44. 給料 (1999/9/16)


戻る前回次回

収入は気になる。

私自身は、実家から通勤しているため、家賃を払わずに済んでいるので、金は貯まる一方である。いまはこれといって欲しいものはなく、というか欲しいものはあるのだが無駄遣いになることがわかっているので買う気はなく、むしろ有効に散財したいと思っているぐらいである。私は仕事が忙しいので残業代が入り、お金には困っていない。むしろ何ヶ月か休職してでも時間が欲しいと思っているぐらいである。だが、他人の収入は気になる。

そこでここ最近、色々と調査してみた。今回はその調査結果を元に、いくつか話を膨らませてみたいと思う。

*

このページを読んでいる人は、私の同僚とか知り合いが多いと思うのだが、たまに私の仕掛けたリンクなどで学生さんが見てくれている場合もある。そこで、まずは学生が志望企業を決める上で一応参照するであろう初任給から取り上げることにする。

私が知る限り、企業には待遇格差がある。だが、初任給は一律決まっているように見える。ここには数字のトリックがあるのだが、それ以上にまずいえるのは、どんな企業でも若いうちはそれほど収入は変わらないということである。待遇の良い企業ほど、歳を取った時の給料が相対的に高くなるのである。初任給などさして問題ではない。特に、銀行はひどい。初任給は他の業界と同じか少し低いぐらいなのに、歳を取ると大きな差が開く。

初任給にある数字のトリックのうち、私が最近知ったもっとも露骨なものは、いわゆる「基本給」と呼ばれるものである。私の勤めている会社は、基本給が大体 17万円で、その上に業績給が付いて大体 20万円となる。その上に地域手当というものが付くと 21万円ぐらいになり、これで世間並みとなる。会社の説明によると、給料には生活に必要な分と、個人の努力の分に分けるのが道理である、だそうである。昨今叫ばれている「能力給」には、能力の低い人間の収入を減らすという側面があり、単純に能力に報いるというだけではない性質があるのだが、会社はこの能力の低い人間を保護するために、生活に最低限必要な給与を基本給として最低限保証することにしているらしい。

では、月給が基本給と業績給の二つに分けられていることにどんな意味があるのだろうか。これは、私の父親の調査によって明らかになった。私の父親は、大証二部上場企業の大きいのだか小さいのだかわからない不況メーカーの総務部長をやっているみたいである。父親は、総務の女性に、去年の技術系の新卒の給料明細を聞いたらしい。すると、面白い事実がわかった。その会社の給料は、基本給の他に「物価手当」なるものがあり、それが何と 5万にもなっている。そのあおりを食って基本給は大体 15万ぐらいである。なぜこういうことになっているのかというと、どうやらこれが「退職金対策」であることがわかった。退職金というのは、基本給に対しての割合で決まるらしい。

私の会社の初任給の基本給は 17万で、父親の会社は 15万であるから、どうやら私の会社の方が待遇が良いように思われるかもしれない。ところが、そこにさらに落とし穴があるのである。父親の会社は、先細りながらも堅実に官庁などの仕事をしているので、将来も存続する可能性が高く、リストラの嵐が吹き荒れる可能性も低い。それに対して、私の会社は構造的に危険で、歳を食っても在籍できる可能性は下がる。まあ未来のことは予測できないので私の憶測の域は出ないのであるが、倒産の可能性はそんなに高くないながらも、リストラの嵐が吹き荒れる可能性は十分にある。

日本の大手メーカーは、そんなに初任給は高くないようである。いままでは、定年まで抱えてくれていたので、定年までにはそれなりに高い収入が得られているようである。最近ではリストラがあってそうはいかない風潮もあるが、ひょっとすると多数のメーカーはそんなに基本方針を変えていないのかもしれない。若い時に収入が良くても、歳を取るに従って相対的に収入が下がる場合が多い一方で、結局大手企業は若いときに収入がそんなに良くなくても総合的には高い収入を得られることが多い。また、転職すると、よほど優れた人間で無い限り収入は落ちるものであるが、転職の必要の無い企業、つまりなかなか倒産しなさそうな企業に勤めると、結局高い収入が得られたようである。まあ、これからの時代もそうであるとは限らないのであるが。

