41. 子猫 (1999/7/11)


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3ヶ月前ぐらいから猫を飼い始めた。

ある日突然、私の母親が猫を飼いたいといい始めたのが最初だった。どうやら最近、母親の古くからの友人が近くに引っ越してきたとかで、母親がその友人の家に行った時に、その家に猫がいたことが理由らしい。早速その友人に聞いて、猫をくれる人を探した。電話と FAX でやりとりして、すぐに家に猫が来た。

その猫は子猫だった。猫はメス猫の方が飼いやすいらしい。おとなしいからだそうだ。だが、母親が猫を貰おうとしたときに、オス猫が二匹しか残っていなかった。そこで私は、二匹一緒に貰ってくる事を薦めた。あとから詳しく説明するが、一匹ではなく二匹貰ってきたのは大正解だった。

一匹の子猫は、アルビノ(遺伝的に身体の色素が薄い)かと思わせるほど真っ白な猫で、しかも瞳が片方ずつ色が違っていた。なにやらミステリアスな猫である。命名には悩んだが、私がその瞳の色の違いのことをヘテロなんたらと言うらしいということを何回か言っているうちに、その子猫の名前はテロになった。物騒な名前になったものである。もう一匹は、子猫が歩いているさまを母親が「ポタポタ歩いている」と形容したことからポタとなった。最近創刊された雑誌でポタという名前の雑誌があったのは何かの偶然だろう。


Figure 1. アルビノかもしれない子猫のテロ(左)と、白黒ブチのポタ(右)

猫が家に来ると決まった頃から、母親は猫の本を図書館から借りてきた。こういうのは面白い。調べてみると色々なことが分かる。子猫というのは、貰われてきた直後は、家を探検するそうだ。私は会社に行っていて分からなかったのだが、母親によれば確かに家を徘徊していたらしい。そのあと結局リビングのテレビの裏が気に入ったらしくて、二匹ともそこで小さくなって寝ていた。最初に猫を見た私は、なんて小さいんだろう、と思った。手の平の上に収まりそうだった。

猫は家の中だけで飼うことにした。私と家族が住んでいる場所は、甲州街道に面したマンションだったので、とてもじゃないが外には放せない。幸いな事に我が家には、家としては欠陥だが、マンションにしてはやたらと長い廊下があり、長い距離を走る事も出来る。それに、猫は家に慣れるとむしろ外に出ようとはしなくなるらしい。私からすれば、外を知らずに産まれて死ぬ生き物は不幸だと思うが、そのへんは割り切るしかない。田舎なら良かったのだが。

猫はすぐに大きくなる。どんどん大きくなっていった。猫は家族に慣れてくると、人間が寝ている時に布団の中に入ってくるのだが、身体が小さかった頃は人間が寝返りをうつと潰れるんじゃないかと心配したが、さすがに3ヶ月たつとその心配はなくなった。夜中など真っ暗な中で誤って猫を本気で踏んでも大丈夫らしい。さすがに動物は人間とは違って本能が強力である。人間の五歳児よりも丈夫だろう。まあ、猫は1年で成人になるらしいから、3ヶ月というと何歳にあたるのだろうか。

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猫の餌は主にドライフードである。猫を飼ったことのない人には分からないだろうが、猫は基本的には、人間の食べ物を与えるとよくない。なぜなら、まず人間にとってはなんともないのに猫には明らかな毒物となるものがある。たとえば、玉ねぎに含まれるなんとかという物質は、あまり摂りすぎると失明してしまうらしい。それから、人間にとって丁度いい塩加減であっても、猫には辛すぎてしまい健康に悪いらしい。ドライフードはジャンクフードに見えるかもしれないが、実は CM でやっている缶詰のフードよりも健康な万能食であるらしい。缶詰を猫にやると、確かに「猫まっしぐら」なのは事実であるが、缶詰をやりすぎるとドライフードを食べなくなるらしい。高い食費を払いつづけても良いのならそうすればいい。ただし、ドライフードばかりやっていると、猫は人間の食事を物ほしそうにしたり、食卓に上がって食べ物を取ろうとするので、その点はきちんとしつけなければならない。

余談であるが、人間の食べ物は人類の叡智で改良に改良を重ねられたものなので、おいしいのは当たり前である。ある実験では、ねずみにドライフードだけ与えた場合と人間の食事を与えた場合では、ドライフードの方はねずみ自身が自分に必要な分だけを摂取するのに対して、人間の食事を与えられたねずみはどんどん食べて肥満になってしまうらしい。現代人は、もともと本能的に太るような食べ物をいつも食べ、しかも文明の進歩により運動量も減っているのだから、太るのは当然である。ダイエットが大変なのは当たり前なのだ。

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人間に人格があるように、猫にも猫格があるらしい。だから、猫を飼う時には猫の性格を尊重した方が良いらしい。ともかく、うちの猫二匹は最初は没個性だったが、成長するにつれ性格が明らかに異なることが分かった。白猫で瞳の色が違うテロはひとなつこくなり、白黒ぶちのポタの方はわりと自分のペースで生きているみたいだった。

