115. テレビとヒットと支持層の謎 (2001/11/14)


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私が現在見ているテレビ番組はかなり減ったのだが、相変わらずくだらない番組も楽しんで見ていることもある。

■笑う犬の発見の最悪変化

「笑う犬の冒険」という番組はなかでも私の気に入っていた番組であったが、番組改編期で中身がリニューアルしてしまった。このリニューアルが本当に最悪である。

笑う犬シリーズは、当初は笑う犬の生活、いやその前に何かあったかもしれないが、ともかくコント番組として始まったはずであった。ところが今回の改変によってコントがまったく後ろにまわってしまった。こんなことなら番組を変えてしまえ。出演者は結局、ウッチャンナンチャンにネプチューンを残してことごとく切り、切った分で CM 女王の優香を引っ張ってきた。いままで他のメンバーを集めてやってきたのはなんだったのだろう。せっかく取ってきた優香もコントに使用するのではなく、ゲームの進行役程度にしか使っていない。

改編期というと毎度毎度質が下がる番組が多い。この現象は一体何なのだろうか。新番組を立ち上げるときには、最初だけ良いメンバーで良い脚本でやることがあるらしいのだが、改編ではそういうのは一切ないのだろうか。考えられることは一つ、テレビ局内あるいは制作会社内で、才能はないが力のある人々が最初は華々しく番組を飾ろうとするのだが失敗し、仕方なく後を力はないがほどほどに才能のある人々が引き受けるからではないか。

一番最悪なのは、さえない中学生役の内村が、途中まで友達と普通に仲良く会話しているのに、最後にシャレにならない一言を言われてオチがつくというコントである。これは最低である。私の中で記憶に残っているのは、携帯電話の着メロ自慢で、原田が内村の携帯の番号を掛けて内村の着メロを聞いて楽しむのだが、今度は内村が原田の携帯の着メロを鳴らしてあげようと電話番号を原田に聞くと「おまえなんかに誰が番号教えるかよ」みたいな言葉で締めくくって終わりである。こういうコントを見て普通に笑える人間は、どう客観的に見てもごく一部だろう。これがゴールデンタイムに流れているのだから恐ろしい。よほど番組制作スタッフの根性が曲がっているとしか思えない。

一時期、同局の「めちゃめちゃイケてる!」が非常にえげつない内容で辟易したことがあったが、なぜか最近になってこの番組がソフトになってきている。ひょっとすると、番組スタッフの一部入れ代わりが行われたのかもしれない。入れ換えたのだとすれば、その理由はもちろん視聴率の底上げである。だとしたら、大衆こそがえげつないものを求めているということであり、現実にただただ悲観するしかない。

■女性ウケを狙っているのか?

改編前にも、全然面白くないのだが延々とシリーズ化されているコントがあった。それは、名倉と原田が演じる馬鹿な男子中学生が延々と馬鹿話を続けるという話である。もうこれが全然面白くない。笑いに好みはあるだろうと思ったが、このコントを見て笑っている人間はどういうやつらなんだ、それも大勢いるから続いているんだろうが全く想像できん、といつも思い続けていた。

しかしこの答えはすぐに出た。女性一般に受けているのではないだろうか。これは私がひらめいたのではなく、私の弟の推理である。彼が言うには、多くの女性の思い出の中には、中学生の頃の馬鹿な男子がアホなことをやっている姿を見て「バッカねー」と話していた思い出があるのではないだろうか。この馬鹿な男子の会話というのは、笑いとしては全く成立していないと思うのだが、思い出を持っている人はちゃんと笑えるのではないか。そう考えると、なぜこのコントに少なからぬ人気があったかが説明できる。

この番組の中から生まれた大人気ユニット「ハッパ隊」についても、同じ論理で説明できる。馬鹿な成人の男たちが裸に葉っぱ一枚で変な歌を歌っている図は、男から見ればまあ最初は笑えるかもしれないがそういつまでも笑うことは出来ないものである。しかし女性から見ると多分いつまででも笑えるのだろう。ハッパ隊の性別を入れ換えてみれば一発で分かる。水着姿でいいから若い女性たちがアホ面で変な歌を歌うと男はわりと飽きずに見続けるだろう。

さらに言えば、改編後の意味不明コント、オカマバーの四人組が南原のカラオケに変な合いの手を入れるものと、マッチョに扮した内村が映画館や病院の受付役のベッキーにからむものも、女性ウケという視点で一気に解決できる。オカマもマッチョも女性に人気がある。しかもこの人気というのは、馬鹿にしたあるいは一段下の視線の混じった人気であることは疑いないだろう。オカマというのは女になりたい男であり、マッチョというのはおつむが弱いと思われていることから、女性にとっては付き合いやすい相手なのだろう。

■アイドル人気

このページを見てくださるかたの多くは多分男性だと思うのだが、中には女性もいるだろう。もしあなたが女性なら、さきほどまでの、あるいはこれからの話は、女性を侮蔑した話であるかもしれないし、あるいはごく当たり前の話だと思うかもしれない。が、これからも男の視線で話を進めることを了解していただきたい。

内田有紀が大人気だった時期があった。私は内田有紀を見て、これまでのアイドルから感じ取ることの出来なかった大変な魅力を感じた。私の周りでも内田有紀を好きだと公言する人間が、あるいは悪くないよねと控えめな好意を示す者が多くいた。しかし、彼女の人気はすぐに落ちて目立たなくなった。これだけ人気があるのになぜメディアへの露出が少ないのか、本当は一部のマニア人気しか得られていなかったのではないか、と私は何度も考えた。しかしこれも、女性からの不人気が影響したのではないか、と考えるとたちまち疑問は氷解する。