他人の給料、特に同世代の給料は聞きにくいものであるが、私の会社の先輩のMさんは、実にあっけらかんとソニーの社員に給料を聞いたらしい。それによると、30代半ばで私の会社とソニーとでは年収が 200万ほど違ってくるらしい。それには色々と理由が考えられる。まずボーナスが大きいだろう。好景気企業はボーナスが高い。キーエンスが 12ヶ月分出しただとか、任天堂が 8ヶ月分出したなどという話を聞く。うちとソニーとでは、大体同じ 6ヶ月なのであるが、ここにも数字のトリックが存在する。まず、月給の何ヶ月分という表現でボーナスをあらわすことが多いが、そもそも月給が違う。それから、少なくとも私の会社の場合、基本給の何ヶ月分という数え方をしているため、私の場合約17万の何ヶ月という計算になる。これにより、同じ 6ヶ月でも年間にして 18〜24万円も違ってくることになる。補足しておくが、ソニーは恐らく特別に給料が高いわけではないだろう。

ちなみに、企業のボーナスをあらわす指標として、全社員平均での年間額というものがある。これにも数字のトリックが含まれる。それは、社員の平均年齢である。NTT や島屋は平均年齢が高いので年間額が上がる。任天堂のような企業は恐らく NTT などよりは平均年齢が低いだろうから、同じ値として比べることは出来ないわけである。これらの企業は、私の会社よりも 1.5倍ぐらいボーナス平均額が多いわけであるが、まあ私の会社は平均年齢が低いので仕方がないとも言える。

*

話を変えて、諸手当について話すことにする。まず重要なのは、住宅手当ではないかと思う。会社によっては住宅手当が出なかったりするので注意。これにもまたトリックが存在する。私の会社は、よく覚えていないが、確か上限付きで家賃の半分まで会社が出してくれるのだったと思う。確か上限は 8万円ぐらいだったと思うが忘れた。新卒は、大体家賃 8万の部屋に入り、会社4万で自腹4万で入れたような気がする。新卒で家賃16万の部屋に入って会社に 8万出させることも可能かもしれないが、たしなめられるだろう。これにも実はトリックがある。私の母親の友人の御亭主が東芝の子会社の良いポストにいるそうなのだが、そうなるとかなり住宅手当をもらえるそうである。聞いた話では、家賃24万円の家に住んでいるんだったか、会社が 24万を毎月出しているんだったか、どっちかだったと思うが忘れた。ポストが付けば手当ても増えるようであるので、ポストの無い企業は待遇が悪くなる。

家族手当というものがある。これも、一種の生活保障給のようなものである。私の会社は、他社に比べてこの家族手当の水準が高いと言っているが、確かめたわけではないので不明である。これも案外大きい。扶養する配偶者がいれば月いくら、子供一人につき月いくらで二人まで、などと決まっている。これも家庭を作ると大きくなる。まあ、歳を食うと手当て以外の給料本体の方が圧倒的に多くなるので、家族手当はあまり重要ではないのではないかと私は思う。でも、独身者と既婚者の給料が同じというのは不平等だという主張には賛成である。

*

外資系は日本とは待遇の考え方が違う。例外はあって、日本IBM なんかは日本企業に習っているために普通の外資系とは違うみたいである。

外資系は年俸制が多いようである。収入も年齢にはあまり関係ないようである。職業によっては定年も早い。私が伝え聞くもっとも極端な例では、アンダーセンコンサルティングは、初任給50万で、昇給が一切無いらしい。ボーナスはあるかどうか知らない。恐らく残業手当はない。年俸制ではいくら残業しても恐らく固定である。前の年の業績がよければ、次の年の年俸があがるのだろう。

外資系は、私が何か読みかじった限りでは、社会保険料を全額会社が払うようである。私の場合、社会保険料は給料の一割以上を占めているので、これを会社が払ってくれると実質的な賃金が、無視できないほどにあがる。真偽は不明である。