私が思うに、人間の性格も動物の性格もほとんどが後天的に決まるものだろうから、二匹の性格がこのように分かれたのはうちの家族が原因だろう。うちの家族は、瞳の色の異なるテロの方を特別にかわいがったつもりはないのだが、やはりテロの方を余計に可愛がったのかもしれない。だからテロはひとなつこくなったのではないかと思う。一方、ポタの方はその点どちらかというと自分のペースを持っているのだろう。

人間も多分同じだろう。外見の良い人間はひとなつこくなり、外見にとりたてたところのない人間はある程度自分のペースを持って生きるのではないか。まあそんなことを言うと別の説も出てくる。たとえば、外見にとりたてたところの無い人間は、他人の気を引こうとしてひとなつこくなり、外見の良い人間はそのうち群がってくる他人を軽んじるようになって冷たくなる、など。まあ今回は猫の話なのでこのての話は続けないことにする。

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猫は二匹以上いると喧嘩するものらしい。同僚に聞いてもそうらしい。私は二匹がじゃれているのだと思っていたのだが、その同僚は「あれは喧嘩してるんだよ」と言っていた。とにかく、うちの二匹もいつも追いかけあったりつかみ合ったりしていた。何かの本で呼んだ事がある。多分狩りの練習でもしているんだろう。最近はねずみの採れない猫が増えているみたいで、どうやらその根本的な理由は、ねずみを採るという習慣は母猫から子猫へと後天的に受け継がれていくもので、子猫がねずみのいない場所で育つと母猫から狩りを教えてもらえないために、ねずみを採る「技術」が失われてしまうらしい。

猫の爪は鋭い。同僚の話によれば、彼女の姉が小指を鋭く引っかかれ、血がだらだら出て病院に行ったが、指の神経が傷ついてしまい小指が動かなくなったらしい。こんな怪我は滅多にないだろうが、可能性としては常に考えておいた方が良い。猫は基本的には人間には爪を立てないと考えていいのだが、何かの拍子で人間に爪を立ててしまうことがある。たとえば、自分の足場が不安定になったときに、近くに人間の腕や脚があった場合だとか、猫同士が喧嘩しているときに近くに人間がいて当たってしまったりすることがある。猫を風呂場で洗うときにも暴れられて引っかかれることがあるらしい。

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家の中だけで飼っている猫は、人見知りをするようになるらしい。一緒に住んでいる家族といると安心するらしいが、知らない人が来ると震えたりするらしい。ただし、このまえ親戚が来たのだが、そのときは全く人見知りはしなかったらしい。一方、猫を誤って何度か廊下に出したことがあったのだが、そのときは廊下で他人の足音が聞こえただけでびくびくしていた。

うちの母親は猫を外に出すことを嫌っている。なぜそうなのか不思議だったが、最近になってようやく理由が分かった。

母親は昔、捨て犬を拾って飼っていたことがあったらしい。ある日、当時小学生だった母親が学校へ行こうとすると、その日に限ってなぜか犬が尻尾を振ってあとをついてきた。帰りなさい帰りなさいと母親は言ったのだが、なかなか帰ろうとしない。そこへ突然自転車か何かが飛び出してきて、その犬はパニックになってしまい、ばーっと走り出して大通りへ飛び出してしまい、そこに車が来て、母親の目の前で轢かれたらしい。犬のすごい鳴き声がして、その犬は死んだらしい。母親はその日はそのまま学校へ行けずに家に戻り、祖父と一緒に海岸まで犬を埋めに行ったそうだ。

今回の話とはあまり関係無いが、日本という国は本当に恐ろしい場所だと思う。交通事故で1年に何万人かが死んでいるのだという。さきほどの話に出てきた私の祖父も、自転車に乗っているときに自動車と衝突して骨折し、その骨折がもとで衰弱したことが死への遠因となった。その骨折の治療のために祖父は股の近くに人工の骨を埋めこんでいたのだが、祖父が死んで火葬したあとにその人工の骨も灰の中から出てきた。

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動物を飼うと癒されるらしい。欧米では、動物に直に手で触れることで人間がリラックスできるといったことを科学的に認めていて、実際に主に老人が犬を飼ったりするらしい。私もやってみた。確かにリラックスする気がするが、よくわからない。人間にとっては同じ人間に触れた方がリラックスする気もするが、それが無理なら猫でもいいんじゃないだろうか。

猫をなでると、猫は喉を鳴らす。そのままなでつづけると、ますます喉を鳴らし、腹を上にして手足を出して人間に触れてこようとする。まだ子猫だから人間になついているのだろう。猫はマイペースな生き物だと言われており、私はマイペースな生き物が好きなのだが、こうして甘えてくるのも悪くないなと思う。猫をどんどんなでつづけると、猫は何かを探し出す。おっぱいを探しているんじゃないかと思う。ためしに自分のを出してみると(!)、吸い出した。そのうち乳が出ないことに気づくともう片方の乳を探す。それでもダメだとなぜか脇の下の方を探しに行く。なんというか、生き物の本能というか、ちょっと悲しいものを感じる。もうこの子猫は母猫とは会えないわけだから。

おまけ: 室内灯の紐に飛びつくテロと、落下してきたテロに驚くポタ ( MPEG1, 252KBytes )


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gomi@din.or.jp