言うまでもなく、人類の半分は男で半分は女である。たとえ男から絶対的な支持を受けても、男からも女からもほどほどに満遍なく支持を受けたアイドルが勝つ。この当たり前の真実にこれまで気がつかなかった。たとえ男から 100% の支持を得たところで、男から見て 60% くらいかなと思うようなアイドルが女からも 60% 以上の支持を受けて勝ってしまうのだ。部分狙いならいいが、CM やドラマなどの大きな支持を必要とするところでは駄目なのだ。そういうアイドルがグラビアアイドルになり、水着を着てビールの広告ポスターの仕事しかないというのは悲惨である。

よく考えると、このような傾向は女性アイドルにしか見られないのではないだろうか。男に嫌われている男性アイドルの名前を挙げることが出来るだろうか? 仮に男から嫌われている男性アイドルの名前を挙げたとして、彼らは人気がないだろうか? たいていの場合、男から嫌われているといっても知れており、彼らは女性の人気を原動力にトータルの人気を保ち続ける。逆に女から嫌われるとそれだけでアイドルとして命を絶たれてしまう。かつては裕木奈江などがこの手のバッシングで消えていった。

叶姉妹を見て、あんなのどこがいいんだという男は多いが、女性の人気だけであれだけいつまでもメディアへの露出が続いている。あれは怪物だから別格だということもあるのかもしれないが、このような例はいくらでも枚挙できるのではないか。

ただ、おじさん受けするアイドルが人気を保ち続けるのもまた事実である。これはもう憶測でしかないのだが、企業の幹部に気に入られれば CM にもドラマにも出られる。企業の幹部といえばおじさんである。

■グルメ系とツアー系

話はいったん飛ぶが、番組改編期に番組がグルメ系中心にリニューアルするのも私にとっては悲しい現実である。

かつて、二つの陣営に分かれて面白いグッズを紹介して、司会者同士が競争するという番組があって、毎回出てくるグッズを楽しみに私は毎週見ていたのだが、改編期に「どっちの料理ショー」になってしまい、料理をダシにしたくだらないバラエティ番組に変わってしまった。

このような大きな変化もあれば、番組のメインコーナーに料理が大きく食い込むというケースもある。たけし・所のWA風がきた、という番組が最近になってグルメ系を中心に持ってきたときに、またかと私は思った。こうやって、特色を持った番組が画一化されていくのだ。

これまた私の憶測でしかないのだが、ゴールデンタイムなどの主要な時間帯では、あらゆる番組がグルメ系に移行したがっているのではないだろうか。視聴率をある程度まで上げたら、それ以上はグルメ系の内容を盛り込まないと頭打ちになる、という法則があるのではないだろうか。つまり、視聴率が一定以上になると、当たり障りがなく多くの人間が楽しめるグルメ系やツアー系の内容が不可欠になってくるわけである。それまでの番組はあくまで準備段階なのである。それまでの、特色のある番組づくりというのは、あくまで助走に過ぎないのである。

となると、冒頭の「笑う犬…」シリーズに戻るのだが、この番組が夜の 11時から 8時に持ってこられた時点で、コント番組を求める視聴者のための番組という路線を放棄し、広く大衆に受け入れられるための準備としてのコントという異色性を全面に出した番組づくりに転換したのだろう。

■偏りと購買層

一方、いまもやっているのかどうか分からないが、SMAP×SMAP という番組は立ち上げ段階から女性のみをターゲットとしており、男性からの支持は期待していないのでゴールデンタイムではなく 10時のままの路線を保っているのではないだろうか。SMAP×SMAP は恐らく大成功であり、かなりの視聴率を持っていたのだろうが、さらにその上を目指せるような番組ではなかったのである。男性アイドルの番組なのだから視聴者はたいてい女性しかも若いとなれば、スポンサーから見てもゴールデンタイムの視聴率以上の実効視聴率を持っているので、たとえば化粧品を老若男女全体に宣伝するという馬鹿なことに金を出す必要はない。もちろん視聴者に理想的な偏りがあるときは広告料も上がるだろうからテレビ局にとっても都合がいい。

そう考えると、「コントが好きな人のための番組」というのは成り立ちにくいということが分かる。ゴルフが好きな人のための番組は、視聴層がそのまま購買層になるのでスポンサーにとってもテレビ局にとっても都合がいい。これが、ゴルフという一部の人のためのスポーツ番組が林立している理由だろう。しかし、コント好きに一体何を売れというのだろうか?

多くの評論家が、現在テレビは低俗な番組であふれている、と言っている。しかしそれも、低俗な番組の視聴層が購買層を形成しているということで説明がつく。くだらない商品の CM にはくだらない番組がぴったりである。くだらない商品を買う人々にはくだらない番組を与えておけばいいのである。私が思うに、消費者金融のコマーシャルが多ければ多いほどその番組はくだらないのではないだろうか。消費者金融の客こそがくだらない人間の代表である。

まあそうなると、スポーツ中継などの番組までもがくだらない番組になってしまうので、必ずしもそうとは言えないのであるが、番組と視聴層と購買層が深い相関関係を持っているのは、ここまで論理を展開しなくても明らかな事実である。


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