわけである。私がそのおこぼれに預かれるのだと期待するのは当然である。私が期待するというより、むしろメディアが私にささやくのである。預金していても仕方が無い。リスクを承知でいくつかに分散して投資しておけば、そのうちのいくらかは大化けして、トータルではかなり得をする、などと言ってささやきかけてくるのである。

しかし、そもそも最初に買ったときの 300万という値段自体がバブルだとしたらどうだろう。そのバブルが何かをきっかけにして 200万いや 100万ぐらいに値下がりしたらどうだろう。ちなみにこれは単位株の話であって、10単位の株を買った人からすれば全ての損得は 10倍になる。300万で買った株が 100万になったら、私は 200万の事実上の損(評価損)である。

■インサイダーだけが得をする

ところがところが、この株を公開前から持っていた人間は、一株 10万程度で手に入れているのだから、公開直後に売ったとすると 290万、暴落後に売っても 90万も利益が出る。しかもこれは一株の話である。一株 10万程度だと、最初にいくらぐらい買えるのだろうか。もちろん未公開株には割り当てというものがあるので、買いたいからといって買えるものではない。

ここでリアルな話をしよう。不勉強な私でも一応少しは本物の情報を持っている。親会社の時価総額を抜いたことで有名になった某C社であるが、株式公開の丁度一年くらい前に、社員に対して未公開株の割り当てがあったそうである。私は公開前後あたりに某C社の仕事をしていて、そのときに仲良くなった私と同年代のIさんと大学の先輩Mさんという同社社員から聞いた話である。そのMさんは子会社に籍を置いていたので、そもそも買うことは出来なかったらしい。Iさんはその頃、研修みたいな形でアメリカに渡っていたので、そもそも未公開株の話は聞けなかったらしい。しかし、そのときの未公開株の値段は、公開直後のストップ高のあとに付いた初値の 1/30 だったらしい。

まあ、いくら未公開株だろうと、その大部分はその会社と付き合いのある企業や人脈に流れるもので、その一部がおこぼれとして社員に流れてくるに過ぎないだろう。社員でも、役職や勤続年数によって、買うことの出来る量が制限されている。Mさんの話によると、何々さんは多分所持株が三千万くらいになったんじゃないかな、と言っていた。断定口調ではなかったので、本当のところはどうか分からない。それから、いくら未公開株と言っても、確実に儲けられるとは限らない。自分の会社の株を 100万も出して買うのは、たとえ未上場ながら業界大手だった某C社でも、一切ためらわないというわけにはいかないだろう。  

■国民をカタにハメるには

これはいまに始まったことではない。政府が NTT株を放出したときにも起こった。政府は、自らの保持する NTT株を民間に売り下げて財政を良くしようとした。そのためには、出来るだけ株を高く売るのが良い。そこで、新聞などで民間に広く募集したのである。NTT 株は競争率が高く、クジに当たった人だけが買うことが出来た。その後も、この通信インフラという強力な武器を持った通信業界の巨人の株は高騰を続け、私はよく覚えていないのであるが、当初 120万くらいだった株価が 300万くらいにまでなったのだと思う。

ところが、政府はその後、NTT があまりに巨大すぎるというので、競争力を削ぐために分割させる方向に持っていった。そしてついに NTT は東西の地域会社と国際通信会社に分かれ、おいしいグループ会社であった NTTデータと NTTドコモはそれぞれが上場企業となって事実上独立して高株価好業績となっている。NTT 本体は、将来性のある情報産業や携帯電話ではなく、将来性のない電線を使って ISDN で 64Kbps というケチなスピードのインターネットサービスを広めようとスマップやメール読みマウスで詰まらない事業を展開している。東西地域電話会社(NTT東日本とNTT西日本)は圧倒的に高齢社員が多く、私の従兄弟で NTT に行った人は国際通信会社の研究所に行ったらしいが、それ以前の若手は恐らく NTTデータや NTTドコモに行ったのだろう。

当然、投資家はもはや成長を期待できない NTT よりも、NTTデータや NTTドコモの方に期待する。そんな投資家の意思を反映して、NTT の株はどんどん下がっていった。NTT は元々は電電公社である。NTT 株を買った人は、NTT 株は国債ほどではないが安全で得なものだと思ったことだろう。老後の蓄えとして買った人も多いらしい。それが見事に政府に裏切られた。もちろん勝手に夢を見た人は自己責任である。しかし、夢を描かせた人間はいるのである。

政府は最初から NTT を分割するつもりだったのではないか。なにせアメリカの電話会社 AT&T も分割されているのである。NTT 分割に関しては、アメリカなどからの外圧もあったと聞く。ついでに言えば、NTT は結局外圧などもあって分割されてしまったが、いまアメリカでは逆に電話会社を一つに合併させようとする動きがある。それは国際競争力のためであり、つまりアメリカの国益のためであるというから呆れる。

もし政府が最初から NTT を分割するつもりで、その前に政府の持ち株を高値で売るために、近い将来分割させるのだということを隠して NTT 株を売り払ったのだとしたらどうだろう。これは立派なインサイダー取引ではないだろうか。