*

いまは、やれボーナスカットだとか、サービス残業とか、不景気な話が多い。私は、幸いなことにまだサービス残業をしたことがなく、忙しい時でも満額いただいている。だが、世の中には残業手当の出ない会社もある。まあだからといって収入面に必ずしも不利にならない場合もある。私が聞いた数少ない他社の同期の給料体系では、残業手当てが時間に関わらず定額で支払われるというものがあった。聞くところによると、残業してもしなくても定額で五万ほど貰えるらしい。私が残業手当を五万貰うには、30時間ほど残業しなければならないため、この会社は月平均30時間ほどの残業を定額で支払っていることになる。これが損か特かは分からないが、明らかな利点が存在することも確かである。まず、わざと残業して残業手当を稼ぐ社員を出さなくすることが出来る。それから、どうせどんな会社も大体30時間ぐらいは毎月残業するので、その分をきれいに払ってしまうことで単純化することが出来る。これだと、能力のある人間はさっさと仕事を済ませることで労働時間を減らすことが出来て、待遇面にうまいこと能力による格差をつけて社員の奮起を促すことが出来るように見えるが、実は能力のある人間にはいくら仕事を片付けても次から次へと仕事がきてしまうことが多く、結局そんなに差は生まれないどころかかえって疲れて不公平になってしまう。

数字のトリックはここにも存在する。それは、モデル賃金と呼ばれるものである。私の会社は、それなりに良心的なのか、モデル賃金の横に括弧入りで「毎月の残業時間を 30時間として」などと書かれている。これを考慮しないと、いくら賃金が望みどおりでも、たくさん残業させられて結局割が合わなくなってしまう。一昔前から、ワークシェアリングによって失業者を減らすほうが良い、だとか言われているが、実際にはワークシェアリングは危険なので行われにくいらしい。というのは、確かに好況で仕事がたくさんあるときにはワークシェアリングで余裕をもって仕事をして各労働者の残業を減らすことができるかもしれないが、不況になったときに仕事は減っても人が減らなければ会社にとって重大な危機になってしまう。つまり、ワークシェアリングと終身雇用制とは相容れない関係にあるのである。

*

もう書く内容もあらかた無くなったのでまとめに入ることにする。

優良企業の中には、100年以上の歴史を持つものも多いが、たかだか数十年の歴史しかない企業がほとんどである。そんな中で、労働者が入社してから定年退社するまでの 40年間という年月は長い。だから、仮に成長力で就職する企業を選んだとしても、30年後のことは誰にも分からない。日本の就業体制がこれからどのように変わるのかさえ分からない。仮にこのまま、40〜50歳ぐらいの時に人生でもっとも高い収入を得ることが出来るとしても、自分の就職予定の企業が 20〜30年後にどうなっているのかを予測して就職することは不可能に近いのではないか。だから、もっとも確実なのは、30〜40歳ぐらいの時に優良企業に転職できるほどの実力をつけるか、自ら起業できるほどの実力をつけるか、そのどちらかであろう。まあ、若いころに高収入が得られるようになれば話は早いのであるが。

私は自分の会社がいつまで大丈夫なのか不安もあるのだが、それは当然のことなのかもしれない。私の会社はなんと企業の訓示の一つに「いつまでも会社が存続すると思うな」というものがあり、あきれながらもすばらしい訓示だと思っている。無責任かもしれないが、偽善がないことは確かだ。

どんな予測も、構造的変化の前には無力である。たとえば私の考えるこれからの日本の構造的変化はこうである。まずあらゆるサラリーマンは国によって生活が保証されるようになる。そのために企業は業績と規模によって多額の税金が課せられるが、サラリーマン個人個人には小額の業績手当てしか与えられなくなる。企業はその業績手当ての大小で人材を募集する。これにより、若年層では業績給が前面に出て、人材の奪い合いになるが、中年層以上では定額で安定して人材を確保できるようになる。…かなり無謀な予測であることは確かである。少なくとも私は、安易にアメリカン・グローバルスタンダードが日本に導入される可能性は低いように思う。


戻る前回次回
gomi@din.or.jp