ついでに言えば、私の親戚に NTT 株を買った人がいた。このまえ祖母が亡くなったときに、何かのきっかけで NTT 株の話になったので、私は現在の株価をその人に聞いてみた。その人は苦笑いしながら「それは思い出させないで」と言っていた。ただし、その人は私の親戚の中でも小金持ちで、株を買うくらいの経済的余裕があったのである。全国の小金持ちの中で、多少の欲を欠いた人が損をしたというのも言えるのだと思う。ちなみに、NTT 株は三回に分けて売られ、回を経るごとに値段が上がっているので、一回目で買った人よりも三回目で買った人の方が損をしている。  

■まとめ

私はどうも文章の構成力がない、というよりも言いたいことを詰め込むという方針をとっているので、結局のところこの文章で何を一番言いたかったのかということが多分ぼやけてしまっていると思う。そこで改めてここでまとめることにする。

日本人の個人資産は 1300兆円あると言われ、最近知った話によるとそのうち 500兆円くらいが実際は借金みたいなものなので、差し引くと 800兆円くらいあるらしい。この金を手に入れるのに、もっとも良い方法はなにか。百貨店の家庭外商部が金持ちの個人客に張り付いて高価なものを勧めても知れている。土地や家は、バブルの後遺症でなかなか値段が下がらないので利幅がそれほどではない。

物を売って儲けるよりも簡単に、しかも莫大な利益を上げる方法があるのである。それがソフトバンクグループのビジネスモデルである。なにせ、相場を操って上下させるだけで、大勢の個人投資家それぞれから数百数千万単位の金を巻き上げることが出来るのだから笑いが止まらないだろう。

野村證券が、投資ブームで多くの利益を上げ、社員にボーナスを奮発したなどという話も、ソフトバンクグループの壮大なビジネスと比べるとかわいいものである。野村證券のビジネス自体もそれはそれはうまく出来ていて、競馬などの賭け事の胴元のように決して損することのない優れたビジネスである。メディアを使って投資ブームを煽っていたのかどうかは知らないが、多くのメディアが野村證券の利益に貢献したことは確かである。

ソフトバンクグループのビジネスはこれからなのであるが、それに対して銀行は既に多くの成果を出している。しかもそれは銀行自らの経営戦略に則ったものでもなんでもない。官庁との癒着・一心同体によるある種の必然なのだから腹が立つ。ソフトバンクグループの経営戦略はとんでもないものだが、その経営戦略を思いついた人間は優れており、企業努力の範囲を超えるものではない。銀行は、座すままに預金者から低利息という見えにくい形で多くの利益を得ている。

ソフトバンクグループと銀行とどちらがひどいか。ソフトバンクグループのビジネスモデルには銀行まで含まれているところを見ると、ソフトバンクグループの方が役者が上なのかもしれない。ただしそれは悪い意味だけでない。ソフトバンクグループは積極的な経営努力から結果を出そうとしているのに加え、日本を良い方向に持っていってくれるかもしれないのである。

結局のところ、個人投資家の中で大損する人というのは、いわゆる小金持ち以上の人間なのである。その中には、親の残した会社や資産で豊かな生活を送っている者が多いのではないだろうか。そんな彼らが、自らの不明のために株で失敗しても、それは彼らが分不相応に金を持っているからに過ぎない。仮にこれからソフトバンクグループの戦略で多くの人間が損をしたとしても、立ち回りのうまい人間は得をするし、損をした人間でも教訓を得ることが出来る。グローバル化したこの世界で、日本人は一度大きなショックを受けることで、金融経済といったものを良く知り、自己責任というものを強く自覚することが出来なければ、世界中の人々から食い物にされてしまう可能性が高い。ついでにその荒療治には、新しい産業創出の起爆剤というオマケがついているのである。

銀行は楽して儲けながらも何も変革を起こさないのである。

つまりこういうことである。これからインフレが起きた時、我々はささやかな貯金をなるべく安全なものに投資することである。多少の目減りは、そもそも日本という国自体が借金国家なので目をつむるしかない。

ただし、バブルではない本当の好景気が訪れたりするかもしれないので、そのへんは一応頭に入れておくべきだろう。もっとも、インサイダーは絶対に損をしないことだけは強く留意しておくべきである。我々には元々分の悪い賭けなのである。

ちなみにソフトバンクグループは、話によると社債の償還をしなければならないので、彼らは絶対に儲けなければならない。儲けられなければ、これまでに手に入れてきた株を手放していかなければならない。結局のところソフトバンクも、ソフトバンク自体の株を持っている人間の利益のために儲けようとしているのである。まあ孫社長などのインサイダーが大株主なのではあるが、孫社長などのインサイダーたちが株を売り始めたら要注意である。現に光通信の重田社長は一部自分の持ち株を売ったらしい。

努力に見合った富の得られる社会に近づけば良いのだが…。

【参考文献】


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